これまでにも「急増。実家の高齢者を狙う不動産詐欺『地面師』の恐ろしい手口」等の記事で、お年寄りをターゲットとした詐欺師の卑劣な手口を紹介してきた、現役探偵の阿部泰尚(あべ・ひろたか)さん。今回阿部さんは自身のメルマガ『伝説の探偵』で、高齢者が所有する土地を買うと見せかけ「手数料」を巻き上げる、巧妙かつ悪質な手口の全貌を暴露しています。
警鐘。追跡で分かった「悪質商法」の卑劣な手口
令和元年6月、消費者庁は特定商取引法違反の訪問販売業者として、東京日本橋にある不動産会社へ指示命令を公示した。管轄する東京都はこの業者に平成31年1月25日から31日まで、取引業務の全部を停止する処分をした。
報道では、2018年以降で295件の相談が全国の消費相談センターにあったとされている。
ところが、この不動産業者は警察の捜査まではされていない。
上に書いた消費者庁の命令は、業務をちゃんとやりなさいという指示であり、東京都の行政処分もわずか1週間程度の業務停止であった。
この業者は、令和元年7月にひっそりと解散を公告をして会社を清算するとしている。
全国の被害者は被害回復も見込めず、結果的に売りつけられた土地を持ったまま、その維持費などの負担や騙されてしまったというショックから立ち直れないでいる。
被害状況
2018年の被害者
Aさんは60代。戦後まもなくに生まれ、苦労をして社会人になったときには、戦後復興真っ只中で経済はドンドン成長している頃だった。モーレツに働き、必死に稼いだ。バブルの時代も経験したが、リタイヤした後は、自然豊かな別荘地でペンションを経営しながらゆったりと過ごそうと考えていた。
いくつも物件を見て50代の時に、有名企業が開発した別荘地の一角を買った。宿泊客を迎え入れらるようにするために許可をとったり、増築したりする他、手入れもしていた。ところが、Aさんは大病を患ってしまい、ペンション経営は難しくなってしまった。
地元の不動産屋や大手の不動産サイトで渋々、別荘を売りに出すことにした。売りに出して3年、全く問い合わせもなかったが、2018年になって一本の電話がかかってきた。
「あなたの土地を買いたい人がいます。ぜひとも売ってください」
Aさんはこの頃、一部、介護が必要な状態になっていたから、やっと売ることができるとホッとしたという。約束の日時までの電話で、値段交渉も済んでいたし、必要な書類は当日、営業マンが一緒に介護をしながら付き添ってくれるということであった。
当日、営業マンは一人でやってきた。今時の若者が借りてきたスーツを着てきたという感じであったが、言葉は丁寧であり、優しかった。
役所と銀行を営業マンが乗ってきたタクシーでまわり、印鑑証明や手数料のための現金を当日用意して一緒に自宅に戻った。営業マンは、慣れていない様子で書類のチェックシートにチェックを入れ、署名するところと実印を押すところなどを指し示した。
Aさんに、営業マンはAさんの銀行口座を何度か確認し、会社に電話すると言って、いつ振り込まれるかの日時に確認をした。
後日、Aさんは自分の土地が売れたものだと思い、病院の帰りに業者が指定した日時に銀行の残高を通帳でチェックしたが、振り込まれてはいなかった。おかしいと思って電話をすると、振り込みが3時に間に合わなかったので、明日の記帳になると言われた。
翌日になっても、振り込みはなかった。再び電話をすると、担当者や社長は不在で、あとで掛け直すと言われた。そのやり取りは数ヶ月に及んだが、結局、電話がつながることはなかった。
しばらくして、全く身に覚えない地域から固定資産税の通知や別荘の管理会社から管理費の請求書がきた。
驚いて、確認してみると、身に覚えない土地と自分の別荘地が交換されていることがわかった。
騙されたと思い、警察に駆け込むが、民事なので弁護士のところに行ったほうがいいとアドバイスされた。
2016年の被害(別会社名義での同一問題)
Bさんは50代、すでに他界した父が生前に買ったという別荘のことは、わずかに記憶にある程度であった。ただ、毎年税金がかかる上、管理費もかかるということに気がつき、管理会社に頼んで売却希望を出していた。所有者となっている母のところに東京の不動産業者から電話があったと聞き、高齢の母では負担が大きいと感じたBさんは同席することにしてもらった。
営業マンは2人来て、1人は20代前半に見える今時の若者風、もう1人は30代半ばで色黒の男であった。見た目は、ホストクラブの店長とホストがリクルート用のスーツを着ているという感じであったが、物腰は丁寧で体育会系のようであった。
契約書類を読むと、30代の営業マンの方が、それは建前で、普通の売却だと税金が大きくなるので、土地交換をするという建前にしていると説明してきた。
また、手数料が高いのも、節税のためで、あとで半分返すこともできるという話をしてきた。こうしたことはよくあることだという説明を受け、そういうものなのかと半分納得してしまった。
後日、必要だと言われた書類を用意し、200万円以上の手数料を支払ったが、その後、全く連絡が取れなくなってしまった。
名刺の住所に行ってみたが、すでにその会社は退去しているということを他のテナントから教えてもらった。地元の警察に相談に行くと、消費者被害だからということで消費者センターを紹介されたが、その後、土地は別の名義になって、節税用だという土地が母名義になっていた。
結果、手数料を騙し取られ、見たこともない土地が母名義になり、税金も別荘の管理費もさほど変わらず払わなければならなくなった。
2014年~2016年と2018年~2019年の問題
AさんもBさんも業者を相手取り民事裁判をしたが、結局、業者は一度も出廷せず、欠席裁判となって全面的に勝訴した。しかし、業者は裁判の支払い命令に応じず、差し押さえる資産もないということで、裁判費用を持ち出したというだけで終わってしまった。
この悪質商法は会社の名義や社長名だけが異なっているが、同一の組織的な詐欺グループによるものである。
上の写真は、2016年に起きた有名企業だと偽って起きた同様被害で使われた書式と2018年から被害が出た本件被害の書類だ。
フォントや書式、枠の幅など同一の書面を使っていると考えられるのだ。
手口
ターゲット絞り
ターゲット絞りには、主に売りに出ている別荘地のデータベースが使われた。そのため、この件は報道などでは「原野商法の二次被害」だと言われているが、1970年代から80年代などに草ぼうぼうでほぼ無価値に近い土地を騙し売ったという原野商法の被害者が狙われたわけではない。
原野商法が盛んになった時期は、「モーレツ社員」とか「24時間戦えますか?」など企業戦士時代でもあり、高度成長期でもあり、別荘などの開発が進んでいた。
つまり、この時期、モーレツに働き、夢を持ち、将来ゆっくりと暮らしたいなどと考えて別荘地を買った人がターゲットにされていたのである。実際の被害地は、伊豆や那須、長野、山梨など大手不動産事業者などが別荘開発した別荘地であった。
未だに多くの日本人は自分たちが豊かだと思っているのかもしれないが、それは過去を生きていると言えるほど時代錯誤である。日本人の年収はどんどん下がり、中流層は破壊されつつある。
だから、別荘地の管理費や固定資産税などは個人資産を圧迫する要因となり、多くは売りに出される流れができているのだ。そのため、かなりの数で別荘地は売りに出されている。しかし、そのほとんどは売れ残るのだ。
今回の悪質商法グループは、この売れ残りを狙ったのである。
売りの希望がある物件であれば、いくらで売りたいか?も、どの程度の期間売れ残っているかもわかる。
書類や人など準備
この悪質商法は、まず逮捕のリスクや破産のリスクを背負わせる人物を探すところから始まる。この役割は、「代表取締役」になる。過去に起きた類似事件でも、代表取締役の住所は家賃5万円を超えないアパートの一室になっており、堂々と居住していた。月に何十件もの不動産取引をする都内有数の一等地に会社を構える社長の家とは誰も想像がつかないであろう。
営業部隊は、金が欲しいと思っている若者をハントした。彼らの多くは、スポーツなどでそこそこの成績を出すも、プロになるレベルまでにはなれず、地元から離れて、金と女が手に入るとホストになっている。しかし、ホストでもうまく行かず、借金をしたりしている者を選んだ。
次に、宅地建物取引士の資格保有者を探す。名義貸しはさほどハードルが高くないから、簡単に見つかる。
書類は法律家崩れの元資格保有者に作成させた。不動産取引に必要な証明書類などもチェックシートを用意して、素人でも必要書類を用意できるようにしたのだ。法人としての登記や不動産事業を行う許可も書類が整っていれば、簡単に行う事ができる。
手口は不要になった土地を買うと見せかけて、実際は土地交換を行うという手法だ。さらに書面をよく読んでいけば、被害者はその土地交換において不足分の費用を支払うということになっている。
本来であれば、不動産取引は宅地建物取引士が直接、重要事項説明をしなければならないことになっているが、ここではそうした説明はない。必要書類のチェックと、書類への署名や押印、手数料と称した費用の支払いだけを急がせるのだ。
質問や書類のチェックをしてくる被害者には、税金がかからないようにするための緊急的な措置で、あとでキレイにするから大丈夫だと営業部隊は説明した。トドメは、代表取締役と称した人物からの電話である。ここで、被害者の口座の確認や支払い金額の確認をする。
こうした話を聞いた被害者は、不要となり売りに出した別荘地が現金化されるものだと考えてしまうものだ。
土地交換となる実際の土地の所有者も被害者の土地であるから、結果、被害者同士が土地の交換をしたということになり、双方が手数料名目などで支払った費用が事実上の、悪質商法の収益となる。
刑事事件とならぬようにした彼らの対策は、書類通り土地を交換してきちんと登記することであった。その場で録音をするような人はいないから、残るものは書類だけだ。領収書を残しても、それは手数料名目になっているから、普通の取引だと言い逃れることができる。
民事不介入の原則がある以上、そもそも騙すために行ったことであっても、残る証拠が通常取引と変わらぬものであれば、証明が難しい詐欺で警察が捜査をするはずもないと考えたのだ。
業者は逮捕もされず分散し潜伏している
彼らの中心的組織は、このようにいつでも切り捨てられる代表取締役と営業マンを使い、簡単に作ることができる法人(株式会社)名義を最終的には清算して終わらせる。せいぜい、消費者庁で問題になり、都道府県から営業停止を食らう程度であるから、捜査の手が及ぶことはない。
民事訴訟で支払い命令が出ても、差し押さえをされなければ、お金を取られることはないから、平気で裁判を無視できるわけだ。納税する気もないから、いちいち帳簿もつけないし、様々な費用も払う気がないから、口座も空にできる。単純に騙し取った現金が中心的組織を担う反社会的勢力に流れるだけなのだ。
すでに問題となった不動産業者は清算しているが、悪質商法の実行部隊であった営業マンらは、散り散りになってすでに他の業者を名乗って同様の悪質商法を始めている。また、余った土地は新たに作った別会社の名義なって悪質商法のネタになっているのだ。
別会社はこうした被害を起こすために準備されているもので、すでに中央区、品川区、世田谷区、新宿区に作られており、営業保証金相当の供託を協会に済ませており、都から不動産業者の認可もうけて営業している。事実上はその場所がアパートなどであるため、営業活動にまでは至っていないが、準備は着々と進んでいる。
今のところ目立った被害はないので、詐欺的手法の状況証拠のみではどうにもできないということであった。
私は悪質商法の営業マンを追跡することに成功した。
彼は20代の地方出身者で、先輩営業マンと都内高級住宅地にあるデザイナーズマンションに住んでいたが、現在はほとぼりをさますため、友人宅などを転々としている。
関係者によれば、彼らは営業レクチャーを受けている。つまり、実態として、「土地を買わせてください」と誘い、その実、「土地交換」であることを知っている。土地交換がバレそうになれば、節税のためだと言い逃れ、そのまま行ければ、手数料名目を騙し取って逃げる。もしも、疑いを強く持たれれば、土地売却の入金日をチラつかせ、それでもダメなら、逃げ帰る。相手は高齢者だ、逃げるだけなら彼ら若者は容易なのだ。
被害者に残す書類は、土地交換をしたというだけのものだから、その後問い合わせが来ても、「書類の通りですよ」と言い逃れる。訴えられても、民事であれば、無視すれば、判決が出ても、差し押さえは現実できないから、放置で良いなど、その教えは、現行システムの穴をつき、信じることが善の高齢者の常識を悪用したもの、さらに司法のシステムなどを馬鹿にしているのだ。
この先、およそ事実上分社したいずれかの不動産業者が中心となり、この悪質商法を展開するであろう。その間までに法の穴を埋めるか、それとも、被害者が団結し、警察捜査を動かすかということが未然防止に必要だと思うが、果たしてできるであろうか。
編集後記
私どもは、悪質業者を追ったり、その実態を暴いたりすることは得意です。また、関わる者から情報を得たり、追跡して身元を割り出すことなどはできます。しかし、民事裁判などは弁護士さんの専業ですし、逮捕は警察の仕事です。立法は国会の仕事であり、法に逆らうことはできません。
悪質商法の実態は暴きました。関係者の身元も把握しています。
しかし、この仕組みを解明し、キャッシュフローから資産を追っても、結局ブラックマーケット(反社会的勢力)に流れてしまったことまでしかわかりません。それ以上は仕事の範疇を超えますし、そもそもの帳簿がないので状況証拠しか残らないのです。
こうした被害が二度と起こらないようにするには、仕組みを変えたり、司法制度を強化したり、被害者になり得る層への教育となりますが、それがこれから為されるのかはされないであろうと思えてしまうのです。きっと1年そこらほとぼりを覚ませば、また被害者が量産されてしまうでしょう。ですから、少なからず私にできることの意味で、レポートしました。こういう被害があるのだと知ることで、被害を未然に防ぐ効果があります。
image by: Shutterstock.com