2月28日、米大統領選でバイデン大統領に敗れたトランプ元大統領がフロリダ州で開かれた保守派の集会で演説し、久しぶりに姿を見せました。同演説で新党の設立を否定したトランプ氏ですが、例の米議会占拠事件で世界中からバッシングされた後の今もなお、日本の一部保守層からは一定の支持を受けています。2016年の大統領就任から昨年の大統領選の敗北前後まで、日本でトランプ支持者が増えたのはなぜでしょうか? メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では米国在住作家の冷泉彰彦さんが、日本のトランプ支持者たちが気づいていない「勘違い」を指摘しながら、日本のトランプ現象を「華麗にスルー」できない恐ろしさについて語っています。
日本でどうしてトランプ支持者が増えたのか?
アメリカから日本を見ていて驚くのは、最近の日本でトランプ支持者が増えていることです。勿論、実数は分かりません。ですが、2016年当時はほとんどゼロであったものが、2020年の選挙の時点ではかなりの数字となり、2021年に入ってアメリカでは、かなり「トランプという憑き物」が落ちてきた時期になっても、日本では「落選を認めないトランプ支持者」が存在感を見せていたのです。
と言いますか、2020年11月の選挙で落選したにも関わらず「選挙は盗まれた」とトランプが言い続けていた時期になって、日本での支持と言いますか、トランプ人気は上昇していたような感じがあります。非常に奇妙な現象です。
まず、その原因ですが、正直言って良く分かりません。まず、少し振り返ってみると、2016年時点でトランプが、大統領選挙に「サプライズ当選」した際には、特に日本ではトランプ人気というのはありませんでした。せいぜいが、TVキャスターの木村太郎氏と外交評論家の三浦瑠麗氏あたりが「トランプが勝つ」と事前に予測して「当てた」ぐらいでした。
ちなみに、木村氏は単に当てただけでしたが、三浦氏は「置き去りにされた層」の反乱という見方をしていて、それはそれであの時点では炯眼であったと思いますし、その後も別にトランパー的に振る舞っているわけではありません。一方で、単に当てただけの木村氏は2020年後半には相当なトランパーになっているのは呆れた話です。
まず、原因ですが基本的には「中道左派エスタブリッシュメント」への反発、嫉妬、憎悪といったものの受け皿として条件に合致しているということがあると思います。これにフェイクニュースや陰謀論に最初はエンタメとして乗っかったのが、敵味方の勝負事になることで引っ込みがつかなくなったのでしょう。
これに加えて、金が回るということもあるのだと思います。アメリカのトランパーの一部がそうですが、趣味としてのトランピズムに相当にカネを突っ込む人はいるので、そのニーズにカネの匂いを感じた人は、商売でそっちにのめり込んで行くという構図があるのだと思います。依然の嫌韓とか、左派の間の反原発などと同じように、ある種の「心理的にツボにはまる」と商売になるという種類のものです。
タイミング的に2020年末から2021年の年初にかけて、日本ではかなり盛り上がったというのには、安倍政権が退陣したということもあるかもしれません。安倍政権というのは、奇妙なほど保守から信用されていて、そのために、左派が安倍政権を叩くと、日本の保守派は過剰なまでに反発していたのでした。
そこで「アベガー」組との勝負事で、イデオロギーのゲーム中毒症状がある程度は、解消できていたわけです。ところが、菅政権というのは相当にノンポリですから、菅防衛戦を戦ってスカッとするという効果はまるでありません。そこで、わざわざ外国のことながらトランプの「言霊」を太平洋を越えて引っ張ってきて、憑依してもらうというヤヤコシイ話になっているのだと思います。
それにしても、安倍さんがトランプの盟友という理解もあるわけですが、冗談ではありません。私は第一次政権の際のワシントンとのギクシャク以来、安倍さんは全く買っていませんが、少なくとも安倍式の日米外交というのは、オバマとの枢軸で、中国とのリバランスに乗るというのが本筋と思っています。
ですから、それをぶっ壊して来そうな「サプライズ当選」したトランプの存在というのは、大変な脅威だったわけです。2016年11月の極めて早期の段階で、これは外務省と官邸のファインプレーだと思いますが、中南米出張の途中で立ち寄ったという格好で、「安倍=トランプ会談」がセットされたのは、とにかくトランプという脅威への危機感があったからです。
日本にとってトランプの脅威は明白でした。まず、2015年から16年の選挙戦を通じて「日本と韓国には米軍駐留費を全額負担させる。カネを払わないなら米軍は撤退だ。その代わりに日韓には核武装を認めてやる」という奇怪な「東アジア政策」を吹いて回っていました。しかも、怖いのはこの言い方について、何度も何度も公言しているばかりか、全く「ブレて」いないのです。
駐留費の話はまあ「アメリカ・ファースト」の態度の延長で出てきた「カネの話」ということで理解ができます。ですが、日韓核武装というのは穏やかではありません。というのは、その裏に3つの思惑があるからです。1つは、北朝鮮との核のバランスを日韓で、いや日本だけで受け止めてくれという意味。2つ目は、中国に対する核バランスも自分でやってくれという意味。3つ目は、核武装に関する技術移転はしないので、カネを出してアメリカの技術を売りつけようという魂胆、この3つです。
要するに、アジアの対立構図を当事者間でやってもらって、しかもそこに商機を見ているという極悪政策と言えます。全くもって、日本の国益という立場からは脅威そのものです。だから、わざわざ「黄金のゴルフクラブ」を土産に安倍さんはトランプタワーに乗り込んだのです。「安倍=トランプ」蜜月という形容がありますが、こればかりは安倍さんに対して失礼というものです。
もう一つ、対中政策への誤解の問題があります。日本のトランパーは、トランプが香港における中国の強硬政策に抗議しているし、ウイグル問題なども人権を重視しているとしています。そして、このことを否定している池上彰氏のことを「フェイクニュース」だとして罵倒しているわけです。
しかし、これは誤解です。トランプの中国政策というのは、複雑な話を自分で言うのが面倒なので、ペンスに代弁させており、「ペンス・ドクトリン」という名前で国際社会では有名です。ペンスはこの「ドクトリン」を宣言するために、2回も大きな演説をしています。
この「ペンス・ドクトリン」つまり当時のトランプ政権の中国政策というのは、「人権や軍事の問題を、通商交渉の道具にする」というものです。そして、ブッシュやオバマの対中政策を罵倒していました。ペンス、つまりトランプ政権の理屈というのは、ブッシュやオバマは人権問題を棚に上げて、グローバル経済における中国との協調をしていたので、それはアメリカの国益を損なったというのです。
ですが、自分たちは人権や軍事を通商交渉のカードにする、つまり通商交渉で良い条件を引き出すまでは人権、つまりウイグルや香港の問題、そして軍事、つまり尖閣や南シナ海の問題で徹底的に中国を追い詰めるというのです。
一見すると、中国と「戦ってくれている」ので、日本の保守派から見るとカッコイイわけで、だからこそ「トランプ様バンザイ」とか「バイデンは中国に弱腰」などというスローガンを叫ぶと、ストロングを一気に呑んだような爽快感を感じるのでしょう。ですが、全くの間違いです。
人権や軍事を通商交渉のカードにするというのは、仮に「アメリカ・ファースト」の観点から満足できる段階まで、中国が通商交渉で譲歩しそうな気配を見せたら、その時には香港もウイグルも、場合によったら尖閣も南シナ海も「交渉カード」にしてしまうということです。つまり、何が何でもウイグル、香港、尖閣、南シナ海で徹底的に対決すると言う姿勢では「ない」のです。
交渉の「カードにする」というのは、そういう意味です。ですが、そうした批判をすると、面倒だし複雑なのでトランパーは聞く耳を持たないわけです。ですから、結果的にトランプの術中にはまってしまい、アッサリと騙されるというわけです。
これに加えて日本のトランパーは、同じアジア人でも中韓の人々を見下しています。その延長で、何となくトランプとその支持者は、中韓は「バカにしてくれる」が、日本人は「名誉白人」のように思ってくれていると思い込んでいるようです。これは大変危険な誤解です。アジア系へのヘイトへの危機感が薄すぎると言えましょう。
トランプ派は、基本的に排外主義であり、人種差別的であり、したがって今回のコロナ禍の中では、アジア系へのヘイトをやっているのも、基本的にトランプ派か、それに近い連中です。そして、日本人も散々そのターゲットになっているのです。この点について、認識が甘すぎます。
そもそも、極右的発想法というのには国境を越えた友情などというものはないのです。「おう、お前も「自国ファースト」か、俺もだ、仲良くしようぜ」などという「意気投合」というのは絶対に起こらないのです。何故なら、「自国ファースト」はあくまで「自国だけ」がファーストだからです。
歴史を見ても、例えばムッソリーニはヒトラーを嫌っていましたし、ヒトラーはムッソリーニをバカにしていました。ヒトラーのことを「格好良い」などといって心酔していたのは、松岡洋右ぐらいで、その松岡はスターリンにも心酔して、日ソ不可侵条約を結び、国家丸ごと騙されるという醜態を演じたわけです。
とにかく、日本のトランプ現象は見過ごせません。言っても聞かない連中だから、華麗にスルーが吉、という話では済まされないものを感じます。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より一部抜粋)
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