アジア各国の日常を収めた写真を配信してくださる無料メルマガ『素顔のアジア(たびそら・写真編)』。その著者で写真家の三井昌志さんが、このほど「ナショナルジオグラフィック写真賞(ナショジオ写真賞)」ピープル部門最優秀賞を受賞されました。しかも、インドの撮影旅の真っ最中のため、授賞式は欠席されたというエピソードは、さすが旅の写真家という感じです。今回のメルマガでは、三井さんがその心境を語るとともに、いつも通りインドで出会った素敵な人々の写真を紹介しています。
ナショジオ写真賞
昨年インドで撮った写真「輝く汗と汚れた手」が、「日経ナショナルジオグラフィック写真賞2016」のピープル部門最優秀賞を受賞しました。
現在、インドの撮影旅の真っ最中なので、2月6日に行われた授賞式は残念ながら欠席しましたが、ナショナルジオグラフィック誌にドキュメンタリー写真家としての実力を評価していただいたことは大変嬉しく、光栄に思っています。
僕が初めてアジアを旅したのは2001年のこと。サラリーマンを2年で辞め、これから何をするべきなのか迷っていた時期に、旅と写真に出会い、人生が一変しました。それから16年にわたって、ほぼ毎年、旅と撮影を繰り返してきました。
この10年ほどは、バイクを使って旅をしています。現地でバイクを調達し、気の向くままに走らせて、人々のありのままの暮らしの中に入っていくのです。情報は何も持っていません。もともと外国人が立ち寄るような場所ではないので、情報そのものがありませんし、僕も下調べはほとんど行いません。偶然と成り行きに身を任せ、好奇心のアンテナに引っかかった場面に対してシャッターを切るのです。
受賞作品「輝く汗と汚れた手」を撮った染色工場も、そのようにして偶然に見つけた場所でした。ここに一歩足を踏み入れた瞬間、働く男たちの力強さに圧倒されたことをよく覚えています。この工場では、インド女性が身に着けている華やかなサリーの原料を作っているのですが、現場はとにかく蒸し風呂のように暑くて、華やかさの対極にあるような過酷な職場でした。しかし過酷なだけに、彼らが流す汗はよりいっそう輝いて見えたのです。
染色工場の仕事は、「特別な技術を必要とする伝統工芸」といったものではありません。機械化が進むにしたがって消えていく、単純労働のひとつだといえるでしょう。
実は今から1ヶ月ほど前に、僕はこの工場をもう一度訪ねました。しかし男たちの姿はもうどこにもありませんでした。数ヶ月前に工場が閉鎖されてしまったからです。詳しい事情はよくわかりません。オーナーの経営方針が変わったのかもしれませんし、より大規模で機械化が進んだ工場との競争に負けてしまったのかもしれません。
インドは、日本に比べれば物事が変化するスピードがとても遅い国ですが、それでも経済成長に伴って多くの仕事が消え、そして新しい仕事が次々と生まれています。このような流れ、産業構造の変化というものは、誰にも止められません。かつての日本や先進諸国がたどってきたのと同じ道を、おそらくインドもたどることになるでしょう。
しかしだからこそ僕は、いまここで働いている人々の姿を、写真に記録し、後世に伝えたいのです。ここに間違いなく汗を流す人々がいて、希有な美しさがあったのだ。それが簡単に忘れ去られてしまうのは、あまりにも残念だと思うからです。
僕はこれまで「好きなように旅をし、好きなように写真を撮る」というやり方を続けてきました。偶然任せの旅の面白さを愛していました。そのような即興的な写真はとても楽しいですし、そこから得るものも多かったのですが、これからはもっとスケールの大きなテーマにも取り組んでいきたいと考えるようになりました。より長期的で、メッセージの射程範囲が広い写真を撮りたいのです。そして、今回の受賞作品に代表される「働く人々の姿」は、僕が生涯をかけて撮り続けていくテーマのひとつになると確信しています。
旅をしていると「この世界が驚きに満ちている」ということを強く感じます。当たり前の日常生活の中にも、美しい光があり、濃い影があるのです。これからも子供のような好奇心と強い情熱を持って旅を続け、この驚きに満ちた世界のありようを記録していきたいと思います。
悠久の人
2年ぶりに訪れた町で、2年前とまったく同じ格好で新聞を読む老人がいた。微動だにしない日常のルーティーン。何も変わらなくたっていいんだよ。悠然とした風貌の老人が、そう語りかけているように思えた。
朝の日課として鳥にエサをやりに来た老人。さっそくカモメの大群が集まってきて大騒ぎ。まさに烏合の衆って感じ。日本にも鳩にエサをやる人がいますが、なぜかみんな楽しそうじゃなく、淡々と、「ま、仕方ねぇからやってんだ」という表情をしているのが面白いですね。
イスラム教の聖廟を訪ねた。いい写真を撮るためには、運を味方にしなければいけない。運が良ければ、素晴らしい場面に出会える。幸運でも不運でもない僕にできるのは、ダイスを振り続けること。だから毎日移動する。「その先」に決定的な瞬間が待ち受けていると信じて。
インド一周の旅は、いつも南部から始めるので、「やっぱ南インドって人が良いなぁ」と思う。そして北インドに入ると、「なんだ、北インドの方が人が親切じゃないか」と感じる。毎回、これを繰り返している。結局、「インドはいい人が多い。南でも北でも関係なく」という結論になるのだった。
こんな笑顔に出会った朝は、一日が楽しくなる。スクールバスならぬスクールオートで学校に向かう子供がきらきらの目を向けてくれた。
グジャラート州はインドでも女性が撮りやすい場所。カメラを向けても自然な笑顔を向けてくれる。
白いターバンに白い服。グジャラート州の農村に住む男たちの「制服」だ。インドの伝統衣装はファンキーでカッコいいと思う。祝い事とかハレの日じゃなくて、これが普段着なんだからすごい。
日本人に比べるとはるかに保守的なインド人ですが、若者のファッションはずいぶん変化しています。逆立った髪型とデカいサングラス。日本のかつてのヤンキーファッションを彷彿とさせますね。
最近、インドでもバレンタインデーを祝う習慣が広まっているようです。男性から女性にバラの花を贈るのが一般的。自由恋愛が御法度の国なので、さほど盛り上がっているわけではありませんが、こんなイケメンから赤いバラをもらったら、悪い気はしないですね。