長引くコロナ禍でリモートワーク化が進み、夫婦が自宅で二人きりになる機会が増えているようです。この状況で夫婦間の「DV(ドメスティック・バイオレンス)」が急増しており、深刻な社会問題になっています。今回のメルマガ『伝説の探偵』では、現役探偵の阿部泰尚(あべ・ひろたか)さんが、ある家庭から寄せられた「娘が夫から酷い暴力と精神的支配を受けている」という相談と、その夫が書かせたという張り紙を公開。そこには、「支配」と「洗脳」の恐ろしさを物語る命令文が並んでいました。
配偶者からの暴力支配、その恐ろしい実態
この写真は、ある家庭から私へ送られてきた壁紙の写真である。正確には、ベット横の壁紙をはがしたところ、出てきたインクの染みである。
2020年、あるご夫婦から「成人し結婚した娘が、夫から酷い暴力と精神的支配を受けている」という相談があった。
ご夫婦には、成人した娘さん(以下、「Aさん」という)がおり、ある男性と同棲後に結婚したが、結婚式などにはご夫婦を含め親族などは一切呼ばれていない。
別段、関係性が悪かったわけではないというが、Aさんがその男性から酷い暴力を受けていたことは知っていた。不都合だったのだろう。
これが単に、結婚の反対を押し切って駆け落ち同然で結婚した話であれば、私が出る余地などは微塵もないが、どうやら全く違うようなのである。
Aさんは、実家で暮らしていた時、その様子を動画に撮るよう命令されていたのだ。
これは、パソコンなどから男性に送信していたため、大量の記録が残っていた。
そして、結婚前の過去の録画記録の中には、Aさんと現夫の男性(当時は彼氏)との会話で「暴力を受けてもファンデーションで隠すことができる」という内容が確認できる。
また、録画せずにAさんがトイレへ行ったことを叱責する内容も記録されていた。
この結婚前の状況で、すでに実家にいる段階でマインドコントロールは始まっており、トイレに行くにも男性(当時は彼氏)の許可が必要という状況であったことが伺える。
筒状に丸めて置いてあった紙
大量の音声と録画データを確認すると、Aさんは指示されたことを張り紙にするよう強要されていた可能性が浮かび上がってくる。
それは状況証拠になるが、Aさんが実家の部屋を去ったあとに家族が見つけた、筒状に丸めてテープでまとめてあった紙に書かれた言葉と合致するのだ。
以下は、その紙の一部である。
黒塗り部分は、男性の呼び名
夫婦にもカップルにも多様な形はあるだろうが、トイレに行くにも許可が必要であり、それも録画して記録し、確認できるようにしなければならないというのは、異常としか言いようがないし、張り紙を見る限り、対等な関係ではなく、主人と奴隷の関係のようにしか思えない。
夫婦の現在を調べると
Aさんは現在、関東某所のアパートに夫婦で暮らしていることがわかった。
近隣の住民に話を聞くと、このような証言が出てきた。
「男性が出入りするのはみたことがあるが、女の人は見かけない」
「男性はよくゴルフにでかけている」
「一年中、雨戸が閉めてあって不気味だ」
さらに聞き込みをしていくと、妙な証言が飛び出た。
「深夜にドンドンと音がして、女性の金切り声で『ごめんなさい』という声が聞こえたが、テレビの音かも知れないし、その1回だけだったので、変だとは思ったが……」
「今はついていないが、宝石店にあるような外付けのカギがついていた。あれは、中から開かない、外から閉じるカギだと思う。ずいぶん厳重だなと思った」
「女の人はみたことがある。頭を怪我しているようだったけど……」
「一度、警察が来たことがあるが、特に何もなく帰ったようだった」
相談の連絡をくれたAさんのご両親にお話を聞くと、一度警察に相談して訪問してもらったことがあるそうだ。ただ、その際、Aさんは「何も問題はない。もう関わらないでくれ」と言ったといい、身体検査も受けたが、特に怪我をしていることもなく終わったということであった。
その一方で、「絶縁だ」とも言われているそうである。
精神科医によれば、根の深いDVにおいては、マインドコントロールが出来上がると、暴力などで支配しなくても十分に支配ができている状態になるという。
一般的に、不条理なことを強要されたとしても、支配側の求めに応じてしまうということだ。
すでにそのような状態にあれば、被害者本人が自ら助けを求めることはないし、むしろ支配側との関係が壊れることを怖れるなど、心配する親などを敵視する、ということであった。
DV法のさじ加減
新型コロナ感染症の問題で、DV(ドメスティックバイオレンス)についての相談は急増しているところではある。
多くの事案を経験していると、被害を受けた本人が助けを求めない限り、事実上、救うことはできないという側面がある。過去、私は助けを求めてきた被害者を救おうとしたが、被害者が加害者に説得されてしまい、中途でハシゴを外されて宙ぶらりんにされたことがある。それだけ、加害者の支配は被害者に強く影響するのだ。
蓋然性(ある物事や事象が実現するか否か、または知識が確実かどうかの度合い)として、これは異常ではないかと思われることであっても、今のところ、大怪我をして病院に担ぎ込まれるとか、不審死などしていないと問題化できないと言える。本件において、被害の当事者であるAさんが助けを求めないことには何も始まらないという側面があるのだ。
しかし、これまで起きていた事のように、日常でトイレの制限をされたり、行動の自由が許されない中、半ば軟禁状態で部屋に留まらせられることが正常とは考えづらいだろう。
仮に蓋然性が一定の基準をもって認められるようになれば、異常なマインドコントロールがあった後で、支配されている状況下であっても救い出す希望が持てるのではないかと思う。
しかし、多様な形を受容していく社会において、蓋然性の判断が曖昧であったり、属人的であれば、誤った処分も起きてしまう可能性がある。
本件についてご相談いただいたご夫婦は、あらゆる専門家、活動団体へ相談し、なんとかAさんを救うことができないか動いているが、具体的に動いてくれているのは弁護士だけ、ということであった。
そして、やはり、一般的に見て異常と感じる状態であっても、 本人がコントロールされている状況下では有効打は出せないでいる現実 があるのだ。
首都圏は1月8日から緊急事態宣言下にある。テレワークなどの影響があるのか、DVの相談は増えていると聞くし、私のところにも事実として相談は増えている。
DV法は、無かった時よりはよっぽどマシになっていても、現実としての運用には問題点を感じている被害者も多くいるようだ。
蓋然性を含め、真実の被害者が救われるようになる世の中を望みたいものである。
編集後記
これまで、多くの被害者やその関係者がDV法についての改正を望んできました。
執行に当たる現場の人たちも、不平不満を口にすることはなくとも、できることの線引きに苦悩しています。
事件や問題は時代とともに変容していきます。そうした中で、必要なことは何が起きているのかを知り、問題によって多くの被害者が出る前に対策を講じていくことです。
それには、法改正も必要ならば踏み込むべきだと思いますが、なんとも煮え切らない点は否めません。
難しいところもあるとは思いますが、立法側にはよく動いてもらいたいと思うところです。
我々が被害者の真の声として、証拠や情報をいくら集めても、無駄な涙と変わってしまうことは何ともむなしいです。
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