2022年度以降の高校の履修科目で、これまでの「現代社会」を廃止して「公共」という科目が新設されます。しかし公共では、「基本的人権の保障」や「平和主義」の項目が削除されていることが問題視されています。その背景には何があるのでしょうか?(『らぽーる・マガジン』原彰宏)
※本記事は、『らぽーる・マガジン』 2020年7月13日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会に今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
18歳からの選挙権を見据えた変更?
中央教育審議会の専門部会は、2022年度以降に導入する高校の次期学習指導要領の地理歴史・公民について、「現代社会」という科目を廃止して「公共」という科目を新設するとしています。
学習指導要領とは、文部科学省から、幼稚園と大学を除くすべての学校で教える内容を定めたものです。国公立や私立に関係なく影響を及ぼすものです(私立は比較的影響力は弱い)。
小中高別に教育教科が規定されていて、第2次世界大戦後の1947年から大幅改正、一部改正が繰り返されてきています。
小学校で戦前の「修身」が廃止になったり、家庭科が男女共修となったのは1947年の学習指導要領によるものです。
今回、当メルマガで注目する高校科目は「公民科」です。
現行の学習指導要領(直近2018年改定)では、公民科は「現代社会」1科目か、「倫理」「政治・経済」の2科目が必修となっています。
この中で「現代社会」という科目がなくなり、2022年度から順次導入される必修科目が「公共」です。「現代社会」が「公共」に変わるのです。
文部科学省の説明では、18歳から選挙権が与えられたことから、高校生のうちに社会のさまざまな活動に参画できる力を養う必要があるとして「公共」という科目を新設したとしています。
「公共」では、法律や経済の仕組みに加え、社会保障の現状などを学び問題点を理解することを目的としています。「現代社会」を廃止するのは、その学習内容が重複するためとしています。
また、現行の学習指導要領(直近2018年改定)では、地理歴史科は「世界史A」「世界史B」から1科目、「日本史A」「日本史B」「地理A」「地理B」から1科目が必修となっていますが、これらすべてを「地理総合」「地理探求」「歴史総合」「日本史探求」「世界史探求」に変更します。
世界史必履修を見直し、世界とその中における日本を広く相互的な視野から捉え近現代の歴史を考察する「歴史総合」、持続可能な社会づくりを目指し、現代の地理的な諸課題を考察する「地理総合」を必修として設定するとともに、発展的に学習する選択科目として「日本史探究」、「世界史探究」、「地理探究」を設定します。
「歴史総合」では、近現代史の理解度が低いことから18世紀以降を中心に日本史と世界史を関連づけて学ぶように指導しています。近代化やグローバル化の流れを学習の中心に据えるものと説明しています。近代以前の歴史も含めてより深く学習する「日本史探究」「世界史探究」は選択科目とします。
「地理総合」も新たに必修科目とし、環境問題など、全世界が直面する共通の課題と国際協力の在り方などを学ぶこととしています。地図情報をコンピューターで加工する「地理情報システム(GIS)」の使い方も学習するようになっています。
選択科目の「地理探究」は世界の民族・宗教や産業、資源などをより深く知ることを目指します。
「公共」というネーミングは適切なのか?
この「公共」というネーミングに、高校教科としてどうしても違和感を感じてしまいます。
「公共」の意味は、社会一般や公(おおやけ)という意味があり「個」や「私」と対置するものとされています。
「公共」を必修科目とするための政府による説明文書には「倫理的主体となる私たち」という言葉が四角囲いで強調されていて、それを考える上で、
・公共的な空間を作る私たち
・公共的な空間における人間としての在り方生き方
・公共的な空間における基本的原理
を中心に据えることが書かれています。
この学習指導要領改訂の背景には何があるのでしょうか…。
Next: 政府は、18歳から選挙権が与えられたことを改訂の理由としていますが――
目的は「道徳教育」の徹底にある
政府は、18歳から選挙権が与えられたことを改訂の理由としていますが、報道などでは、その実は、道徳教育を充実させ、安全保障や領土問題について学ばせるという内容も盛り込まれていることから、安倍政権としては、道徳教育を徹底することが目的とされていると指摘しています。
「“公共”を高等学校における道徳教育の柱にしたい」という考えがあるようです。
小・中学校には週1回「道徳」の時間がありますが、今年から「特別の教科道徳」に変わります。文部科学省は、小・中学校でも高等学校でもすべての教科を通じて道徳教育を重視するとしており、「公共」の新設もその一環となっているのです。
「基本的人権の保障」「平和主義」が削除されている
また歴史教育において、世界史必履修を見直す意図は何でしょう。18世紀以降の近現代史学習は必修として、それ以前の歴史学習は選択としているところに何か政府の意図を感じざるを得ません。
新学習指導要領をめぐる社会科系教育の改革に関しては、科学に関する重要事項を審議し政府に対して政策提言などを行っている「日本学術会議」の議論や提言が大きな影響を与えているとのことです。
日本学術会議とは、日本の国立アカデミー(政府より金銭的支援や公認を受けて学術的な研究活動や学術分野における標準化を行っている学術団体)であり、内閣府の特別の機関の1つとなっています。
内閣総理大臣が所轄し、その経費は国の予算で負担されますが、活動は政府から独立して行われるとされています。
従来の「現代社会」は、社会の仕組みなどを客観的に学びますが、「では、君はどう行動するのか」と問いかけるものになっていないのではないか、という認識が背後にあります。
つまり、「現代社会」の科目は、生徒の価値観や生き方の選択を、あくまでも側面から支えることを主としていますが、新たに導入される「公共」という科目は、道徳教育が柱にあり、自分の国を愛することを目的と定められていて、個人の価値観や生き方に直結するものとされています。
さらに、「公共」の学習内容を見ると、現在の「現代社会」で扱っている「基本的人権の保障」や「平和主義」が削除されているのです。
ここまでの事実を並べただけでも、時代が逆行していく怖さを感じてしまいます。読者の皆さんは、このことを、「公共」という新しい必修科目のことをご存知だったでしょうか。
この新しい学習指導要領は、日本全国の高校では2022年度からで随時実施されます。
Next: 憲法学者の木村草太氏は自身のTwitterで、高等学校学習指導要領で――
道徳を理由に人権侵害? 識者はどう見るか
憲法学者の木村草太氏は自身のTwitterで、高等学校学習指導要領で「現代社会」を廃止して「公共」を必修科目として新設することに関して、背景には、この科目を高等学校における道徳教育の柱にしたいという考えがあると指摘し、「公共」の学習内容を見ると、現在の「現代社会」で扱っている「基本的人権の保障」や「平和主義」が削除されたことを取り上げています。
木村草太東京都立大学教授は、2018年6月3日の朝日新聞に、名古屋大学大学院中嶋哲彦教授の「学びの統制と人格の支配(世界6月号)」での、公共という名の下で進められている「道徳」教育の問題に対する指摘している論説を取り上げ、「道徳を理由に人権侵害の懸念」という記事を投稿されています。
新聞記事では「伝統や道徳を理由に、他人の人権を侵害してはいけない」として、「道徳」教育の強化はこうした前提を壊しかねないと述べています。
ジェンダー差別を例に上げて、憲法で守られているジェンダー間の平等が、日本の伝統や道徳がそれに反する性別役割分業を推奨していたとしても正当化されることが起こりうると問題提議しています。
記事の最後の段には、中嶋哲彦教授の「学習指導要領はそもそも法的拘束力を持たない指導助言文書にすぎない」ということを文部科学省は明言すべきだという主張を正論としながらも、実際には教科書検定などを通じて教育現場で指導要領が大きな意味を持つ現実を指摘して、私たちが道徳教育の現場をどうすればよいかを考える必要があると書かれています。
名古屋大学大学院中嶋哲彦教授は、NHKのサイトに「新高校学習指導要領の問題点」(視点・論点)という記事を、2018年4月2日に投稿されています。
その中で、道徳は個人の価値観や生き方に直結するものですから、教科として教えたり、その習得状況で生徒を評価したりすることは適切ではないと指摘されています。
学習指導要領には、「公共」の目標として、生徒が「自国を愛」するようになることを指導すると明記しています。これでは、日本国憲法が保障する思想信条の自由に反して、愛国心をもつよう指導し、生徒の思想信条を評価することになりかねません。
学校教育を通じて、特定の価値観や生き方を押し付けることがあってはならない…とも指摘されています。さらにこの記事では「注意しなければならない」こととして、
ここで注意しなければならないのは、何を学び、何を考えるかということです。人は、自ら学んだこと、自ら考えたことによって、自らの人格を形成します。学ぶこと、考えることは一人ひとりの人格の表現であり、何を学び、何を考えるか、つまり「何のために学ぶか」は、その人の個性、価値観、生き方に直結しています。ここで気になるのは、新学習指導要領では、すべての教科を通じて道徳教育を推進するとしていることです。何を学び、何を考えるかの指導を名目に、生徒に特定の価値観や生き方が押し付けられることがあってはならないと思います。
出典:同上
とも書かれています。
繰り返しますが、この新しい学習指導要領は、日本全国の高校で2022年度からで随時実施されるのです。
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『らぽーる・マガジン』(2020年7月13日号)より一部抜粋
※タイトル、本文見出しはMONEY VOICE編集部による
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