人前で話すあらゆるシーンに役立つプロの技を伝えてくれるメルマガ『話し方を磨く刺激的なひと言』の著者で、アナウンサー歴30年の熊谷章洋さんによる「話し方の表現力を上げる5つのアプローチ」シリーズの「口調を操る」その3が届きました。今回は、話の中に他の人のセリフをそのまま引用する話し方の効果やメリットについて、わかりやすく例をあげて解説しています。
聞いた話をそっくりそのまま引用する話し方
話す内容の良し悪し、完成度に関係なく、表面的な「しゃべりの技術」によって、話し方の表現力を上げる5つのアプローチをご紹介しています。アプローチその3は、「口調を操る」こと。
まず、口調とは、「〇〇口調」というように、その口調を表現する何らかの修飾語が付けられる、全ての口ぶり、話しぶりのこと。そして、イメージできる口調は、全て、再現できる。つまり、自分の話し方の技術のなかに、思いつく限りすべての口調を取り入れることができる。前回はこのような話をしました。
今回は、その続きです。口調を変えることによって、具体的にどういう効果が得られるのか、考えていきましょう。口調を変えて話す効果は、主に3つ
- 話に臨場感を与え、聞く人に話の世界を疑似体験させることができる
- 役作り、個性・キャラクターづくりをすることができる
- 演じる楽しみ、人を喜ばせる楽しみなどが得られる
などが考えられます。3の自分の楽しみについては、前回お話ししました。
まずひとつめの、「話に臨場感を与え、聞く人に話の世界を疑似体験させることができる」点について。簡単に言うと、口調で、雰囲気を作るということです。
落語を想像していただければわかりやすいと思いますが、話の一部をセリフ形式にして、まるでそれらの発言者が言ったかのように話し手が再現したり、擬音擬態語をリアルに音で表現したり、例えば、怪談ではおどろおどろしくなど、その話の雰囲気に合わせた、語り口調を作ったりすることで、聞いている人を、まるでその場にいるかのような気分にさせる、話し方の演出法です。
なかでも、話の一部をセリフ形式にして、まるでそれらの発言者が言ったかのように再現する、というのは、例えば、「彼女はとても喜んでいましたよ」という言葉を、「彼女が『嬉しい!』って言ってましたよ」と言い換えるような、話し方です。
後者のように、彼女のセリフを再現する言い方にすることで、彼女が喜んだ雰囲気がリアルに伝わり、なんだか、愛情が湧きませんか?その「嬉しい!」の言い方が、彼女の特徴を上手にとらえていれば、なおさらだと思います。
なんでもかんでも、こうする方が良い、というわけではありません。前者の「彼女はとても喜んでいましたよ」という言い方も、朴訥で素直な言い方で好感が持てる、と評価する人もいると思いますが、感情をダイレクトに表現するなら、そして、話して人を喜ばせるなら、断然、そういう演出はあっていいでしょう。
自然に、こういう話し方になっている人も、いらっしゃると思います。エンターテイナータイプと言えますね。
そして、もうひとつ、セリフ形式で話す重要なメリットとしては、表現を練り直すのにかかる時間が、ゼロである、ということ。
これも例文で説明しますと、「あのあと彼女は、こんなふうに言っていましたよ。『ああいうふうに褒められたのは初めてだったので、すごいびっくりしたけど、嬉しかった!』って、喜んでいましたよ、先輩」
この話の経緯は、想像していただければわかると思いますが、先輩・後輩・彼女が一緒にいたときに、先輩が、彼女にとって意外な褒め方をして、解散したあと、その彼女が後輩に、その言葉の感想を述べた、という状況ですね。
いまここにいない彼女の話した言葉を、後輩が先輩に聞かせるにあたって、彼女のセリフをそっくりそのまま引用することで、話を練るタイムロスなく、即答で話せているわけですね。
タイムロスなく話すために、「こんなふうに言っていましたよ」という前振りのあと、セリフを再現して、「って、喜んでいましたよ」と、言っていた内容を表現しなおしていますよね。
これ、書き言葉の文章ですと、ちょっとおかしな感じにも見えるのですが、話し言葉というのは、現実では、こういうことの連続なんですよね。
そして後日、さらにもっといい話に練り直すならば、「あのとき彼女は、自分でも気づかなかった自分の良さを、先輩に褒められたことで、驚きとともに、大変大きな気づき、励みになったみたいですよ…」
ちょっと気恥しくなるような例文で申し訳ないのですが(笑)、粗っぽく、そっくりそのまま引用したときにはない、少しこなれた話になりましたよね。
このように、いきなり、こなれた話を目指し過ぎて、寡黙になってしまうのではなく、とりあえず思い出せることから口にしてしまい、追々、話を練っていくというやり方もあるわけです。そんなときに、セリフをそっくりそのまま引用すると、話が早い、というわけですね。
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