もし、自分の両親が万引きで捕まり、警備員に呼びだされるようなことがあったらどうしますか? 万引きを繰り返して逮捕された母親が「実は頭の病気にかかっていた」ことを証明してみせるため米国帰りの娘が奔走したという裁判の傍聴記を、大人気メルマガ『今井亮一の裁判傍聴バカ一代』が紹介しています。今井さんは、検察官側からの弁論にかなり呆れたとか。一体、どんな発言があったのでしょうか?
留学帰りの娘が母親の万引き病に万全態勢
被告人は60歳くらいの女性。万引きで執行猶予中の万引き。とにかく万引きが止まらないのだ。
原判決は懲役10月、前刑(懲役1年、執行猶予3年)の猶予は取り消され、併せて服役することになる。
そこで、原判決を取り消して再度の執行猶予を、と控訴したのだ。
この事件は、原判決後に“とんでもない”事情があった。
14歳のときからアメリカへ留学していた娘、これがまぁ大した娘さんで、ネットで調べて次々と専門医へ。そしたら被告人(母親)は前頭側頭型認知症と判明したんである!
脳の前頭葉と側頭葉が萎縮し、顕著な症状の1つとして万引きをくり返すことがあるんだそうだ。
娘は警察に相談し、かつ、母親の写真と診断書を持って近所の複数の商店へ行き、事情を説明。さらに自治体の福祉制度等を利用して、治療および万引き防止のための、もうパーフェクトな態勢をつくりあげた、それも就職して働きながら。なんて娘だ!
今日は双方の弁論。その前に、弁護人が言った。
弁護人 「被告人の夫が先日、永眠しまして、その関係で被告人質問を」
末期癌で余命わずかと宣告され、しかし自分の目が黒いうちは全力で妻(被告人)を支えると言ってた夫が、嗚呼、とうとう…合掌。
被告人の表情等は何も変わらない。被告人質問が始まった。
弁護人 「あなたの夫は、お亡くなりになりましたか? いつですか?」
被告人 「はい…11月…25日…朝8時…8分…」
なんか力のない、薄い弱い声だ。
弁護人は、被告人の資力について尋ねた。前回、娘は、自分の給料が月約20万円、父親は月60万円くらいの収入があると言ってた。何の収入かは分からなかった。
今後、治療費等々を払いつつ生活していけるのか。
被告人 「…娘の名義は300万円…あたしの名義は、また別に、主人が残してくれた…たぶん何千万…不動産と、現金と、株、残してくれた…」
自宅は被告人の名義でローンはなく、中国の上海に夫が購入したマンションがあり、売りに出しており…。
被告人 「値段は、たぶん、日本円で、7千万円…あと、通帳、少し、あと、株、ファンド、主人が買ったの、配当金、毎月5、6万円もらえる…(株は)400万くらい(単位不明)…今の相場、野村證券…」
前頭側頭型認知症は、アルツハイマー病と違い、記憶には問題ないらしい。
被告人 「(預金は)200万、300万…そんなない、あと少し、主人が銀行に財産…1万香港ドル、米ドル…」
夫はほんとに全力で妻を支えようとしたんだな~。感傷的すぎるかもしれないが、俺は傍聴席でそう思った。
弁護人 「生活に困らず、これからも治療を続けていけますか?」
被告人 「はい」
検察官は反対質問を放棄し、裁判官3人も質問なし。13時38分、弁護人の弁論が始まった。
弁護人 「それでは弁論を申し上げます。被告人には…執行猶予付きの判決が相当であると思料します。以下理由を…」
理由の骨子は、第1598号でレポートした、娘さんの証言の内容と同じだ。
「ピック病すなわち前頭側頭型認知症」という語が出てきた。
50歳くらいの会社役員とか警察官とか、しょーもない万引きで捕まったという報道が続々あり、だいぶ前、某週刊誌が「ピック病」の可能性を指摘した。
国会も司法も行政もマスコミも知らん顔して、じつは深く社会に蔓延してるのかもね。
約13分間の弁論を、弁護人はこう結んだ。
弁護人 「…万引きをどうしたら止められるのか…真っ暗闇の中で苦しんでいた家族が…本件犯行後、控訴審に至り、専門医の診断を受け…再犯防止の希望を持ちました…治療へ向けた実践をすることで光明を見出し…など努力を継続しております。被告人から希望の光を奪わないでほしいと思います。是非とも…」
俺としては、希望の光と司法への信頼を娘から奪わないでほしい、という感じだが。
13時51分、清水淑子検察官の弁論が始まった。
検察官 「そもそも娘は、母親の服役を回避したいと考えているだけ…身勝手な…同種再犯に至ることは確実…」
母親の再犯や服役を回避したいから、あれだけの凄いことをやったんじゃないか。ほかに何を求めればよかったんだ! 検察官よ、あんたこそ、逆転執行猶予で失点になりたくないだけだろっ!
前頭側頭型認知症、何人のうち何人に万引きが見られるだけだから…という部分もあった。百人中百人が万引きするなら仕方ないってわけ? バカですか? 俺はほんと呆れたょ。
けど、無罪と分かってても有罪を求め、執行猶予が当然と分かってても実刑(原判決維持)を求める、それは検察官の職務なのだ。疑問を感じる者は、職を捨てねばならないのだ。
高校生の頃、ルイス・ブニュエル監督の『トリスターナの哀しみ』(原題「Tristana」)という映画を観たが、これは『プロシキュータの哀しみ』か。
判決は1月14日(木)14時30分と決め、14時15分閉廷。
いっくら何でもこれは、新年最初の「原判決破棄」になると俺は見るね。
ところでマニア氏によると、東京高裁の別の部へ、やはり前頭側頭型認知症の「窃盗」が出てきてるという。うわぉ、それも傍聴しなければっ!
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『今井亮一の裁判傍聴バカ一代』
著者/今井亮一
交通違反専門のジャーナリストとして雑誌、書籍、新聞、ラジオ、テレビ等にコメント&執筆。ほぼ毎日裁判所へ通い、空いた時間に警察庁、警視庁、東京地検などで行政文書の開示請求。週に4回届く詳細な裁判傍聴記は、「もしも」の時に役立つこと請け合いです。しかも月額108円!
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