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【書評】手紙の文字を書き分ける仕掛けに感動。代書屋物語が面白い

代書屋というお仕事をご存知でしょうか? 依頼人になり代わり手紙をしたためるというこの職業、今ではほぼ見かけることはありませんが…、そんな代書屋を通して人の縁を見事に描いた1冊の物語を、無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』の編集長・柴田忠男さんが紹介しています。

ツバキ文具店』小川糸・著 幻冬舎

小川糸『ツバキ文具店』を読んだ。主人公・雨宮鳩子(ポッポちゃん)は鎌倉のツバキ文房具の店主で代書屋である。お隣さんは見かけは100%日本人なのに、なぜかバーバラ婦人と呼ばれている明るく元気な高齢者だ。婦人? キュリー夫人、ボヴァリー夫人、赤毛のアンのリンド夫人、オバマ夫人……普通は「夫人」だろう。違和感あるがまあいい。持ち込まれるさまざまな代書依頼に、ポッポちゃんがどう対応しどうやって仕上げていくのか、そのプロセスは非常に興味深い。代書にかかわるあらゆること、ものにいちいち蘊蓄が語られるが、こういうのは嫌いでない。文字に関わるものは面白い。

最初の仕事はお悔やみ状である。細かなルールが語られるが納得できる。亡くなったのは家族同様の猿だったが。香料にお悔やみ状を添えて書留郵便で送る。依頼主はお悔やみ状の文面も体裁も知らない。この代書屋は依頼されたテーマを全力で書き上げ発送まで担当する。依頼主は原則としてその成果物を見ることがないという不思議なシステムだ(いくつか例外もある)。自分で自分の気持ちをすらすら表現できる人は問題ないが、そうでない人のために代書をする。そのほうが気持ちが伝わることもある。かつて恋仲だったが離ればなれになった幼馴染みに、ひとこと、僕も元気だと伝えたいという手紙もいい味だ。

借金の申し込みをバシッと断る手紙、還暦の(苦手な)義母へのプレゼントに添えるメッセージ。代書仕事はいろいろな人の心や体になりきって文字を綴る。天国からの親父の手紙を、高齢でちょっと呆けた母あてに書いて欲しいという心温まる話もある。なぜか関係が微妙になったお茶の先生への、最大限の礼儀をつくした絶縁状。女から女へ、未来永劫まで変わらない決意をこめた絶縁状。それぞれの手紙やメッセージは、手書きの実物が図版で示される。それがまた、じつに文面に合った表情の文字で、じつに感動的なしかけである。その字は映画美術で活躍中の「字書き」萱谷恵子の手になる。みごとな書き分けである。

手紙には作法やお約束がある。手紙は自分の思いを正確に届けると同時に、相手がそれを受け取った時に気分を害さないということも重要だ。といわれると、慚愧の念がモヤモヤと湧き上がる。出さなければよかった女友達への手紙がある。メールだって同様である。いまだに失敗が続く。その度に反省ばかりしている懲りない私である。この作品の中で、女から女へ絶縁状が凄まじい。文面も厳しいが、なんと手書きの鏡文字という悪意を込めているのだ。わたしは鏡文字は苦もなく読める。たいていの漢字は袋文字で一気に書ける。この異能に気づいたのは中学生のときだ。それが役に立ったことは、まだない。

編集長 柴田忠男

image by: Shutterstock
 
 
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