「娘の自殺は過重勤務が原因」として、両親が彼女の勤務先であった「ワタミ」の当時の社長・渡辺美樹氏に損害賠償を求めた訴訟。12月8日に成立したその和解を新聞各紙はどう伝えたのでしょうか。メルマガ『uttiiの電子版ウォッチ』で詳細が解説されています。
ワタミ過労自殺裁判を各紙はどう伝えたか
◆1面トップの見出しから……。
《朝日》…「軽減税率 加工食品も」
《読売》…「動物ワクチンも不正製造」
《毎日》…「高齢者移住3,500人受け皿」
《東京》…「ワタミ過労自殺 和解」
◆解説面の見出し……。
《朝日》…「日韓 交流はあるのに」(「戦後70年企画」。1面続き)
《読売》…「もんじゅ 見えぬ未来」
《毎日》…「高齢者地方移住」「仕事 交流 趣味の畑」
《東京》…「『新三本の矢』道筋見えず」
*《毎日》の解説面は定番のものではありませんが、事実上1面トップの解説記事になっています。後はバラバラです。《朝日》は1面トップよりも、1面下段の記事とその続きである2面の特集がメインの趣。
1面トップに独自性を持つ《東京》が、今朝は正統派的にワタミ裁判和解を取り上げています。ワタミ裁判については、《朝日》と《読売》は1面左肩の同じ位置、そして《毎日》は社会面に裁判記事として大きく載せています。
◆今日のテーマは……。
ということで、今朝のテーマは、「ワタミ過労自殺裁判を各紙はどう伝えたか」です。
基本的な報道内容
居酒屋「和民」で働いていた娘(当時26歳)が2008年に自殺したのは、過重労働が原因だとして、両親が「ワタミ」と創業者で当時社長だった渡辺美樹参院議員などに総額1億5,300万円の損害賠償を求めていた訴訟は、8日、東京地裁で和解が成立した。
ワタミと渡辺氏らは法的な責任(安全配慮義務違反など)を認めて謝罪し、連帯して両親に1億3,400万円を支払う。内訳は慰謝料4,000万円、逸失利益7,500万円など。弁護団は「ワタミに対する懲罰的な意味合いが考慮され、賠償額は通常の2倍になった」としている。
近年、若者に過重な長時間労働を強いる「ブラック企業」が社会問題化しており、ワタミはその代表例として批判されていた。
自殺した女性は2008年にワタミの子会社に入社、神奈川県横須賀市内の店舗に配属となり、連日未明までの勤務を強いられ、1ヶ月間で時間外労働は「過労死ライン」を大幅に上回る141時間に達していた。5月中旬には適応障害を発症、6月に飛び降り自殺した。
渡辺氏は「人生最大の反省点で、自らを改革する」とコメント。ワタミも「心からお詫びし、労働環境の改善に取り組む」としている。
「白旗」を上げたワタミ
【朝日】は1面左肩。関連記事は10面経済面と39面社会面。
1面記事は基本的な情報だが、裁判の過程で、渡辺氏の経営理念が過酷な長時間労働を強いるワタミの体制を作ったとして、遺族側が渡辺氏個人の責任を追及したことを強調。当初、渡辺氏は「道義的責任はあるが法的責任はない」と争っていたが、和解で「自らの経営理念が過重労働を招いた」「最も重大な損害賠償責任がある」と認めた。
ワタミは今後、過重労働対策として、労働時間の正確な記録にも同意。さらに、研修会への参加や課題リポート作成時間を労働時間と認めて残業代を払う、給与から天引きされていた書籍(渡辺氏の本!)代と服代を返金するなども和解条項。
10面は見出しが「ワタミ、再建険しく」。上場以来の営業赤字に陥っており、既に3割の居酒屋店舗が閉鎖に追い込まれていること、画一的なメニューを嫌って客離れがおき、ブラック企業批判がそれに拍車を掛けていること。介護事業は稼ぎ頭だったが、売却済み。いまや業態転換を迫られている状態だという。
39面記事の見出しは「ブラック批判 一転和解」。渡辺氏はかつて朝日新聞の取材に対して「(亡くなった)本人を採用したのが問題だった」と話したことについて「すべて撤回したい。なくなられた方には一切責任はないし、ご遺族には全く責任はないと思っている」と和解後の会見で取り消したという。
ワタミは「高まるブラック企業批判、そして店舗での深刻な客離れ」。重大な経営危機に直面し、「白旗」を上げたことになると。
NPO法人POSSEの今野晴貴代表は取材に答え、ワタミ側が非を認めて賠償に応じたことを意義深いとし、「今回のケースは立ち上がることで相手に非を認めさせられる、という希望になる。…人を使い潰すような企業は社会的制裁を受けることも示された」としている。
uttiiの眼
ワタミ側の全面敗北。単に、1つの事例に対する対処ではなく、企業姿勢そのものを改めることが合意されている。
経済面には、1面記事の執筆者でもある沢路毅彦編集委員が重要な解説を書いている。今回の裁判の意義を、経営者と従業員の距離が遠い大企業でも、従業員の過労死や過労自殺について経営者に法的な責任がありうることを、「日本海庄や」事件に続き、再度確認したという点に求めている。会社法に「経営者に重大な過失などがあって本来の役割を果たさず、会社が第三者に損害を与えた場合、経営者に責任がある」という規定があり、これが根拠になったと。
同時に沢路氏は、「募集時に労働条件は適切に示されていたのか」「労働基準監督署はもっと早く指導することはできなかったのか」と問いかけ、「求人情報の規制や労働行政のあり方など、ワタミ問題が示した課題は残ったままだ」という。
全くその通りだと思う。とくに労働基準監督署は、その名に「署」が付いているように、労働分野における一種の警察であり、国家試験に合格して労働基準監督官に採用されたものは、「特別司法警察職員」の身分を有する。居酒屋での過重労働は遙か以前に摘発されて然るべきだった。ワタミの場合のように、「365日24時間、死ぬまで働け」などという「経営理念」を平然と公表し実践するような経営者は、それだけで「重大な過失」にあたり、取り締まりの対象とすべき輩(やから)と言えるだろう。
デフレの結果?
【読売】も1面左肩に基本情報。39面社会面に記事と短い解説。
39面記事は見出しが「ワタミ 謝罪し和解」「連日の深夜勤、研修…ノートに「助けて」」「両親『後悔は続く』」。
書き出しは「連日の深夜勤務に、創業者の理念集を暗記させるテスト。8日に和解が成立したワタミを巡る過労自殺訴訟では、若者に過重労働を課す企業体質の一端が明らかになった」というもの。亡くなった女性は、開店2時間前の午後3時には出勤し、勤務終了は早くて翌日の午前3時半。タクシーでの帰宅は許されず、始発電車まで時間を潰したという。休日は「自己啓発」と称した研修への出席を指示され、渡辺美樹氏の著書を読んだ感想文を提出させられ、理念集の暗記を強いられた。入社後2ヶ月で丸1日休めたのは4日だけ。ノートに「身体が痛い。気持ちが沈む。どうか助けて」と記した1ヵ月後、命を絶った。和解協議で渡辺氏は「会社の理念が一人歩きし、…非常に悔いている」と話したというが、父親は「簡単には信じない」と語っていると。
解説では、賠償金が高額になった理由を「再発防止を強く求めてきた両親の思いが反映されたため」としている。また、入社間もない若者が過労自殺に追い込まれるケースは2000年代後半から相次ぎ、「デフレ下で企業が人員を削減し、新人教育の余裕がなくなったことがある」という。国は今年1月以降、過労死ラインとされる100時間以上の時間外労働が行われている事業所などを抜き打ちで監督指導し、3,600事業所に対して既に実施されたという。しかし、企業と労組の合意があれば過労死ライン越えも違法ではないのが現実。ブラックバイトと言われる学生アルバイトの実態もあり、国がより厳しい規制を設ける必要を検討すべきだという。
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創業者の理念集なるものを暗記させるということだけで、異様な経営実態を示しているように感じる。
この問題を報じる《読売》の記事には、いくつかの問題を感じる。1つは、社会面記事の見出し。両親が娘を救えなかったことを後悔しているのは当然だとしても、そのことを見出しにとられると、意味が逆転しかねない。つまり、娘の死に対して一番の責任は両親にあるという印象を、少なくとも、こうした裁判一般に批判的な見解を持つ人々は持つ可能性がある。《読売》の記事を見ても、問題の本質がそこにないことは明らかだ。したがって、「両親の後悔」を見出しにとるべきではない。
もう1点。解説部分は意味が不分明だ。高額賠償金は、企業と経営者に対する「懲罰的な意味合い」だと弁護士は語っているはずだ。そう書けないのは、英米法圏と違い、日本の法体系では、不法行為による損害賠償で懲罰的な賠償額を認めることはないという判断なのだと思われるが、慰謝料という存在を考えれば、実質的には日本でも懲罰的な賠償額認定は行われているとも考えられる。今回の金額は、通常の慰謝料と比較しても大きくなっており、その点を弁護士が「懲罰的」と表現したものだから、他紙がやっているように、弁護士の発言を引用する形で書けば良いものを、と思う。記者は「再発防止を強く求めてきた両親の思いが反映されたため」などと、かえって意味を不明瞭にする方向に書き下している感がある。
さらに、若者の過労自殺が目立ってきた理由を「デフレ下で企業が人員を削減し、新人教育の余裕がなくなったことがある」とまるで仕方がないといわんかばかりなのだが、これも眉唾物だ。異常な職場環境が続いてしまう最大の要因は、組合がないこと、あるいはあっても力がないことだろう。「死ぬまで働け」と呼号するような労務管理(もはや「管理」とは言えまいが…)があれば、直ちに職場内で反撃の動きが起こり、生産が止まる、営業が止まる。そのような力関係がなければ、経営側はやりたい放題になってしまう。加えて、デフレが続いたとしても、そのもとでの労働環境が悪化しないように努める国の役割があったはずだ。2014年度、未遂を含む過労自殺で労災認定されたのは99件と過去最高だという。仕方がないとは言わせまい。
すべての企業で実行されるべき防止策
【毎日】は社会面だけでの対応。27面に「ワタミ1億3,000万円賠償」の見出しで、労働問題専門の東海林智記者が書いている。見出しの2行目には「遺族意向に沿い和解」とある。
東海林記者による解説は、従業員に過重労働を課すと、大きな代償を払うことになることを改めて印象づけたとしたうえで、再発防止策に焦点を合わせている。和解条項に盛り込まれた再発防止策は、サービス業に限らず、多くの企業が取り入れるべきモデルだとしている。労使が残業時間の上限について締結する36協定については、和解事項の中に、「協定更新時に残業時間を短縮することが盛り込まれた」という。タイムカードを打刻した後に働かせることがないよう、厳格に労働時間を管理し、研修会なども労働時間に含めて記録するという。記者は、これらを「過労死や過労自殺を防止する有効な策」と評価する。
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見出し2行目は少し誤解を生みかねない表現だが、これはリードに「遺族側の意向に全面的に沿った和解となった」と書いてあるのを読めば意味がハッキリする。遺族の意向が和解だったという意味ではなく、和解の条件が原告である遺族の意向通りだったということ、早い話、遺族の全面勝利ということだ。
東海林記者の解説は、僅かな紙幅の中でこの和解の意義を正しく強調するためにはどこに照準すべきかを考えた上で、それを「再発防止策分析」に置いたものだと感じた。今野晴貴氏は「すべての日本企業はブラック企業になり得る」と著書に書いていることを考え合わせれば、和解条項に示された再発防止策は、すべての企業で実行されるべき事柄だということが可能だろう。
遺族は原因究明を望んだ
【東京】は1面トップでこの問題を扱う。見出しは「ワタミ過労自殺 和解」。過労自殺を巡る経緯を記した年表は、女性が入社してから今回の和解成立まで。記事は基本的な情報に加えて、渡辺氏が自身のフェイスブックに載せたコメントを要約している。「ご両親さまを傷つけたこれまでの態度、認識、発言は全て取り消す」と謝罪、「ワタミは私のリーダーシップと情熱の下、急速な拡大成長を遂げたが、その過程で起きた今回の事実は取り返しがつかず、私の人生最大の反省点」とした。
28面と29面に跨がる社会面の記事。28面側は、和解条件の中に同僚800人の待遇改善に関する条項も入っていることを記す。29面側は、「『過労死もう二度と』」「両親、実態解明求め7年」との見出し。両親の戦いの意義に焦点を当てている。写真は、亡くなる1ヵ月前に女性が手書きで言葉を記したノート。「体が痛いです。体が辛いです。気持ちが沈みます。早く動けません どうか助けてください 誰か助けてください」と綴られている。
記事29面の前半。両親は、「なぜ娘は死ななければいけなかったのか」という問いに対する答えを求め続け、12年2月に労災が認められた後も追及をやめなかった。「原因究明が先だ」として、金銭だけの解決を拒否。「ワタミの実態を明らかにしなければ再発防止はありえない」として訴訟に踏み切ったという。父親は「過労死撲滅に取り組む人たちや苦しんでいる人たちに良い影響が出ることを強く望んでいる」としている。
後半は「『ブラック』批判 やまぬ逆風」と題して、ワタミの経営問題に触れた後、今野晴貴氏のコメントを取っている。今野氏は「ワタミ側が謝罪や和解条項の公開などの和解に追い詰められたのは、世論や社会の動きに押されたからだ。非常に意義がある」と評価。「今もなお、ブラック企業は増え、苦しんでいる若者は多くいる。被害者たちが立ち上がり、救済される道を開く契機になってほしい」と語っている。
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今野氏のコメントで気が付いた。和解はしばしば、和解条件の非公開を条件になされる。このケースがそうならなかったのは、本当に良かった。中身に、全企業に通底する潜在的な「再発防止策」が書き込まれていることを考えても、非常に意義深い。労働組合がダメなら、世論や社会の様々な動きによって圧力を掛け、あちこちのブラック企業に「白旗」を掲げさせることができるかもしれない。そんな予感と希望を感じさせる和解だった。
image by: Wikimedia Commons
『uttiiの電子版ウォッチ』2015/12/10号より一部抜粋
著者/内田誠(ジャーナリスト)
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