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米「自作自演」説も。ホルムズ海峡タンカー襲撃、真犯人は誰か?

安倍首相がイランを訪問し、最高指導者ハメネイ師と会談したまさにその日にホルムズ海峡で起きた、日本権益のタンカーへの襲撃事件。アメリカはすぐに「イランの仕業」と映像まで公開しましたが、国際社会が同意する「犯人」断定には至っていません。そこで今回、メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者で、数々の国際舞台で活躍する国際交渉人の島田久仁彦さんが、イラン国内から周辺の情勢を踏まえて、動機と能力のある5つの勢力を上げ、「犯人」である可能性を探ります。

ホルムズ海峡のタンカー襲撃。その「真実」は?

安倍総理大臣がイランの最高指導者ハーマネイ師と会談をしたという歴史的な出来事の裏で、2隻の日本権益のタンカーが何者かの襲撃を受けるというショッキングな出来事が起こりました。

「日本の安倍総理の仲介努力を嘲笑うような行為」 「和平へのきっかけを一気に潰し、緊張を高める蛮行」 いろいろな見解が当初示され、そしてすぐに『犯人捜し』が始まりました。『イランの仕業だ!』と糾弾するアメリカ・トランプ政権と、それに追従した英国政府。 『行動そのものについては最大限の非難をしつつ、“新犯人捜しが必要”との見解を述べるにとどまり、イラン犯人説から距離を置く国連と欧州各国、そして“その他大勢”』 アメリカがペルシャ湾近海に展開する第5艦隊からの報告として公開した動画を示してイラン(革命防衛隊)の関与を示していますが、映像の粗さやどこにもIRANと書かれていないこと、そして誘導型機雷の使用を主張するも、攻撃を受けた2隻の船の関係者が『機雷ではなく飛翔体だった』という証言をしたことで、イラン犯人説の信憑性は限りなく揺らいでいます。

では、誰が何のためにこのような蛮行を行い、見方によっては日本の顔に泥を塗ったのか。 事件直後のMAG2NEWSでもコメントをいたしましたが、イラン革命防衛隊の仕業に見せかけ、今この時点でイランをめぐる諸事情において『融和』の方向へ進むことを嫌う勢力の仕業であると考えます。そして、2隻の船の船長がコメントしている『機雷や魚雷ではなく、飛翔体だった』との証言からも、地対海(船)ミサイルを所持し、使う能力がある勢力ということが考えられるでしょう。では誰なのか?考え得る可能性について述べてみたいと思います。

(1)イラン革命防衛隊

1つ目は、米英が主唱するイラン革命防衛隊による仕業という見解ですが、これはすでにお話したとおり、証拠が次々と崩れてきていますので可能性は低いと思います。

そもそもイランとしては、このタイミングで、知ってか知らずかは別として、最高指導者ハーマネイ師と会談している際に、その相手国の権益に攻撃を加えるという愚行にでるモティベーションはありません。

どちらかというと、今、ザーリフ外相が外遊を頻繁に行い、『仲間探し』の旅をしていることからも明らかですが、イランに対してサポーティブな姿勢を取ってくれる国の存在はとても重要で、日本はその最たる“友好国”です。 それに、ハーマネイ師は『トランプ大統領に伝えるメッセージはない』と発言しましたが、安倍総理は、トランプ大統領にモノを言える稀有な存在ですので、そのような仲介者の機嫌を損ねる動きは取らないでしょう。ゆえに、能力はありますが、今回の案件にイラン政府と指導部は関与していないものと思われます。

(2)イラン国内の反政府勢力

2つ目は、イラン国内の反政府勢力による犯行の可能性です。これは、今回の安倍総理のテヘラン訪問時の各メディアの中継の後ろに新聞スタンドが映っていたことを覚えていらっしゃるでしょうか? 日本のメディアは『一斉に安倍総理のテヘラン訪問をトップニュースで伝えています』という表面的なレポートに留まっていましたが、実際に見出しをよく見ると、実に評価や取り方は様々であることが分かります。

一見、この国は最高指導者ハーマネイ師の絶対権力がクローズアップされがちですが、実際は非常に民主的な国で、体制批判も自由に行われますし、恐らくどの国よりも言論の自由も認められていて、日々反政府勢力からの発信も、特に制限を受けることなく行われています。

これは、『何が正しいかを判断するのは国民』という思考に基づいているものと思われます。しかし、それゆえに、現政権や歴代の最高指導者による統治に反感を持つ勢力も多々あることも事実で(300ほど)、中には武力攻撃を行うことのできる高度な装備とテクニックを有するものもいます。

もし、今回の安倍総理のテヘラン訪問によって生まれ得る融和への道筋を良しとせず、現在の緊張関係を現政権と体制を倒すための好機と見ているのであれば、十分に横槍を入れるために、今回のような攻撃にでる可能性はあったかと思います。

ただ、引っかかるのは、機雷ならまだしも、地対海(船)ミサイル、それも誘導型を有し、そして2発を航行中の船舶に命中させるほどのテクニックを持つ可能性は限りなく低いと思われるため、私は、説としては面白いが、彼らによる犯行という見方もできないかと見ています。

(3)イエメン本拠の武装組織『フーシー派』

3つ目は、イラン繋がりとされているアンサール・アラー(イエメンを本拠とする武装組織で、通称『フーシー派』)による仕業との見方です。

これは、先の2つに比べると、もう少し信憑性が高まります。その理由は、安倍総理がテヘランに到着する日の早朝に、サウジアラビア南部のアブハ空港に巡航ミサイルを撃ち込んだと言われ、それはアメリカに対する一撃との見方が強いからです。

良くも悪くも(私はポジティブな意味で使いますが)、安倍総理はトランプ大統領と近いという立場にありますので、その【安倍総理が代表する日本の権益を、フーシー派が狙い、和平・融和に向けた動きに水を差す】という“狙い”があったのではないかとの見解です。

確かに、『動機』も『能力』も備えていますので、先の2つに比べると信憑性があるように思われますが、私はこれも可能性は低いのではないかと見ます。

その理由は、まず、彼らは確かにイラン革命防衛隊の支援を受けていると言われていますが、あくまでも敵はサウジアラビアです。それにイラン革命防衛隊の支援を受けているというのが“事実”であるならば、今、イランが直面する緊張の緩和のために用いることが出来るチャンスをみすみす潰しには来ないでしょう。

そして別の理由として考えられるのは、攻撃能力も武器も保有していますが、サウジアラビア以外の対象に用いるとは考えづらいことでしょう。

(4)アメリカによる「自作自演」

4つ目の可能性は、【アメリカによる“自作自演”】です。思わず耳を疑いたくなる可能性ですが、実はベトナム戦争時に前例があります。

それは1964年に起きたトンキン湾のケースです。表向きは北ベトナムの哨戒艇がアメリカ海軍の駆逐艦マドックスに“2発の魚雷”を打ち込んだ事件で、これを機にアメリカはベトナム戦争に本格介入し北爆を行いました。

しかし、後日、これがアメリカによる【戦争介入のための自作自演】であったことが発表されています。ここまでの描写を読まれて、何だか、今回の案件に似ているように思いませんか。

『でも、日米首脳会談時にも、トランプ大統領は安倍総理にイランとの対話のチャンネルを開けてほしいと依頼したじゃないか。なのにアメリカが日本の権益を攻撃するなんてありえないでしょう』と思われるかもしれません。

しかし、アメリカの最終決定権者はトランプ大統領ですが、実質的に対イラン政策のキープレイヤーは、国家安全保障担当のボルトン補佐官とポンペオ国務長官で、この二人は、イランとの戦争は避けたいと考えているとされるトランプ大統領とは違い、『イランに関する問題、特にイスラエルとの緊張関係、そしてアラブ周辺の同盟国との緊張関係を解くには、今、イランを叩いておくべき』との立場であるようです。

だとすれば、今回の件を自作自演するモティベーションはあるはずです。それを勘繰りたくなるのが、日米首脳会談時に同席したボルトン補佐官が、安倍総理に対して『今がベストタイミングだと思う』と同意したのは、ピンポイントでこの時期に本件を引き起こす算段をしたのではないかという点です。

ここまでくるとconspiracy theoryの類になりそうなのでこのあたりで止めますが、『今回、事件が起きてすぐにアメリカがイランを名指しし、突っ込みどころ満載の動画まで出してきてイランのせいにしようとした』という点から、やっぱりちょっと引っかかるのです。あまりにも用意周到に思えませんか。

(5)「Team B」のサウジアラビア・UAE

5つ目は、4つ目のアメリカの自作自演との兼ね合いで考え得るactorとして『サウジアラビア・UAE』が考えられるのではないかという点です。

イラン外相が用いた【Team B】という表現をご存知でしょうか。これは、アメリカのBolton補佐官、イスラエルのBenjamin Netanyahu首相、サウジアラビアのMohamed bin Salman皇太子、そしてアラブ首長国連邦のKhalīfa bin Zāyid bin Sultān Āl Nuhayyān大統領(アブダビ首長国の首長)の4名のBを取っており、その4名すべてに共通するのが『強烈な反イラン』です。 今回の事件を、この【Team B】の仕業だとする見解は、かなりの信憑性があるように思えます。恐らく実行したのは、サウジ系やUAE系の勢力かと思いますが、その計画を事前に知っていたボルトン補佐官が第5艦隊に今回被害を受けた艦船のフォローを指示し、証拠映像を押さえたのではないかという見解です。

サウジアラビアにとっては、先のフーシー派によるタンカー攻撃事件(26名が死亡)への報復ということもできますし、サウジアラビアとUAEというイランと競合する産油国としては、イランが国際経済に復帰するような事態は、原油の輸出に依存する自国経済へのブローになりますので、イランを国際的な包囲網においておくための策という見方もできるかもしれません。 しかし、今回の当該海域およびホルムズ海峡は、両国にとっても、タンカーの通り道として重要な海峡であり、武力衝突によってホルムズ海峡の封鎖が起きてしまったら、イランの復活による影響以上に、自国経済への痛手となりかねませんので、そのリスクを敢えて犯すのかなあと不思議には思います。

アメリカの、トランプ大統領の、真の狙い

誰が真犯人なのだろうかという疑問は残るかと思いますが、確実に言えることは、アメリカから仕掛けたイランへの喧嘩は、まだまだ解決には程遠いということでしょうか。 今回の安倍総理大臣による仲介の労は、私はBreakthroughにはなると考えていますが、そのためには、我慢強いシャトル外交を実施する必要がありますし、それには日本国民のバックアップが必要です。

果たして私たちにその用意があるのか、北朝鮮問題や韓国との確執などに直面する今、あえてそれを望むのか。日本が直面するエネルギー安全保障との兼ね合いで欠かすことが出来ない中東地域の安定の必要性。それらをすべて踏まえて、どのように対処すべきかしっかりと考えなくてはなりません。

アメリカとイランの衝突は、トランプ大統領が再選を狙う来年までだろう、との見方はありますし、アメリカの本当の狙いは、イランとの戦争ではなく、トランプ政権の下で締結するイランとの“新”核合意と考えていますので、私はアメリカとイランの戦争は恐れていません。

しかし、もし偶発的な衝突が続くようなことがあれば、トランプ大統領でさえコントロールできない状況に陥ってしまう危険性をはらむケースでもあります。アメリカ外交上も、そして国際秩序の安定という観点からも、強いイランの存在は、いつ火薬庫と化すかもしれない中東地域全体のデリケートな安定を保つために欠かせないわけですから、期間限定のメディア上の外交ショーで終わってほしいと願っています。

image by: 米国防省(パブリックドメイン)

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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