コロナ禍にあって、企業側がやむなく社員に退職を求めざるを得ないケースが頻発しています。労使双方が納得し、後々トラブルに発展することがないよう進めるためには、どのような配慮や手続きが必要となってくるのでしょうか。今回のメルマガ『ブラック企業アナリスト 新田 龍のブラック事件簿』では働き方改革コンサルタントの新田龍さんが、過去に適法とされた「退職勧奨」の例を挙げつつ、その進め方を詳しく解説しています。
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コロナ禍で人員削減の実態。適法とされた日本IBMの「退職勧奨」事例
前回より「退職勧奨」について解説している。退職勧奨とは文字通り、従業員を退職に向けて説得し、相手の同意を得て退職させることである。解雇と比べると従業員の同意を得ている点でトラブルになりにくく、企業としてのリスクも低いというメリットがある。
日本の労働法では労働者を保護するため、退職勧奨については「労働者の自由な意思に基づいてなされたもの」かどうかを客観的な状況から判断し、有効か無効かが決まる傾向がある。とくに、一度に大人数を対象とした退職合意をとる場合は、次の3点について留意すべきである。
1.情報提供姿勢
現在の会社の経営状態(売上、人件費、資金繰り等)を具体的にかつ事実に基づいて説明したかどうかが重要になる。曖昧な情報、もしくは事実に反する内容を説明した場合は、退職合意書にサインしても、労働者の自由な意思に基づいたものではないと判断される可能性がある。そのためには、事務的な文書を交付するのみならず、説明会を実施したり、対面で説明をおこなったりしたうえで、説明資料も合わせて渡すくらいの対応は必要である。
2.時間的猶予
従業員に対して説明をおこなった後、その場で即時サインを求めたのか、一度持ち帰って検討してもらったのか等、どの程度検討時間を与えたかどうかが重要となる。当然ながら、数日間程度の猶予があるほうが「労働者の自由な意思に基づいてなされた」決断であると判断されやすくなる。
3.金銭支出
通常の退職金のみならず、特別協力金や慰労金、有給休暇買取りといった名目により、退職の際に追加して支払う金銭が多ければ多いほど「労働者の自由な意思に基づいてなされたもの」と判断されやすくなる。
「適法」とされた、日本IBMの退職勧奨事例
日本IBMは2004年、人事業績評価制度として、従業員個人の目標管理型業務評価制度「PBC」を導入した。これは、業績貢献度合に応じて評価を5段階に設定し、ボーナス額や昇給額決定の指標とするものであった。同社は2008年、この評価で下位評価となった1,500人を対象にリストラを断行し、利益を死守することができたのである。
リストラの面談担当となった各部門長宛に配布されたマニュアルには、退職勧奨の指針として次の2点が掲げられていた。
1つは、「あなたの能力と会社の現状を考慮すると、現組織において職務継続はできない」という厳しい現実を指摘すること。もう1つは、今後の転職や身の振り方の相談には親身に接し、「良き理解者」という関係を築き、相手の立場に立ってメッセージを伝えるべきと指示されている。その前提で、「お前の籍はもうない」「辞めなければ地方転勤させる」といった脅迫的な言動はNG。あくまで丁寧に説明を尽くし、充分に傾聴し、相手を導き、激励することが求められている。
さらに当該マニュアルでは、退職勧奨対象者の性格をタイプ別に類型化し、大まかな対応方針を示している。たとえば、プライドが高いタイプの相手には「客観的事実を示し、周囲からの目線を気にさせる」。怒り、泣き、愚痴など感情を表に出すタイプなら「相手が落ち着くまでしっかり話を聴いて受容する姿勢を示す」。「何でもやります」と泣きつくタイプは「気持ちは受け止めつつ、その可能性がない旨を冷静に指摘する」。そして沈黙するタイプなら「不明な点は質問を促し、期限を切って考えさせる」など、さまざまな戦略が用意されていることが見て取れる。
同社の場合、会社側はあらかじめ「たとえ負け筋であっても裁判へと進展することに対して何ら躊躇せず、徹底的に争う」との姿勢を示しているため、退職勧奨の段階でスムースに事が運びやすくなるという効果もあるようだ。なお、面談時に「今後、やりがいのある仕事を提供してもらえそうもない」「これまでの貢献について、感謝の気持ちを会社が示してくれた」「今後、これだけの割増賃金はないだろうと判断した」といった気持ちになると、対象者は退職勧奨に応じることが多いようである。
問題社員に対する退職勧奨の成功事例
1.住宅メーカーS社のケース
住宅メーカー社員Aは同社で長年勤続し、営業係長の地位にあったが、長期間にわたってまったく業績を挙げられていない状態であった。会社からAに対しては、成績向上を求めて複数回の面談がおこなわれたが、結果的に成績が向上することはなく、面談は最終的に退職勧奨に至り、Aは退職届を提出して退職した。
後日、Aは「会社から『退職に応じなければ懲戒免職にする、その場合には退職金も支給されない』と言われて無理矢理退職を強要された。退職は真意ではない」として会社を提訴した。しかし裁判では「会社の就業規則に『成績不良を理由に解雇することがあり、その場合に退職手当は支給されない』との規定がある」こと、「長期間全く業績なしであれば解雇事由に該当する可能性は極めて高く、懲戒免職を持ち出す必要はない」ことから、「営業成績からして、面談等を重ねたことや、その結果最終的には退職勧奨にまで至ったことは、企業としてはやむを得ない措置」であり、「Aが退職勧奨の趣旨と内容を理解したうえで退職届を提出したことは明らか」との判断が下り、企業側が勝訴、退職勧奨は有効とされた。
2.人材サービス企業W社のケース
人材紹介業と求人広告代理店業を営むW社に勤務していたBは、業績は良好であったものの、顧客との関係性に影響を及ぼす重大なミスを複数回繰り返し、指導しても改まらなかった。そのため会社はBに対して退職勧奨を行い、Bはこれに応じて退職した。
しかし後日、Bは「退職を強要された」と主張し、6ヵ月分の給与相当額の金銭補償を求めて労働審判を提起。審判では退職が合意か強要かが争点となったが、会社側はミスの度に指導文書を発行したうえで、誰がどのような指導をおこなったか記録を残していた。また退職勧奨の場においても、誰がその場に立ち会い、具体的にどのような話し合いがなされたのかについても記録を残していた。結果的にその記録から、退職勧奨に立ち会った責任者はBと同期入社で友人関係にあり、不当な力関係は存在しなかったこと、そして退職勧奨後にBから「新たな職場で前向きに頑張っていく」という趣旨のメールが送られていた事実も明らかとなったため、労働審判において「退職は合意によるもの」と認められることとなった。
これらの事例のように、退職勧奨を経た合意による退職であっても、退職後に「実は本心では合意していなかった!」などとして従業員側が訴えてくるケースは存在する。しかし、ここまで説明してきたように、就業規則を整備し、ある程度の時間をかけて面談や指導を繰り返し、都度文書などで記録を残しておくこと、そして退職時には退職届を提出させることによって、退職に至る経緯を詳しく説明することができる確固たる証拠となる。丁寧な準備こそ、最強の防御となるのである。
では実際、問題社員を前にどのような形で退職勧奨をおこなえばよいのか。事前準備も含め、進めかたを具体的に説明していこう。(続きはメルマガご登録の上、お楽しみください)
※本記事はメルマガ『ブラック企業アナリスト 新田 龍のブラック事件簿』の2020年12月11日号に掲載されたものです。2020年12月中のお試し購読スタートで、12月分の全コンテンツを無料(0円)でお読みいただけます。
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