衰えることを知らない新型コロナウイルス感染症の流行拡大は、着々と世界各国を追い詰めているようです。元国連紛争調停官の島田久仁彦さんさんはメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』で今回、コロナ禍にあって一寸先の見通しも利かなくなりつつある中東やアフリカ、欧州の現状を克明にレポート。さらに一足先にコロナを制圧したとされる中国が台湾併合に動く可能性、そして各国がそれを阻止する手立てについて論じています。
夢と消えた貧困の撲滅。新型コロナがとどめ刺し中国が奪う世界
「家にいれば飢え死に、外に出ればコロナに殺される」
今、先進国・途上国の別なく、コロナウイルスの感染拡大が進む各国でよく耳にする市民の本音です。
これまでに約4,800万人が感染し、120万人以上の生命を奪ってきた新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、同時に経済効率性の追求と国際協調と謳われるボーダレス経済の有様に止めを刺そうとしています。そして、コロナ以前に予測されていた【ASEAN地域が世界の発展の中心になる】といった内容や、【アフリカ大陸は成長のエンジンとして発展し、Poverty(貧困)は2030年代には撲滅できる】といった見通しはすべて夢と消えました。
代わりに、コロナワールドは、ごく一握りの富める者をさらにリッチにし、貧困に喘ぐ人たちに止めを刺し、そしていわゆる中間層・中流階級の生活様式を一変させました。
またILOの4月末の“恐ろしい”予想(12月末までに16億人が失業し、生計の手段を失う)は、大袈裟なアラートではなく、現実のシナリオとなりつつあります。
コロナの負のアタックは、世界経済を混乱の底に叩き落そうとしています。その影響をもろに被っているのが、新興国・途上国でしょう。
例えば、アメリカからの制裁の影響に耐えている最中に、全国的なコロナのパンデミックにも襲われ、先行きが不透明になってしまったイランでは、物価の上昇が止まらず、失業率も12%にまで上昇しました。30歳までの若年層にいたっては、4割以上が失業していると言われ、現政権に対する不満のマグマが増大しています。政府も残念ながら、アメリカからの経済制裁の影響もあり、コロナ感染拡大を食い止めるためのロックダウンも財政的な限界からオプションとして選択できず、為すすべもないとお手上げの状態です。
先日お話ししたように、中国との25年にわたる戦略的なパートナーシップを結んでいますが、まだ経済的な恩恵は受けておらず、【コロナはそもそも中国から来たのだ!】という(まさしく大嫌いなアメリカが言っていることですが)認識も強まる一方で、アメリカによる経済制裁の影響を緩和するための苦肉の策とは言え、中国に媚を売る(と見えている)現政府に対し、国民の大きな不満がたまっています。
すでに2018年には1,210億ドルあった外貨準備高も、88億ドルにまで減少しており、イランは持ちこたえられないのではないかと噂されるようになりました。「中国の毒牙にかかった」という批判をする声も大きくなってきているようですが、同時にイスラエルやアラブ諸国からの圧力もあり、国家の生存のために、革命防衛隊による防衛と攻撃力には、相変わらず資金が投入されていることが明るみに出て、より一般民衆の不満がたまっているというのが現状のようです。ほくそ笑んでいる国も周辺にはあるでしょうが、イランがおかしなことになり、暴発した日には、中東地域全体を巻き込んだ悲劇が始まりかねません。
状況はさらに悲惨なアフリカ大陸
お隣のイラクでも、イランとの微妙な関係が変化するにつれ、政治的・宗教的なバランスが狂い、また総選挙が実施できないという危機に瀕しています。
部族間での対立やイラク湾岸戦争の苦い記憶、バース党への消えない憎しみと愛着の間のジレンマ、時を追うごとに積み重なるアメリカへの不満と恨み、そしてトランプ政権下でコミットメントが著しく低下してきたという経済・安全保障面でのアメリカの不在、そしてあまり報じられていませんが、止まることを知らないコロナ感染…。イラクは完全に復興のための道に迷ってしまったようです。
紛争調停官として、戦後復興のスタッフとして、イラクに関わってきたものとしては、望みを失っていく人たちの姿を見、声を聴くのは辛いものです。
目をアフリカ大陸に移すと、状況はさらに悲惨な状態です。まず、コロナ感染の広がりは止まることを知らず、そこに諸々の感染症の拡大が重なるという“泣きっ面にハチ”の状況に陥っているようです。
WHOなどの支援を受けてきてはいますが、コロナウイルスの感染拡大が顕在化した際にはまだ医療体制や防疫体制は脆弱であることが分かっていました。何とかコロナ対策に政府が乗り出すのですが、そこにマラリアやHIV、エボラなどの他の“強敵”が参戦し、状況は加速度的に悪化しているという情報があります。
欧米諸国も新型コロナウイルス感染症の第2波・第3波に襲われていて、かつトランプ政権が実質的にWHOの活動をブロックし、そこに米中対立も加勢して、機能不全に陥っている今、アフリカ諸国では大規模かつ複次的な医療・公衆衛生の危機が迫っています。それゆえに、経済活動は実質的に止まっており、エチオピアなどで期待されていた外資の参入などもいったん棚上げとなり、今後の経済成長の見込みが立ちづらくなってきています。
こういうときに飛び込んできて恩を売るのが中国なのですが、アフリカ諸国は対中国債務が爆発的に増加しており、債務危機の瀬戸際にいる国が増えてきていることもあって、中国からの支援を今、受け入れる政治的な受容性がないと言えます。例えば、ザンビアは今月末に迫った対外債務の返還猶予の交渉を各国としていますが、全体の4割を占める欧米の債権者は、猶予した返済がそのまま中国への支払いに使われるのではないかとの強い懸念を抱き、債務の支払い履行の猶予を拒んでおり、ザンビア政府にとっては八方塞がりとなっています。
同様の状況はケニヤやジブチ、コンゴやアンゴラでも顕在化し、対中国債務の膨張による経済悪化と異常に高い中国の貸付金利の存在、そして中国の存在の拡大を警戒した欧米諸国の慎重姿勢という複次的なパンチをくらってしまい、それらの国々の経済も虫の息という情報も入ってきています。国によっては「散々、欧米諸国は口出ししてくるくせに、困ったときには知らんふり。とはいえ、これ以上、中国からの支援を受けたら、それこそ中国共産党の新しい支配地にされてしまうだけ。日本も頼りにならないし…」という意見と、「この際、中国が嫌だとか言っていられない。助けてくれるのは中国だけだ!」という意見も強くあり、それらの勢力が国内で紛争起こすというとんでもない状況になってきていると耳にしました。実際にはエチオピアでは軍隊が出動する騒ぎになっているようですし、国内の治安情勢が悪く、ゲリラによる反抗が多発している国々では、内紛が激化し、そのことでコロナ感染がさらに広がり、責任を押し付ける対象(スケープゴート)を探してまた内戦が過熱するという悪循環が進んでいるとの情報もあります。真偽のほどはもう少し確認しないといけませんが、すでに中国当局による働きかけが急に強化されている模様で、その行方については注意を要する事態であると言えるでしょう。
調停感が現地で感じたトルコの語調の変化
そしてCOVID-19の広がり、イズミールでの地震、トルコリラの下落といったマルチのダメージショットは、確実にトルコ・エルドアン大統領の“企み”を挫こうとしています。
今、東地中海での天然ガス田採掘権をギリシャやイスラエル、エジプトなどと争いながら、歴史的な問題であるキプロスの帰属問題をEUと戦い、リビアやシリア、ナゴルノカラバフ地域ではロシアと対峙しつつ、トルコ本土ではロシア製S400を本格導入することでNATOとの軋轢を生んでいます。
かつてのオスマントルコの再来を願うエルドアン大統領の動きは、トルコの強国化を目指す賭けとも言えますが、その賭けの行方は、自国の経済力と即応力の低下というポイントに加え、“唯一の”味方と言われるイランの内政・経済上の危機を受けて、ネガティブな方向に振れてきているように感じます。
特に今、ナゴルノ関連の調停に関わっていますが、トルコサイドの言い分の語調が変わってきたように思います。仮にトルコがこのまま勢力を衰退させるような事態になれば、中東・北アフリカ地域におけるパワーバランスはまた大きく変わり、さらなる混乱を引き起こすことになるかもしれません。
今回、コロナ禍で引き起こされた経済的な衰退と国際協調網の弱体化は、途上国のみならず、先進国にも重くのしかかっています。途上国・新興国に比べ、すぐにデフォルト危機に陥ることはないかと考えますが、その中でも欧州各国の経済は、COVID-19の感染拡大とそれを受けた都市“再”封鎖によってリカバリーの勢いを削がれることに繋がりかねません。EUとしてはコロナ後の世界においてグリーンリカバリーを主軸に、Economic powerとして返り咲きたい・主導権を握りたいと目論んで様々な提案や方向性を矢継ぎ早に出してきましたが、感染拡大による都市封鎖と経済連携の遮断は、南の各国(スペイン、イタリア、ポルトガル、ギリシャなど)の経済を危険レベルまで悪化させることになり、それを通常通りに北の諸国が“また”サポートすることが出来るか否か。その判断を誤ったら、今度こそ、欧州統合の行方は絶望的になるかもしれません。
新型コロナが握るアジア地域のパワーバランス
各国がコロナ再拡大の不安と経済のスランプに陥る中、経済を伸ばしているのが、コロナを比較的早くに抑えた中国とベトナムです。
とはいえ、中国については、今週になってコロナの再拡大が始まっているという情報も入っており、その状況次第ではどうなるか分かりませんが、年率6%台の経済成長を予想し、また2035年にはGDPを2018年比で倍にすることが可能という“見通し”も立っていることから、世界各国がもたつく中、批判に晒されながらも、混乱の世界経済において支配的な地位を築いていくのかもしれません。
それを可能にするのも、不可能にするにも、カギとなるのが【台湾をどうするのか?】というポイント次第でしょう。
その行方は、アメリカのアジア太平洋地域およびインド太平洋地域における台湾有事に際しての対中即応性と抑止力のレベルにも依りますが、【台湾と中華民族の再統一無くしては、中国の繁栄はない】と政権の最重要課題に据えている習近平国家主席が、どのタイミングで、どのような形で、台湾“問題”を解決しに来るのか。
このハンドリングを中国、そして周辺国が誤ったら、アジア地域は大きな混乱に見舞われることになり、大きなパワーバランスの再編が行われることになります。ちょうど今、中国の強硬的な軍事行動に対抗するという目的で、日米印豪のクワッドによる合同軍事演習も行われていますが、このクワッドによる対中抑止力は、4か国間の連携のレベルがどこまで続くのかにかかっていますし、それは直接的・間接的に【コロナにどこまで各国経済と政治が侵されるか】もしくは【どこまでその脅威に打ち勝ち、中国への脅威への対策に集中できるか】にかかっています。
いろいろとあっちへ行き、こっちへ戻りしながらのお話しになってしまいました。いろいろな情報が提供され、そして様々な角度からの分析を行っていますが、現状が“正しく”読み取れないほど、今の世界、国際情勢は混乱していると言えると思います。
皆さんはどうお感じになるでしょうか?またご意見、ぜひお聞かせください。
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