京都府の公立学校で2017年、生徒が複数の怪我を負う「いじめ事件」が発生しました。当初は被害者家族に電話で報告していた学校側は一転、「同じ部位をたまたま帰宅中にケガをした」と言い始めたのです。さらに府教育委員会は、被害者家族の承諾なしに「第三者委員会」を設置しました。数々のいじめ問題を解決に導いてきた現役探偵の阿部泰尚(あべ・ひろたか)さんは自身のメルマガ『伝説の探偵』で、この京都のいじめ問題を取り上げながら、教育現場周辺で起きている異常事態を白日の下に晒しています。
瑕疵あるいじめ第三者委員会の氾濫
コロナ禍の中、いじめ問題は収まらず、文科大臣からの「コロナを原因としたいじめをしないように」という注意喚起があったように、新型コロナ感染リスクやこれまでの一斉詰込み型の教育制度が破綻しつつあることで、先行き不透明な状況などによって児童生徒は大きなストレス環境の中にあり、今後いじめ問題は激増すると言われている。
そして、現状は各地域で「第三者委員会」が立ち上がるようないじめ問題が頻発しているのだが、まるでマニュアルでもあるかのように、いじめ防止対策推進法を無視した第三者委員会が立ち上がっているのだ。
こうした瑕疵ある委員会は再調査もしくは中途の解散要求が今後も続くであろう。
京都府公立校で起きた「いじめ問題」
平成29年10月16日、京都府の公立学校において、生徒によるいじめ問題が発生した。
被害生徒Aが昼休みに、加害生徒Bによって無理矢理教室から連れ出されるという事案で、これにより被害生徒Aは「右手関節捻挫」「右肘関節捻挫」「右肩関節挫傷」の怪我を負ったのだ。
同教室には、担任教諭がおり、その異常性から教室から飛び出して制止したという。
怪我を負うほどの連れ出し行為と考えれば、暴行行為があったということになろう。
これをいじめ防止対策推進法でみると、第2条いじめの定義の通り、「一定の関係性」「何らの行為」「被害側の心身の苦痛」は認められるから、いじめがあったとみなすことができる。
しかし、この教員を含め関係した教職員証言は二転三転し、後に友人同士によくある廊下に遊びに出たようなものだという状態だったとされている。
学校はいじめを事後に否定
当初、被害生徒Aさんの保護者は、学校からの電話報告を受け、帰宅したAさんに確認して、怪我をしていることから病院に治療を受けに行った。その後、学校に対し、相手の保護者に被害状況を通告することや、話し合いの場を設けてほしいと要望した。
ここまでの経緯は一般的に想定できる常識的なことであろう。
しかし、学校は一転して、Aさんがけがをした状況説明を翻し、「怪我をするほどのことではなく、単に連れ出しに来ただけで、怪我は連れ出しによって負ったものにも感じるが、きっと同じ部位をたまたま帰宅中にケガしたのではないでしょうか」というような主旨で、一切の対応を拒絶したのだ。
第三者委員会が知らぬ間に設置される異常事態
Aさんの保護者はその後も話し合いを求めたが、何ら進展もしなかったのである。
事態が急転したのは、平成31年2月のことである。いじめ行為から1年8か月経って、何の説明もなく京都府教育委員会から、「文書を送るのでそこに本件のことを詳しく書いて送り返してください」と言われたのだ。
Aさんの保護者は、何度も同じ話をしていたが、ここに改めて詳しい経緯を書いて指示通りに教育委員会に送付した。
そして、これがいじめ重大事態に関する第三者委員会設置の申し立てだとされたのだった。
結果的に第三者委員会は設置される運びとなったが、委員の選出においては、被害者側の意見を聞くこともなく、勝手に委員会のメンバーが決まり、勝手に委員会が始まったという形であった。
さらに、この第三者委員会は、被害者本人の聞き取りをしておらず、十分な調査をしないまま結果を出したのだ。
第三者委員会が作成した報告書によれば、Aさんの特徴として、「初めての人や場所では、自分から話をすることが苦手である」との記載がある。
また、いじめの被害者が1年8か月の放置された状態であるということは、いじめ行為を訴えたにもかかわらず、自分の話を大人の代表でもある教職員が無視を続けたことを意味する。この状況下で、第三者委員会の委員がいかに専門的な知見があろうが、被害者本人の聞き取りを円滑にできるはずもない。
事実として、第三者委員会から被害生徒であるAさんへの聞き取り要請はあった。しかし、Aさんのショック状態と要望によりAさんの保護者の同席をAさん自身が求めたのだが、これを委員会は拒否して、最も重要な聞き取りを行わなかったのだ。
一方でいじめがあった事実を否定したい学校といじめ行為後すぐに交代となった、事情を全く知らない新校長のもと、作成された学校の報告書を盲目的に追随しようとした。
再調査が認められるが……
結果、現在、京都府は再調査を認め、再調査委員会を形成することを決定したというが、前任調査委員会と同様に、委員となるメンバーについて被害者側に事前の説明などは行わず、再調査委員会は始まります、としているのみなのだ。(※編集部註:再調査委員会は2020年10月13日より開始)
今後の再調査委員会は、その設立に瑕疵があるところではあるが、調査をするのであれば、被害者との信頼関係をしっかりと持ち、十分な調査をしてもらいたいところである。しかし、少なからずいじめの専門委員を執行するものであれば、設置の瑕疵は極めて重大な行政による暴挙であると考えるべきだろう。
私が知り得る限り、山梨県北杜市のいじめ暴行事件の調査委員会は、設置の瑕疵の重大な違反を第三者委員会が自ら指摘し、解散を決めている。その後、被害者推薦の委員を第三者委員会に加入させて、いじめ調査に当たった。これこそ、勇気をもって正義を執行する第三者委員会の姿であろう。
【関連】いじめ第三者委員会が自ら解散を提案、北杜市教育委員会の異常
いじめ第三者委員会の基本は
そもそもいじめ防止対策推進法ではいじめに関しての調査委員会についての規定は4つ存在しているのだが、よくニュースになる第三者委員会はいじめ防止対策推進法28条1項に基づく、28条委員会のことである。
第二十八条 学校の設置者又はその設置する学校は、次に掲げる場合には、その事態(以下「重大事態」という。)に対処し、及び当該重大事態と同種の事態の発生の防止に資するため、速やかに、当該学校の設置者又はその設置する学校の下に組織を設け、質問票の使用その他の適切な方法により当該重大事態に係る事実関係を明確にするための調査を行うものとする。
一 いじめにより当該学校に在籍する児童等の生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき。
二 いじめにより当該学校に在籍する児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき。
各都道府県や市区町村などの地域で「いじめ条例」を定め、このいじめ防止対策推進法に基づく取り決めをしているのだが、この条例では多く「第三者委員会の委員の選任権は学校もしくは学校の設置者」としている。
ちなみに、学校の設置者とは「教育委員会」のことである。(私学では学校法人などが設置者に当たる。)
確かに設置権限は、その費用負担の問題なども含め学校や教育委員会にある。しかし、重要なのは、その選任に至る経緯の中で、立法の趣旨が大きく影響することだ。
立法の趣旨を無視する第三者委員会
この規定に紐づく「重大事態いじめガイドライン」(文科省)によれば、委員会のメンバーなどについては被害者やご遺族に「十分な説明」を要請している。
また、委員会メンバーについては「中立公平」であること重要であり、学校や教委による隠ぺい問題を深く考慮し、持たれあいや庇いあいを回避するために、学校や教育委員会との利害関係などがない人物を選任するよう要請がされているのだ。
そして、国会における審議の中では、この「中立公平」については誰から見てを基礎とするのかというやり取りがあったのだが、これは「被害者やご遺族」からみて「中立公平な委員」でなければならないとされているのだ。
ただし、人口の少ない地方などでは、専門的知識があるとされる職種の人らがどうしても学校の仕事を一部受けていたりすることはあろうから、こうした場合については、十分な説明をして被害者やご遺族が理解を示し、合意に至れば良しとされている。
一方、いじめ防止対策推進法ができるきっかけとなった「大津のいじめ事件」において、もっとも有名な第三者委員会は、県外から委員が選任され、遺族側の推薦委員も加わった。
つまり、もっとも有名で法のきっかけとなった事件は、県外委員が基本であり、遺族側推薦をも受け入れての委員会であった。
しかし、前述の京都府の委員会のように、被害側に黙って第三者委員会を設置してしまったり、このやり方に被害側が異を唱えれば、法の趣旨を無視して、条例の上っ面だけを読んで「選任権は我々にありますから」と権力を振りかざすのだ。
選任の前に行う過程をすべて無視してしまえば、結果的にその委員会は設置経緯に大きな瑕疵があることになり、その委員会の基礎が瓦解することになろう。
これは、京都府だけで起きていることではなく、全国的に発生していることなのだ。
だから、いじめのニュースを見ていると、第三者委員会に解散要求が出たり、再調査の要望が出てやり直し調査をするというニュースがあちらこちらで流れているのだ。
私は日本全国、いじめ問題の被害者やご遺族から相談を受けているが、実は今最も多いのが「第三者委員会の構成や設置経緯」と「第三者委員会の調査の進め方」「委員会が教育委員会の下僕化している」というものだ。その全てに言えることは、前述の通り、立法の趣旨を無視した設置の仕方である。
京都府の被害者によれば、確かに委員の推薦状のようなものは送られてきたが、多くは5、6年前のもので、教委の説明によれば、やりたい人が手を挙げたので、その中から選任したということであったそうだ。
つまり、事案ごとに丁寧な選任を行ってはいないし、そもそも、被害側の合意を得ようともしていなければ、説明を積極的にしようという姿勢は見受けられない。
瑕疵ある委員会の弊害と命への冒とく
公が行う第三者委員会においては、その予算は税金が投入される。
この投入において、行政が正しい方法で行わないから、再投入をせざるを得ないというのが、今の現状だろう。そして、こうした重大なミスと不作為は別段問題とならず、誰も責任を負わないまま、被害者やご遺族だけが取り残されるのだ。
そして、同様問題が次々と起きていくわけだ。貴方が必死で働き収めている血税は、教育行政の無知無能により、無駄に投入されてしまう。
そもそもいじめ防止対策推進法は、大津のいじめ事件がきっかけとなったが、それ以前から多くの子どもたちの命が犠牲となり、被害者の人生を犠牲として出来上がったものであるとも解釈することができる。
つまり、立法における趣旨を無視したり、特に興味もないのか、法の上っ面だけしか読まずにあたかも専門家面している似非専門家らによって歪められている現状は、その多大なる犠牲を冒とくしているとも言えるだろう。
編集後記
別の事案では、スクールカウンセラーが委員となっていたり、スクールロイヤーが委員長となるという第三者委員会があります。いじめ防止対策推進法の立法までの過程において、この段ではスクールロイヤー制はなかったため言及はありませんが、スクールカウンセラーが委員となることは原則的に否定されています。
一般企業や社会問題となる事案で設置される第三者委員会では、利害関係者は原則的に委員とはならないし、利害関係がありそうだという委員は、自ら選任段階で断ります。
一般に「第三者」とは当事者以外という意味ですが、第三者委員会においては、「利害関係がない者」と解することでしょう。
つまり、一般的に考える第三者委員会と教育行政における第三者委員会の現状と現実は大きな乖離があることが多いのです。
そして、多くは再調査委員会で前任委員会の結論がひっくり返るということは、前任委員会は、教育委員会や学校が設置したものですから、首長(市長や知事)が設置したものの方が正しく機能するということになるはずです。
これを異常と言わずして、何と言ったらよいでしょう。
ただし、この異常が発生していても、多くの方はニュースで結果のみを聴くだけで、その現実を知りません。
いじめ防止対策推進法は改正期を過ぎています。立法の趣旨を無視する事例は数多あるのですから、立法府の方々には、他の重要法案や政治的問題も大いにあるとは思いますが、一旦、初心に戻って法改正に挑んでもらいたいと思います。
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