ヨーロッパ各地に住む日本人が土地土地の生の情報を伝えてくれる無料メルマガ『出たっきり邦人【欧州編】』。今回はロンドン在住8年の藤隼人さんが、現地の異常とも言える不動産市場の現状を紹介しています。
イギリス・ロンドン発 クレーンとバブル
中国発の景気不透明感で金融市場は荒れ模様となり、世界的な株安だけでなく新興国通貨や商品相場も下げ基調にありますね。経済に明るい人ならきっと質への逃避から金や国債が買われると見込むのではないでしょうか。
英国に来てから8年経ち、米国のサブプライムを発端とした信用収縮による金融危機、そしてギリシャ発の債務危機と幾度も難しい局面に立ち会うことになりました。
こうした状況でもほぼ変わらないものがあります。それはロンドンの街並みを見渡すとどこかしらにあるであろうクレーンです。
住宅不足と投資目的からロンドンのあちこちで建設ラッシュとなっています。不動産価格は右肩上がりで、ロンドン市内でちょっとした物件を購入しようものなら天文学的とは言わないまでも、庶民にとっては高嶺の花の不動産しかないと覚悟する必要があります。
※参考:2015年6月の住宅価格調査
日本で一緒に働いていた英国出身の女の子は日本で稼いで貯めた資金を頭金にして20代後半で不動産を購入。詳しい値段は聞いていませんが、20万ポンド(約4,000万円)は下らないでしょうが、今ではとても考えられない価格です。現在、市内の中心なら寝室1つのアパートで30万ポンドはするのではないでしょうか。新聞広告など見ると、2ベッドルームのアパートでも50万ポンドはするようです。
クレーンとバブルの関連性は良く言われるところですが、英国、とりわけロンドンの不動産市場は異常です。ずっと値上がりし続けてきた不動産価格はリーマン・ショック後に多少下げたものの、それからまた上昇基調にあります。かれこれもう20年くらいは値上がりしているのではないでしょうか。
※参考:住宅価格の推移
どうしてこうした状況になったのでしょうか。これは恐らく地政学的ならびに歴史的な要因と金融政策の2つに起因すると思われます。
まず、英国では古い家屋を改築して住み続けるという伝統があります。地震や台風など天災に見舞われることが少ないため、建物も頑丈なものが多いのが特徴です。また、ビクトリア調、ジョージ調、エドワード調などその時々の元首に基づいた建築スタイルが残っていて、ロンドン引っ越し時に借りた物件もビクトリア調で築100年くらいでした。よほど建物自体に問題がない限り、値下がりしたと聞いたことはありません。
2つ目の要因は金融政策によるものでしょう。欧州との統合を図りポンドを欧州通貨と連動させる欧州為替相場メカニズム(ERM)が1992年に破綻して以来、英国は独自の金融政策を貫いてきました。これが欧州危機の際には奏功し、安全を求めて国外から資金が流入。世界のあちこちで危機が発生する度に英国には資金が流入。こうした資本はリターンを求めてリスクの低い不動産市場へと流入。国内外で発生する衝撃を尻目に不動産価格は上昇し続けたわけです。
債務危機時には南欧から、ロシアが低迷するとロシアから、ちょっと前までは中国からはバブル資金が流れ込み、現在はアラブ諸国から資本がやってきている状況です。著名建築物なども物色されて、高級百貨店で知られるハロッズはカタール資本の傘下にあります。
また、総じて経済が好調な英国に国外から仕事を求めた移民が増え続けていることも忘れてはなりません。またこのことについては別の機会に紹介したいと思いますが、英国は先進国の中でも人口が純増している稀な国です。
バブルを警戒する声はずっと聞かれますが、まだまだ破裂する気配は感じられません。ちょっとした波風もこれまで通り、乗り越えるような様相で、一般庶民にとってはクレーンをはじめとする建設現場の騒音と、クレーンによって手の届かない水準に押し上げられた不動産価格を眺めるしかないようです。
藤隼人
image by: Shutterstock
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