「温泉」が楽しい最高に楽しい季節ですね。寒いこの時期、温泉に入ってじんわり身体の芯から温まるのは老若男女問わず至福の喜び。どうせなら雪見の露天がいいだとか、白濁の濁り湯に限るだとか、源泉掛け流しはゆずれない…etc、そんなごたくを並べ出すあなたは立派な温泉ファンです。一言で「温泉」と言っても、その種類は実にさまざま。ワインや日本酒と同じように、産地や扱いによって味も特徴もまったく違うものになってくるのが面白いところ。今回は一度訪れたらかなりの確率でリピートするという長野県の「白骨温泉(しらほねおんせん)」について紹介したいと思います。
江戸時代には湯治場として栄えた「白骨温泉」
標高1400m、信州・乗鞍岳の麓に位置する「白骨温泉」の歴史は古く鎌倉時代にさかのぼり、山深い里にあるにもかかわらず、江戸時代には湯宿が建ち湯治場として利用されるようになっています。
現在は秘湯として全国的に名が知られる温泉ですが、2012年に県道300号が整備されるまで冬場は道が閉鎖されていたため(乗鞍のほうからぐるっと迂回するアクセス方法しかありませんでした)冬場に訪れるには一苦労覚を悟の上でという立地。
まさにそこが “秘湯”の名にふさわしく、辺境の地ならではの風情が旅情を誘うのですが。現在は通年を通して車でのアクセスが可能となり(冬場は冬季タイヤ+金属製のチェーン装備が必須です)、訪れる人はもちろんのこと住人たちにとってもずいぶん便利になったようです。
「白骨温泉」が秘湯と呼ばれる所以はこの立地の辺鄙さもさることながら、根本は絶対的に類稀なその泉質にあるようです。
古くから“3日入れば3年風邪をひかない”と伝わる白骨の湯
泡の湯
「白骨温泉」の湯は温泉好きに人気が高い白濁の濁り湯。湧き出でた瞬間は透明ですが、時間が経つと美しい乳白色の湯へと色が変わるのです。普通、乳白色の湯は強い酸性であることが多いのですが、ここ白骨の湯は弱酸性。肌に優しく、夢見心地のようなさわらかさで全身を包みます。
白骨の湯は弱酸性!
硫黄と炭酸成分が多く含まれるのが特徴で、血管を拡張し身体を芯からポカポカと温めます。厳冬の白骨においても湯につかれば、夜は暖房を消して寝てもちっとも寒くありません。この血行がよくなる効果は消化器系臓器へも働きかけるので、胃腸病に効果のある湯としても知られています。
ちなみにこちらは人体の神秘ですが、人間の身体は標高1000m以上のところへ行くと脳が勝手にその環境が人体にとって正常ではないと判断し、養分の摂取と吸収を高めるようにできているのだそう。なので、標高1400mの白骨温泉では身体を温め臓器の働きをよくする効用が目に見えるような形で出やすいということ。古くからここが湯治場として人々に愛されてきた理由がよくわかりますね。
なにゆえ白骨? 「白骨温泉」の名前の由来
夜の「泡の湯」
それにしても日本の古い地名には神さまと関係性が深そうな場所がたくさんありますが、「白骨」という名前はインパクト大。間違って“はっこつ”と読んでしまうとかなりオドロオドロしいです。もともと「白骨」とも「白船」とも呼ばれていたそうで、その名前の由来は温泉成分に含まれる石灰質に。実際に「白骨温泉」へ行って湯船につかってみるとわかるのですが、浴槽や床には鍾乳洞の中で見られるような真っ白な文様が見られるのです。
一見、石のように見えますが、これは実は木の浴槽に石灰質がたまったもの。山深い「白骨温泉」の浴槽は木で造られているのですが、そこに沈殿・凝固した石灰質が文様を描き、それがまるで人骨のような模様に見えることから「白骨」の名がついたのだとか。大正時代に中里介山の長編小説『大菩薩峠』で白骨温泉の表記が登場してからは、呼称は「白骨」で統一されるようになったのだそう。
屋号ならぬ湯号。温泉情緒あふれる白骨の魅力
現在「白骨温泉」郷には十数箇所の源泉があり11軒の温泉宿が建ち並びます。
宿すべてが異なる源泉を持つのでそれぞれ微妙に特徴の違う温泉が楽しめるとはなんて贅沢でしょうか。豊富な湯量に恵まれるのでもちろん湯は源泉掛け流し。源泉によって異なりますが「白骨温泉」は基本的に源泉の温度が熱過ぎず入浴にちょうどいいという恵みの湯。加水も加温もせず、湧き出でたままの湯に入れる宿もあります(宿によって源泉の温度が低いと加温している場合もあります)。
地球の中から湧き出たそのままの状態の掛け流しの温泉につかるという行為は、自然の恵をだだ漏れでいただいているようなもの。立地、湯の温度、湯の成分などなど考えれば考えるほど数々の条件が奇跡的にそろったのがここ「白骨温泉」なんです。ザ・パーフェクト! これだけの条件が揃うとはまさに神秘の湯と呼ぶのにふさわしい温泉です。
それぞれの宿には「あらたまの湯」「泡の湯」「ことしろの湯」など湯号がつけられているのも風情があって素晴らしいのですが、この湯号は湯の質や環境などの特徴をあらわすもの。数々ある日本の温泉郷の中でもこのように湯号で呼びあうのはとても珍しいとのこと。なんだかそんなところも温泉情緒あふれる感じがよいのです。
浸かって飲めて、その上食べられる温泉!
さて、先に「白骨温泉」の湯は飲める温泉といいましたが、飲めるに加えて食べられる温泉でもあります。
温泉を食べるって?と怪訝な顔をする人もいるかもしれませんが、「白骨温泉」の名物ともなっているのが温泉の湯で炊いた“白骨温泉粥”。胃腸にも効果が高い温泉なので、食べて身体の中から吸収することでさらなる効果が期待できるというわけです。
各宿では、朝食時にそれぞれの源泉で炊いたお粥をだしていますが、このお粥ももちろん源泉によって味が異なります。地元の人たちはそれぞれの源泉の特徴をよく知っているのでお粥の味の違いも言い当てられます。温泉の食べ比べという楽しみ方もあることを、白骨温泉で初めて知りました。
まだまだ語りたりない感のある白骨温泉ですが、とりあえずまずはすべての源泉に浸かってみないことには始まらないので、コツコツと再訪しては源泉めぐりを楽しみ、白骨の中でも自分の一番のお気に入りはココ!という温泉を見つけたいと思います。どの温泉も甲乙つけがたいだろうというのは想像にやさしいのですが。
この時期、雪道の運転が心配という人は松本から白骨温泉行きのバスが運行されているのでそちらの利用がおすすめです。車を運転せずとも誰もが本物の秘湯に行けるのは本当に嬉しいこと。車を運転しない老人や女性などすべての人に開かれた秘湯であることも「白骨温泉」の素晴らしいところだと心から思うのです。
ジモトのココロ