毎回裁判を傍聴し、事件の知られざる裏側を紹介してくれる、メルマガ『今井亮一の裁判傍聴バカ一代』。今回は、今井さんが傍聴した3つの裁判についてその詳細と感想を語ってくれています。特に最も傍聴したかった事件として、ある「麻薬密輸」事件を紹介。「真実はどうか知らないが」と前置きをした上で、裁判官の仰天な判決に苦言を呈しています。
<香港で荷物を開けたら大量の女性下着が>
5日(火)13時20分~13時30分、東京地裁719号法廷(20席、駒田秀和裁判官)で「窃盗」の判決。
1月22日に「派遣先の民家から宝石窃盗 家事ヘルパーの女逮捕」と報じられた事件だ。前々回(5月20日)の様子は本誌第1702号でレポートした。
前回(6月24日)も傍聴した。情状証人(夫)と被告人質問だった。被告人氏名が平仮名3文字の女性名で、しかし地味系なおばさんであるせいか、傍聴人の出入りがやたら激しく、しょっちゅうドアがバッタンガッタン、衣服や荷物がシャカシャカ、うるさくってもう。
被告人は夫に内緒で母親に金を貸し、その母親が亡くなって預貯金がなくなり、夫は失業中で、10代の子どもが2人いて、闇金から借金し、夫との関係はうまくいっておらず…。そんな感じでだいぶ追い詰められてたんだそうだ。求刑は懲役2年6月。
そして今日の判決は、懲役2年6月、執行猶予4年。
大廊下(俺の歩測で約100m)へ出て南側へ早足で歩きつつ、途中の非常階段を2つ下り、東京高裁506号法廷(42席、植村稔裁判長)へ。
13時27分頃に入ると、「詐欺、詐欺未遂(認定罪名:詐欺)」の控訴審判決の最中だった。被告人は身柄(拘置所)。髪の濃い、背が高めの若者だ。
裁判長 「電話帳ソフトを用い…女性名に電話をかけ…公共事業債…パンフレットを用意し…アポ役…パンフレット発送役…あとで電話をかけ…(債権を)高値で買い取る…一度成功すると、それに乗じて別の理由で同じ被害者から…月曜から金曜、ほぼ毎日電話…」
たぶん、高値で買い取る、金はこちらが出す、名義だけ貸してほしい、名義貸しは違法だ、捜査当局が動いた、財産を没収される、逮捕される…などと高齢女性の不安をあおって翻弄し、とことん吸い取るタイプの詐欺じゃないかな。
被害総額は1億2350万円にのぼるんだという。被告人(前科なし)はその詐欺グループの中で宛名ラベルの作成などを担当してたんだそうだ。
原判決は懲役6年、その未決算入は不明。今回の控訴審判決は控訴棄却、当審未決60日算入。
「詐欺未遂」が「認定罪名:詐欺」とされてるのはなぜか。
裁判長 「2500万円は第三者に渡り、未遂となっているが、被害者はこれを失っているのであり…」
うわぉ、もしかして別のアウトローが横取りしたのか? そういうことってけっこうあるのかもね。だって、パンフをつくって毎日電話をかけまくるとか地道に頑張るより、さくっと横取りするほうが楽だし、詐欺犯は警察に被害届けを出せないから。
続いて13時30分から、片仮名氏名でミドルネームあり(つまり外国人)の被告人の、「覚せい剤取締法違反、関税法違反」の控訴審判決。俺はこれを傍聴にきたのだ!
なぜならこれは、俺が把握してる限り、今日の期日が4回目なんである。控訴審が期日を重ねることは珍しい。その審理も原審も俺は一度も傍聴してない。
シャブ密輸、久々の逆転無罪かっ? 同じ思いなんだろう、司法記者クラブの記者さんが数人来たょ。
被告人は身柄(拘置所)。白髪混じりでウェーブのかかった髪をオールバックにして、わりと小柄。50代かなぁ。
通訳人は、見かけないご婦人。俺に聴き取りやすいフランス語だ。何を隠そう俺は高校時代、フランス映画にしびれてNHKラジオのフランス語講座を聴いてたのだ。
裁判長 「主文、本件公訴を棄却する。当審における未決勾留日数中220日を原判決の刑に算入する」
逆転無罪じゃなかった。ソク、記者が3人出た。残りの傍聴人は俺を含め5人だ。
しかし、じゃあなんで期日を重ねてたのか。
弁護人は、検面調書は被告人が用いていない表現を用いて作成されており、通訳の正確性について問題があると主張していたのだった。
裁判長 「ぜんぶの調書を採用したのは誤りがあると判断した…以下の3つの部分は証拠にできないと判断した…しかしながら原判決には影響を与えない…この誤りは原判決の結論に影響しない」
ふぅん…。聴き取れたところによる、こういう事実経過らしい。
すなわち被告人は、「ムサ」なる者から「大学設立」に関して「金庫の1700万米ドル」を受け取る目的で、日本へ向かった。その際、日本にいる誰かへの「贈り物」だとしてスーツケースを託された。
裁判長 「ムサからのメール…大学設立に関してやり取り…全くのウソとは言えない…」
ムサの話を信用して日本へ向かった。そこまではいいんである。
ところが、何が理由か不明だが、託されたスーツケースを経由地の香港で開けてみた。なんと大量の女性下着だった。
ここで、すべてがごろんとひっくり返る。
裁判長 「不自然である…何らかの隠匿物が隠匿されていたと被告人は推認できた…隠せるものの1つとして違法薬物を思い浮かべたはずである…ムサの話を信用して来日したことと、スーツケースに怪しむべきものが隠匿されていることは、矛盾せず両立し得る…ムサの話を信用していたとしても、スーツケースに覚せい剤を含む違法なものが入っていたという推認を妨げない」
俺は思った。あれあれ? 来日の目的はあくまで「1700万米ドル」。スーツケースの中身は「贈り物」、つまりオマケだ。それが大量の女性下着と知って、あなたならどう考える?
日本では待つ者は、相当の下着フェチなんだな、もしかしてムサもか? 女装同性愛か? ひゃ~、見なかったことにしよう、俺ならそう考えるね。
しかし裁判所の結論はこうなのだった。
裁判長 「したがって被告人は、遅くとも香港で中身を確認したとき、違法薬物…(が隠匿されているとの)認識を有していたと考えられる」
真実はどうか知らないが、判決の言渡しを聞いて、俺は思った。これ、ほんとは無罪とすべき事件なのかも。
だが、覚せい剤の運び屋をぽろぽろ無罪にしたら、日本は世界の麻薬シンジケートからナメられ、薬物天国になってしまう。だから、とにかくスーツケースに覚せい剤が隠匿されていたら有罪とする。
本件被告人もまた、日本国を守るための、英語で言えばコラテラルダメージ。昔の日本の言葉で言えば人柱なのか。
原判決は懲役7年6月、罰金300万円なのだそうだ。そっちの未決算入は不明。
ちなみに通訳人は、丸1(丸数字の1)を、プチアン( petit un )と言った。プチとは小さい、可愛いの意味だ。そうなんだ~。
image by:shutter stock
『今井亮一の裁判傍聴バカ一代』
著者/今井亮一
交通違反専門のジャーナリストとして雑誌、書籍、新聞、ラジオ、テレビ等にコメント&執筆。ほぼ毎日裁判所へ通い、空いた時間に警察庁、警視庁、東京地検などで行政文書の開示請求。週に4回届く詳細な裁判傍聴記は、「もしも」の時に役立つこと請け合いです。しかも月額108円!
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