最近は暑い日が続いていますが、季節を問わずいつでも食欲をそそるのがカレーライス。子供から大人までを虜にし、日本で堂々と「国民食」の勲章を手に入れた感のあるカレーですが、どのようなルートを辿って日本へやってきたのでしょうか。米ニュースサイトNPRにて、オーストラリア国立大学の博士課程で人類学を専攻中のマーカス・ベルさんが、カレー発祥のインドからイギリス、日本、そして北朝鮮のカレーまでを考察しています。それでは、カレーのルーツを巡る長い旅路を一緒にたどってみましょう。
大阪のカレーをきっかけに生まれた、カレーに対する疑問と好奇心
マーカス・ベル(Markus Bell)さんは大阪滞在中、路地裏にあるお店から漂ってきた美味しそうなカレーの匂いに魅了されて以来、すっかり日本のカレーライスの虜になってしまったそうです。
彼はその匂いにつられるまま、6人程が入れば満杯の小さな料理店に入りました。
太鼓腹の店主に薦められるまま、一つは辛め、もう一つは甘めのカレーを試食したそうです。
「舌が焼ける」ほどの辛さに驚きを隠せなかったものの、甘めのカレーを食べた瞬間から彼は「カレーライスと恋に落ちてしまった」とのことです。
大阪在住の北朝鮮人のコミュニティについて調査をしていた彼は、その北朝鮮の友人とのある会話から、北朝鮮にもカレーが存在することを知ります。
そこから1つの疑問が生まれました。
「世間的にはインドが発祥と言われているカレーが、地球上で最も孤立している国・北朝鮮の食卓にいつあがるようになったのだろうか?」
そんな好奇心が原動力となり、その疑問を辿る旅をすることになったそうです。
植民地化とグローバル化なしでは語ることのできないカレーライス
カレーを巡る物語は、早期植民地時代やグローバリーゼーションの始まりを象徴するものでした。
学者達は紀元前2500年前からカレーは食べられるようになったのではないかと主張しています。
当時から人々の間では、中毒性を持つ食べ物だと見なされていたようです。
ただ、「カレー」という言葉のルーツは明確ではありません。
ある説によると、1390年に出版されたイギリスの料理本にてカレー(cury)が初めて使われたということです。
表向き上は、Curyという言葉はフランス語の「料理をする」という意味を持つ単語「cuire」から派生したといわれています。
この言葉は、時代を経るごとにシチュー料理に対して使われることが多くなってきたようです。
また、他にもタミル語のKari(野菜、肉、スパイスで料理をしたもの)という言葉から派生したものではないか、という説もあるようです。
さすがは「食卓の王様」カレー、各国でさまざまな説が囁かれるのも納得です。
時は18世紀、インドの植民地化を実現したイギリス人たちは、「カレー風味」のパウダーをイギリスに持ち帰りました。
このことがきっかけとなり、イギリスでカレーの名は次第に有名になります。
18世紀の料理ライター、ハナー・グラス(Hannah Glasse)さんは、1747年に出版したベストセラー本「The Art of Cookery, Made Plain and Easy」の中で初めてインドスタイルのカレーのレシピを公開しました。
マーカスさんによれば、彼女のカレーの解釈は「ヒリヒリの激辛カレー」というよりは、カレーパウダーを入れることを特色とした「やさしくて良い香りのする」シチュー、というものだそうです。
ハナー・グラスのバターチキン カレーのレシピ(1774年)
【材料】
・一口サイズに切った鶏の胸肉(約453g)
・大さじ3〜4杯の無塩バター
・スライスされた大玉のたまねぎ1個
・小さじ山盛り2〜3杯のターメリック
・細切りされた小さじ山盛り2杯分のしょうが
・小さじ2〜3杯の黒胡椒
・小さじ1杯の塩
・2〜3カップの鶏ガラスープ
・1/2のヘビークリーム
・1/4〜1/3のフレッシュレモンジュース
【作り方】
大さじ1のバターをフライパンに入れて溶かし、そこにチキンをいれる。ほどよく焦げつくまでソテーしてから、鶏肉を取り出す。
残りのバターで玉ねぎを5-8分間ソテーし、柔らかくなるまで炒める。
そこにショウガを追加。
2-3分間炒めて、黒胡椒、ターメリック、塩をいれて炒める。5分間まぜて、先ほど焼いた鶏肉をフライパンに戻し、かき混ぜる。
中火でぐつぐつ煮込み、時々かき混ぜる。
鶏肉が柔らかくなるまで、20〜30分間かき混ぜる。
弱火にしたら、クリームとレモンジュースを追加してなめらかにかき混ぜる。
米かパンと一緒に召し上がれ!
1810年にはインド人旅行家であるSake Dean Mahomet さんが、イギリス初のインド料理店(カレーレストラン)をオープンさせたものの、これが大失敗に終わったとのことです。
ただ、時間が経つに連れ、カレーはイギリス中で再ヒットするようになりました。
そのきっかけは、パブのメニューに取り入れられるようになったからとのこと。
当時のパッとしない食生活に刺激を与える食事になったからではないか、とも言われています。
つまりイギリスにカレーが登場したのは1700年代頃のようです。
思ったより歴史が長いですね。
英国風カレーをすんなり受け入れた日本軍と50種類の特性レシピ
さて、日本にカレーが伝えられたのは19世紀の後半。
これを伝えたのは海軍に属するインド在住の英国人とのことで、英国人が「英国化」されたインドカレーを受け入れたのと同じように、日本軍は英国風カレーにすぐ好感触を持ったそうです。
こう考えると、日本におけるカレーの歴史は想像以上に長くありませんが、短期間で多くの人々に愛される食べ物となったことがわかります。
カレーを日本へ伝えたのは、インド人ではなく、イギリス人だったとは驚きですね。
初めて日本の料理本にカレーのレシピが掲載されたのは1872年のこと。
1877年には東京のレストランのメニューに初めてカレーが掲載されることになります。
イギリスで起こった「カレー旋風」と同様、カレーは「日本食」としてすぐに定着しました。
一般家庭だけでなく今日、海上自衛隊では毎週金曜日はカレーを食していますし、同隊の「ファミリーページ」には50種類もの海軍特製カレーのレシピが掲載されています。
自衛隊のウェブサイトに、まさかこんなページがあるなんて意外じゃありませんか?
これだけあるとカレー専門店ができるんじゃないかと思うほどのレシピがあると、なんだか試してみたくなりますね。
そして、いまではおなじみのレトルトカレー。
忙しい社会人や、お金がない学生にとっては重宝するこのレトルトカレーが日本で広まり始めたきっかけは、スウェーデン軍の食料である「袋に入れられたソーセージ」とのこと。
1968年に大塚食品が世界初のレトルトカレー「ボンカレー」を販売。
数年で100万個を売り上げる大ヒットとなりました。
キムチや米へ交換?北朝鮮の飢饉を救う「通貨」となった日本産のレトルトカレー
では、北朝鮮にカレーはどのように広まっていったのでしょうか。
時は1960年、日本政府は韓国、台湾、中国の人々に対して国外退去を強いていました。
そんな中、日本にいた多くの韓国人は、アメリカが支援する李承晩政権がある韓国よりも、北朝鮮の方が良い逃げ場所になるのではないかと考えました。
そこで、日本にいる韓国人たちが自分の愛する家族に日本のレトルトカレーを北朝鮮へと送るルートを作ったことがきっかけになり、北朝鮮でも日本のレトルトカレーが普及したということです。
北朝鮮に渡った人々は、日々生きていくことだけで精一杯の劣悪な環境にいましたが、政府は日本への帰還することを許しませんでした。
日本から送られてくるレトルトカレーは、食料としてだけではなく、のちに通貨として、あるいはキムチ、米、肉といった主要な食料品と交換するための物として使用されるようになります。
さらには朝鮮労働党の幹部にワイロ的に贈呈されるものとして、闇市場の売買品として、北朝鮮の人々にとってカレーは死活問題であり、困窮した生活を支える重要な食料であり、そして通貨でもあったようです。
ある旅行者が写真におさめた北朝鮮のレストランのカレー
マーカスさんの友人Hye-rim Koさんは、最近北朝鮮から亡命してきました。
その彼いわく、
「私たちは日本からの移民の真似をしようとしていました。彼らが着るもの、食べるもの…、ただただ興味があったんです。なぜなら彼らは自分たちより良いものを食べていましたから」
と、当時を振り返りました。
また、日本人の友人であるタナカ・サズカさんは1960年に北朝鮮へおくられた日本人の内の1人です。
彼女は小さなレストランを開き、そこでカレーを振る舞っていたのですが、大変な人気となり、美味しいカレーを作るシェフとして有名になったとのこと。
普段なにげなく食べているカレーですが、飢饉の時代を支えたといったような歴史や背景があってこそ現在のカレーがあるのだということを今後は噛みしめて食したいものですね。
カレーは姿かたちを変えインド、英国、日本、北朝鮮へと伝わっていきました。
その土地土地に好まれる味を追求しては、ローカルのカレーとして変化を遂げ、国を問わず多くの人々に愛される食べ物となりました。
このように海を渡り、世代を越えて伝えられてきたカレーライスだからこそ、過去も現在もそしてこれからも多くの人々の口を楽しませてくれることでしょう。
北朝鮮のカレーを食べる機会はそうそうないと思いますが、もし旅先で各国のカレーを見つけたら、このような背景を理解しながら試食してみると、より各国の「スパイス」を感じることができるのかもしれません。
image by: Shutterstock
source by: NPR , 海上自衛隊, Wikipedia , The Silk Road Gourmet
文/臼井史佳