ハリウッド映画にしばしば登場する、日本人と中国人を掛け合わせた変な東洋人。実は、ハリウッド映画における「中国人像」というものがあるそうなんです。日本人のイメージと比較してみると、その違いが分かって興味深いですよ。ではいったい、どんな違いがあるのでしょうか?
最強悪キャラ「フー・マンチュー」の登場から、セクシー系女性まで
あなたは「映画における中国人のイメージは?」と聞かれて、どんな姿を想像しますか?
一言でいえば、20世紀のアメリカ映画関係者が描いてきた中国人像は、とてもネガティブなものでした。
しかし現在、GDP世界第2位の大国となった中国の経済発展にともない、そのイメージは確実に変化しているはずです。
では、どのように変化してきたのか、過去のハリウッド映画における中国や中国人の描写を見れば、その変遷が分かるのではないでしょうか。
香港の日刊オンライン新聞「アジアン・タイムズ」では、過去から現代にかけて、ハリウッド映画の中で描かれてきた中国人像の変遷について詳しく解説しています。
遡ること1895年。
「Chinese Laundry Scene」というコメディショートムービーには、ランドリーで働く中国人が、白人コミュニティを追われる日雇い労働者(Coolio)といった具合に「白人たちがしたくない仕事をする人種」として描かれました。
1910年に入ると、“Yellow Peril”(黄色人種脅威論)というフレーズがメディアを賑わしました。
その頃までは、中国はアメリカに侵攻してくる“邪悪な人たち”とみなされていたようです。
また、当時はチャイナタウンの犯罪率が高かったことも手伝って、こうしたメディアの影響によりアメリカ人の間で中国人に対する差別的感情が湧きあがったという背景があります。
1924年に日本でも公開された「倫敦の秘密」(The Mystery of Dr. Fu Manchu)をご存知の方もいらっしゃるのではないでしょうか。
この映画の主人公“フー・マンチュー”とは、イギリス人作家がつくった最恐の極悪な中国人キャラクターです。
しかも、この人物設定はのちに90年にも渡って“Yellow Peril”のシンボルとなったほどインパクトの強いキャラだったようです。
image by: アジアン・タイムズ
フーの外見は、長身でスリム、中国服と中国帽に身を包み、爪とドジョウ髭を長く伸ばして、常に悪魔の形相。
キャラ設定は、3つの大学で学位を取得するなど明晰な頭脳をもち、性格は狡猾で極めて残忍な人間として描かれています。(Wikipedia)
その後、1940年まではフー・マンチューシリーズとして銀幕で活躍を続けていたのですが、1960年代にはすっかり姿を消してしまいました。
それは、第二次世界大戦で中国とアメリカが日本を攻撃するもの同士として手を組んだという歴史的な背景があります。
そして、中国政府や市民からの圧力に耐えきれなくなった米国政府は、ハリウッドに対して中国に対する人種差別的な映画作りをやめるよう指示したということです。
徹底してますね。
この“フー・マンチュー時代”に作られた正反対の中国人キャラ“チャーリー・チャン”にも触れておかなければなりません。
彼はフーとは違ってポジティブなキャラクターで、知的で思いやりがあるヒーローとして描かれています。
しかし、正反対のキャラ設定だったのにもかかわらず、中国側からの批判は止みませんでした。
なぜなら“中国人が従属的な役割を担っている”というイメージを拭いさることができなかったからです。
一度ついてしまったイメージはなかなか消えません。
しかも、チャーリー役はなぜか日本人や韓国人の俳優によって演じられていたのですが、白人の俳優Warner Olandが演じるまでヒットすることはなかったようです。
白人が東洋人の役をやることも、昔はけっこうあったようです。
このキャラが、唯一ハリウッドで“肯定的に中国人が描写されている作品”だったということもあり、中国や香港でも評判になりました。
そして、真珠湾攻撃によって、日本人が中国人に代わる新たな“Yellow Peril”になりかわったという背景も、このチャーリーのキャラ設定から読み取れます。
そして時代は進み、ハリウッドのゴールデンエイジにはアジアのエキゾチックさを全面に押し出した映画の幕があがりました。
代表的な映画としては「上海特急」や「風雲のチャイナ」「大地」など。
特に「大地」という作品では、中国人農家の主人公が人生の荒波に負けずに生きて行く姿を英雄として描いています。
極悪人として描かれたフーの時とは全く正反対です。
ここまでは中国人男性のイメージでしたが、では中国人女性はどのように描かれていたのでしょうか。
中国系アメリカ人の代表的女優、Anna May Wongは“セクシーな女性役”として登場することがほとんどでした。
image by: Wikipedia
これはハリウッドが持つ、アジア人女性に対するステレオタイプを表現。
このような映画の中では“頼りない中国人”という偏見によって、男らしい白人男性を拒否できないアジア女性、という表現が使われています。
「イエローキャブ」と呼ばれた現代のアジア人女性に対する偏見はここから始まっていたのかもしれません。
性的魅力のないカンフーマスターから現代中国人まで
1970年代に入ると、ブルース・リーや香港のカンフー映画の到来によって、これまでの中国系映画や中国人に対するイメージはガラッと変わります。
image by: Wikipedia
その一方で、ブルース・リーが有名になればなるほど、新たなステレオタイプが植え付けられ、その後に中国人がスクリーンに現れるときには「カンフーマスター」として登場しなければならなくなったのです。
ジャッキー・チェン、ジェット・リー、チョウ・ユンファの存在はこのイメージを強化しました。
image by: Wikipedia
ちなみにジャッキー・チェンのイメージで唯一問題なのは、“白人女性にとっては性的な魅力がない”という点。
一見、成功をおさめたかのようにみえるのですが、あくまで「カンフーマスター」としてのキャラクターが先行しているだけで、スクリーンには闘う姿以外の中国人俳優が描かれることはなかったのです。
しかし、最近になってハリウッド映画界は映画ビジネスがグロバール化の時代になっているということに気づきはじめました。
実際に中国の映画市場は約7600億円を超え、世界最大の映画市場であるアメリカの約1兆2760億円と肩を並べるほどまでに成長しています。中国の海外映画の興行収入は米国内の2倍であり、「アバター」、「トランスフォーマーズ」、「ワイルドスピード」などが大ヒット。
映画の商業的な成功に大いに貢献しているのは確かな事実です。13億人超の人口を抱える中国は、かの日本やイギリスにかわり、ハリウッド最大の海外マーケット市場に躍りでました。
それゆえ、アメリカのプロデューサーたちはスクリーンに描く中国と中国人についてどうすれば良いのかとビビり始めているのです。
このように振り返ると、悪者から英雄へ、そしてカンフーマスターへと90年かけて発展(?)を遂げたスクリーンの中の中国人たち。
近年の映画で描かれる中国人の新しいステレオタイプは、一言でいえば豪商、もしくは救世主的な役どころです。
「ウォール・ストリート」では成功した不動産屋を営む中国人ビジネスウーマン、「2012」ではノアの方舟作りを手助けした中国。
そして、最新映画「オデッセイ」では、中国国家航天局が火星に取り残されたマットデーモン演じる宇宙飛行士を救いました。
分かりやすくて、とても露骨ですね。
ハリウッドの日本人像と比べてみると?
対して、日本はどのような移り変わりがあったのでしょうか。
詳しく説明しているJapanTodayを参考に解説します。
「ティファニーで朝食を」に登場する日本人男性「ユニオシ」は、ハリウッドでの日本人のイメージとして有名です。
背が低く、黒縁のメガネに出っ歯が当時の日本人の象だったようです。
ただ、悪者として描かれた中国と違うのは、この日本人像、当時はさほど間違った解釈でもなかったということ。
また、女性のイメージについても“ゲイシャ”のイメージが強く、男性に媚びたり、女らしさを全面に出すといったような「性の対象」というイメージが強かったようです。
やはり忍者、相撲、歌舞伎、女体盛りなど、いわゆる偏見に満ちたイメージ上の“日本的”な描写が多く見られました。
しかし近年、日本出身の俳優の活躍も目立ってきています。
大ヒットした「キルビル」の栗山千明や、「インセプション」の渡辺謙の活躍は皆さんもご存知ですよね。
栗山千明 image by: Wikipedia
とりわけ渡辺謙については「ユニオシ」のように背が低いわけでも出っ歯でもありません。
彼の演じた役は日本人に特化した役柄ではありませんでした。
渡辺謙 image by: Wikimedia Commons
ハリウッドでは、もはや著名人となった彼の人気は、それまでの日本人のイメージをものともせず、むしろ国境を越えた俳優としての実力、そして努力の賜物ではないのでしょうか。
とはいえ、1980年代には日本を批判する「ジャパンバッシング」、そして日本を軽視する「ジャパンパッシング」を経て、悲しいかな、今は日本が無視される「ジャパンナッシング」と呼ばれています。
すでに無視され始めている日本だけでなく、ハリウッドでも他のアジア諸国の俳優は中国におされてきています。
やはり人口ナンバーワンの大国は強いようです。
このように振り返ってみると、映画には政治や時代背景が色濃く反映されており、イメージとはある程度操作されてきたものだということがよく分かりました。
それと同時に、私たちも無意識のうちに目にするものから偏見を持つようになっているのかもしれません。
いうまでもなく、ハリウッド映画の影響力は大きいです。
ただ、アメリカとは比較的仲が良い日本ですら「ナッシング」ですから、今後はどうなるのでしょうか。
中国も日本も国や人種にとらわれず、実力でハリウッドに登場する機会がもっと増えることを願っています。
Image by: Denis Makarenko / Shutterstock.com
Source by: アジアン・タイムズ , JapanToday
文/臼井史佳