池袋脱法ハーブ男、ローラの父親、ASKAにシャブを売った男などなど、数々の裁判傍聴記を寄稿してくださっている今井亮一さん。そんな「傍聴のプロ」が心に残る裁判として紹介するのは、前科12犯の男が巻き起こした騒動。彼には働きたくても働けない理由があるようで……。
刑務所を出るときはマジメになろうと思うのに
6月14日(日)、『超絶マニアックデータしょの2』に新しい事件を入力してたら、あれっ? 10日(水)に「窃盗」の判決があったこの被告人は…!
その被告人は、珍しい氏名であり、2013年にも同姓同名の裁判があった。心に残る事件だった…。
2013年10月11日(金)13時30分~14時30分、東京地裁719号法廷(20席、渡辺美紀子裁判官)で「器物損壊、窃盗」の新件。
被告人は身柄(拘置所)、例の官給品のジャージ上下。ゴールドのフレームの眼鏡をかけ、スキンヘッド的な坊主頭の50歳。左手の甲、親指の付け根あたりに、何かの印のような、また左手の薬指に結婚指輪的な、タトゥーあり。
住所は不定、職業は無職だと、やけに早口で答えた。せっかちな性格なのか。
控訴事実は2件。2013年7月8日18時19分頃、渋谷のヒカリエで、マネキンに着せられていたTシャツ1枚(3900円)にライターで点火して焼損させ…。
同月12日17時13分頃、大田区内のセブンイレブンで文庫本1冊(600円)を万引きして窃取…。
2つの控訴事実について、被告人の認否は…。
被告人 「あ~、間違いないっ、これも間違いありませんっ!」
甲2~6号証は、「器物損壊」についての店員、社員、目撃者の調書。
社員 「ねぇ、燃えてるわよ! と肩を叩かれた…Tシャツの裾の炎が…女性が日傘でバサバサ叩いて消した…犯人がまだあそこにいるわよ! 60歳くらい、160cmくらいの男がニヤニヤと…逃げられてしまった」
目撃者 「男はうろうろきょろきょろ…エスカレータに逆に乗ろうとする…この男、おかしいなと見ていた…ふり返ると100円ライター(実際には拳銃型のライター)で点火…」
逃げのびて4日後、ぶらぶら歩くうち、ひと休みしようとセブンイレブンに入り、トイレを使い、題名を見て面白そうだと思った文庫本を持って店外へ出て、捕まったんだそうだ。
詐欺や恐喝や窃盗で前科12犯、前歴4件。ヒカリエでTシャツに火を付ける6日前、7月2日、前刑を出所したんだという。
弁護人 「なぜヒカリエへ?」
被告人 「渋谷駅、ホームを下りたとき、電車の人が、事件起こしてないのに通報したので…イライラを解消するために入った」
弁護人 「(ヒカリエへ行けばイライラが)解消されるんですか」
被告人 「女の服とか、女の時計とか、昔、10代の頃、女に買ってあげてたので」
ほ~、そんな時代もあったのだ。家族について尋ねられ…。
被告人 「母親…お父さんは、福島刑務所入る前、死んだ…お母さんは70…(78歳らしい)…生んでくれたので、やっぱ感謝してます」
この被告人も「お父さん」「お母さん」と…。そのように呼んでた時期のまま、父母に対する想い、記憶は、ストップしてる…のかなぁ。
母親は「刑務所出たり入ったり、どうしようもない」と言っており、もう手紙もよこすなとも言ってるらしい。
続いて検察官が質問。
検察官 「合計どれくらい刑務所にいたんですか」
被告人 「14…15年だと…」
検察官が論告で述べたところによれば、合計服役期間は20年を超えるんだという。
検察官 「今、50歳、刑務所戻ってもかまわないと?」
被告人 「うーん、母親のことは心配なんですけど…この世の中も…働かなきゃ食ってけない…(刑務所を)出るときはマジメになろうと思うんだけど、なかなかマジメになれない…」
俺も、原稿を書こうと思うんだけどなかなか…それとこれとは違う?
渋谷駅での「通報」とか「イライラ」とか、そのことを尋ねられ…。
被告人 「電車の中でタバコ吸ってるのいっぱいいますし、なんで自分だけ通報するのかなぁ…」
どうやら電車内かホームで喫煙し、通報されたらしい。
被告人は、刑務所を出てから早いと1週間、長くても1カ月でまた逮捕されてるんだという。
「嫌煙権」とかいう言葉がない時代のまま、ストップしちゃってるのかと推認できる。
検察官 「今後、思いに沿わないとき、またイラついてしまうのでは?」
被告人 「仕事さえあればマジメにやる人間なので…なかなか仕事が見つからない…」
検察官 「先ほど、聞きたいことがあると?」
被告人 「○○警察(よく聞き取れず)で靴とか返してくれると言ったんで…それ返してもらわないと刑務所出てから困る」
検察官 「あなた裁判受けてる…いちばん気になってるのはそこなんですか」
被告人 「(刑務所を)出たとき(靴がないと)仕事探せなくなる」
仕事に就くことに対する姿勢は、大したものだった。裁判官からの質問にこんなことを述べた。
被告人 「(刑務所を出たとき)マジメに働こうと、横浜の保護観察所へ…仕事探してもらった…12時、面接して、3時まで待ってろって…やっぱないからどうする…お金ないので交通費だけもらえないですか…その日に探せば探せたかもしれない…」
被告人 「あと、震災関係、福島…自分、福島刑務所にいたとき震災に遭ったんですよ、そのとき福島で(仕事を)探せばよかったなと」
被告人 「(雇われる際)はい、ハンコと履歴書あれば…履歴書書いたけどハンコ買えなかった…ハンコないと仕事できないんで…組関係に(ハンコ代を)借りるの嫌なんで…履歴書書いて、募集のとこ行って、自分の名前、珍しいので、三文判ないんで、つくってもらわないと」
さらにこんなことも言うのだった。
被告人 「自分、休みの日はボランティアやりたいんで…仕事はできる、刑務所でもできるって言ってくれる…(出所した)その日のうちに仕事探さないと(更正は)難しいんですよね」
結局、刑務所以外で働いたことはないような雰囲気だった。そして…。
被告人 「自分、あんまり字読めないんで、漢字おぼえて、宗教やりたいんで、キリストとか…身体障害者の世話したい、あと、鶴折ったり、とにかく仕事がないとまた悪いことしちゃうんで…(今、50歳)そういうこと考えてやってたんですけど、今回も失敗した」
裁判官 「刑務所に戻りたいのでは?」
それに対する被告人の供述に、なんつーか俺はしびれた。
被告人 「い、そそ、そ、そういうのは、そういうふうに取られちゃうと、自分、がっかりします」
キャラが立ってる! という表現が適当かどうか分かんないが。
求刑は懲役2年。判決は同年(2013年)10月22日(火)13時20分。
俺は判決を確認してないが、2割引なら懲役1年8月くらいか。
そうして2015年6月8日(水)、同姓同名の被告人の「窃盗」の判決があったわけだ。
その第1回公判を俺は知らない。裁判所が1週間分の開廷表を隠匿したせいで、いろんなことが見えなくなった…。
『今井亮一の裁判傍聴バカ一代』 より一部抜粋
著者/今井亮一
交通違反専門のジャーナリストとして雑誌、書籍、新聞、ラジオ、テレビ等にコメント&執筆。ほぼ毎日裁判所へ通い、空いた時間に警察庁、警視庁、東京地検などで行政文書の開示請求。週に4回届く詳細な裁判傍聴記は、「もしも」の時に役立つこと請け合いです。しかも月額108円!
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