もし今、あなたや大切な家族が重い病気になったら、どこの病院を受診するか、すぐに決めることはできますか? ほとんどの人は考え込んでしまうのではないでしょうか? メルマガ『ドクター徳田安春の最新健康医学』の著者で現役医師の徳田先生は、どこの病院を受診するかを自由に決められる日本だからこそ、医師ごとにムラがある「医療の価値」についてしっかり取り組み、患者たちが迷わない指標を示すことが必要だと説いています。
病気になったとき受診する医療機関をどう選ぶ?
日本の患者さんは医療機関へのフリーアクセスが容認されています。そのためにどこに受診するかを自身で決めなければいけません。風邪などの軽い病気で、しかも一回限りの受診であればその選択にあまり悩むことはないと思います。自宅や勤務先、最寄りの駅から近い医療機関、あるいは最近受診したことのある医療機関、などに受診することが多いでしょう。
しかし、重い病気や長期通院を要するようなときに受診する医療機関を決めるのは容易ではありません。医療内容は担当する医師の知識とスキルによって異なることがあるからです。その点では、ジャンクフードやコーヒーのフランチャイズ店とは違います。このようなフランチャイズ店では、どのお店もメニューの味と値段は原則同じだからです。
価値に基づく医療
しかし、ジャンクフードのフランチャイズ店では時々バリューセットなるメニューが出てきます。バリューとは価値。つまり、味が良いと同時に価格が安い、というのがバリューセットの主な特徴です(食材のボリュームが大きいという点があることもありますが)。
実はこのバリュー、最近における世界的な医療政策で最も注目されているトピックでもあります。医療のバリューは、医療によるアウトカムを分子として、医療にかかるコストを分母とする簡単な分数で示されます。例えば同じ医療アウトカムでも、よりコストを抑えた医療介入の方が「価値が高い」とされます。
ということで、最近の欧米の医療システムには、このような「価値に基づく医療」のシステムが導入されつつあります。医療システムをコントロールしている医療機関や保険者(国民健康保険や社会保険などの健康保険組合)は個々の医師における医療介入の価値を上げる工夫を導入しつつあります。
低価値医療の例
例えば風邪に対する抗菌薬の投与。これは価値の低い医療介入ですね。風邪を起こすウィルスには抗菌薬は効かないからです。ごくまれに細菌によるものもありますが、心配は無用です。なぜなら風邪の定義は抗菌薬が不要ということが前提だからです。
細菌性の病気であっても抗菌薬が一般的に不要な病気はまだまだあります。急性気管支炎や急性副鼻腔炎で軽い症状の場合ですね。特に健康な人がそのような病気にかかった場合抗菌薬は不要と国際的にコンセンサスが得られています。
医療機関や保険者はこのような医療を価値の低い医療とみなしています。不要な抗菌薬を投与することによって、アウトカムは変わらないのにコストがかかるからです。また最近では、薬剤耐性菌の蔓延が世界的な問題になってきています。不要な抗菌薬の使用が薬剤耐性菌蔓延の最大の原因です。そういう意味では、風邪に対する抗菌薬投与は低価値であるのみならず有害な介入といえます。
同僚医師との比較の効果
どうすれば医療の価値を高めることができるのでしょうか。これは医療機関や保険者のみならず患者にとっても大切な設問といえます。風邪に対する抗菌薬の投与については、患者が抗菌薬を希望することもありますが、やはりそれぞれの医師の役割がかなり大きいです。医師が勧める薬について、患者さんが断るというのは難しいですよね。
行動経済学における最近の研究によると、同僚との比較に大きな効果があることがわかりました。行動や状況について自分自身と近くの同僚と比較して、それに合わせようとする傾向があることが知られています。同僚との比較が社会的なプレッシャーとなるのです。
外科手術の成績についての外科医の通信簿(リポートカード)公開は米国のある地域などではよく行われていました。また、最近の研究では、外来での医師の抗菌薬使用に対して「価値」の改善効果が確認されています。小児科の医師と内科の医師の両群共に不要な抗菌薬投与が減ったのです。
比較デザインが重要
ただし、この比較法はそのやり方やデザインによって効果が大きく異なります。やり方がよくなければ、予期せぬ反作用をもたらすこともあります。代表的な反作用には平均への回帰という現象があります。これは、価値の非常に高い医療を展開していた医師が、同僚のやり方を知って以降、価値を下げた医療を提供してしまうことです。周りに合わせて妥協することもあるのです。
比較結果の公表法デザインには無記名法と記名法があります。また、全員の結果を公表する方法と上位者の結果のみを公表する方法があります。
さらには、模範的な医療介入のあり方を示しながらフィードバックする方法と単に比較データのみを公表する方法があります。これらのデザインについて、どの方法をもちいた方がより効果的な結果が出るかについてはまだ未確定です。今後はこの分野の研究を重ねることにより、効果の高いデザインで同僚との比較結果を公表することが必須となると考えます。その結果が出てくるようになれば、どの医療機関に受診するかについて迷うことは少なくなるでしょう。
文献
Navathe AS, Emanuel EJ. Physician Peer Comparisons as a Nonfinancial Strategy to Improve the Value of Care. JAMA. 2016 Nov 1;316(17):1759-1760.
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