先物取引の商品に昨年「電気」が追加されました。さらに電力改革の一環として今年7月、「容量市場」が新設されました。この動きの大義名分は「安定した電力供給」ですが、真の狙いは老朽化した原子力施設にお金を供給することでしょう。(『らぽーる・マガジン』原彰宏)
※本記事は、『らぽーる・マガジン』 2020年12月7日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会に今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
「電力先物」とは
TOCOM(東京商品取引所)という、商品先物取引を扱う市場があります。そこでは、金・穀物・原油などの先物取引を行うことができます。
先物とは、将来の値段を予想して現在の価格を設定し、それがある指定した期日で上がっているか/下がっているかで、利益が決まる取引です。現在と未来(先のピンポイントの日付を指定します)との価格差が儲けであり、損失になります。いま100円で先物を買った場合、指定された期日に120円になっていれば、20円の儲けです。
先物取引対象にはいろんなものがあり、金(ゴールド)やトウモロコシなどの穀物はよく取り引きされています。原油もありますし、株価や国債の先物取引もあります。
日本国債がいずれは暴落すると思ったら、先物で売りを仕掛けることができます。これが日本国債暴落のきっかけになりそうな気がしますね。
先物取引の対象として“おいしい”のは、価格変動が大きいものです。商取引での「先物」の位置づけは、取引価格が変動して安定しないものを、予想に基づいた価格を設定して取引ができるということです。価格変動のリスクは、投資家が負います。
この対象商品に昨年、「電力」がラインナップされました。つまり電力価格も、大きく変動するものであるという認識なのでしょう。
通常取引の「スポット市場」
電力取引は「スポット市場」と呼ばれます。これは、翌日に発電、もしくは販売する電気を前日までに入札して、売買を成立させる取引です。
ポイントは「入札」です。
誰が売るのか。それは、発電会社や一般電気事業者(東電、関電など北海道から沖縄までの10社)です。この売り手は、2016年4月1日に電気小売業への参入が全面自由化されました。そのため、消費者が電力会社や料金メニューを自由に選ぶことができるようになりました。
誰が買うのか。それは、新電力会社や一般電気事業者です。
これらは、通常の商売において「仕入れ」と「売値」の関係のようなものです。
再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT制度)とは違います。固定価格買取制度(FIT制度)は、太陽光発電等で家庭などで発電した電力を、国が定めた価格で電力会社が買い取ることを義務付けたものです。
ご存知の方も多いでしょうが、電力会社が買い取る費用は、みなさんの電気料金に上乗せされています。「総括原価方式」で電気料金が決められているのは、このメルマガでもご紹介しました。
電気料金はかかった経費に利益を乗っけて算出されています。経費が膨らめば電気料金が上がります。電力会社の懐は痛みません。この方式に、関係業者も乗っかっているわけです。
どこで取引しているのかというと、日本卸電力取引所(JEPX)です。
取引は、30分間の使用電気量を1コマとして、1日48コマ取引されます。最低取引単位は1コマあたり500kWh。kWh(キロワットアワー)は、流れた電力の総量、この場合は30分間に流れた総量という意味です。
例えば、10Wの電球を10時間点灯した場合も、100Wの電球を1時間点灯した場合も、同じ100Whの電力を消費します。kWは瞬間の電力、kWhは使った(発電した)電力量になります。
ちなみに500kWhは、50A契約で、月額電気料金が16,000円ぐらいになる使用量です。30A契約の家庭での月9,000円弱の電気料金だと、約300kWh使用している感じです。
売り手(発電会社や一般電気事業者など)と、買い手(新電力や一般電気事業者など)は、取引日(通常は受渡日の前日)までに売りたい量と価格、または買いたい量と価格の組合せを、ネット経由で札入れします。
入札方式は、次のようになっています。
取引日の午前中に、卸電力取引所は48コマ全ての売り札と買い札を価格と量に応じて積み上げ、需要曲線と供給曲線が交わる均衡点をコンピュータが計算します。そして、1コマにつき1つの約定価格を決定します。たとえ約定価格よりも安い売値を入れた売り手も、高い買値を入れた買い手も、全員がこの約定価格で取引をします。「シングル・プライス・オークション」と呼ばれる価格決定方式です。
取引手数料は、約定した量に対して、売り手と買い手それぞれ1kWh当たり0.03円です。
電力スポット市場では、日々の電力需要と供給状況の変化により、時々刻々と市場価格が変動します。通常は、平日昼間の時間帯が最も高く、休日や夜間は安くなります。季節によっても価格は変わり、需要の大きな真夏や真冬は高くなります。
東日本大震災以降、原子力発電所の稼働停止による供給力不足から市場価格は高値で推移しています。残暑が厳しいときなどは、この価格は高騰することになります。
このスポット(spot)価格が現物価格となり、これに対して先物(future)価格という取引が昨年設定されたのです。
Next: 原子力発電所の修繕費用のため?新設された「容量市場」の役割とは
再生可能エネルギーが電気市場のバランスを破壊?
容量市場とは、今までのスポット市場での卸電力市場で取引されている「電力量(kWh)」ではなく、「将来の供給力・容量(kW)」を取引する市場です。
「容量市場」は2020年7月に創設され、オークション方式の取引となっています。「スポット価格」は“使用電気量”に対してお金を支払いますが、「設備容量」は“電気を作る能力”に対してお金を支払うというものです。
2016年4月1日の、事業者間の競争をうながし、電気料金の抑制につなげることを狙いとして、電力小売全面自由化がスタートしました。
新規事業者の参入で、余った電力を売ったり、足りない電力を買ったりする電力の売買についても、ビジネスが活発化しています。
また、太陽光・風力発電といった再生可能エネルギーの拡大によって、再生可能エネルギー電源が市場に投入される時間帯においては市場価格が低下し、全電源にとって売電収入が低下することも考えられます。
ここまでは、市場原理の説明で理解できます。
太陽光発電と風力発電は、風や日照などで出力が変動する自然変動電源(VRE)と呼ばれ、燃料が不要のため、卸電力市場にほぼタダの電気として流れ込んできます。
そして、卸電力市場価格が大きく下がりました。電気の卸価格が安くなるのです。再生可能エネルギーは、一般物流で例えれば、生産コストがほとんどかからないので、販売価格が安く抑えられるのです。
それが先程のスポット価格を決める日本卸電力取引所(JEPX)での、売り手と買い手の価格バランス水準を、大きく引き下げました。
太陽光発電と風力発電は、風や日照などで出力が変動する自然変動電源(VRE)と呼ばれますが、このVREの急増は今後とも必須かつ不可避としながらも、VREを増やせば増やすほど、その調整力を維持することが難しくなると経済産業省は指摘しています。
その結果、天然ガスや火力発電など既存の調整電源は市場に参入できずに稼働率が下がるうえに、市場価格も下がる傾向になるとしています。
そして価格が下がると、新規の調整電源の投資が進まず、既存の電源の維持も懸念される事態になってきたというのです。
つまり、既存設備修繕や新規発電所建設のコストが賄えなくなるというのです。
政府の結論はいつも「原子力発電所が必要」
ここに、政府は「将来にわたる安定供給」という概念を押し出してきました。
電力供給量の内、再生可能エネルギーが占める割合が増えると、電力価格は安くなり、既存電力が維持できないというのです。
それは、老朽化した原子力発電所の修繕ができないということになります。
そうなると、異常気象や万が一の事故・トラブルによる広域停電など安定供給も懸念され、その解決策の1つが「容量市場」という論理です。
「容量市場」創設の理由
容量市場導入の大義名分は「将来にわたる電力の安定供給」です。この大命題のために「安定供給には多様な電源(発電所)を持つことが重要」として進められています。
さらに、電源の新規建設や改修を行うためには、長い期間が必要ですが、先行きの見通しが立たないと事業はなかなか進まず、この状態を放置すると電源への投資が適切に行われず、安定供給が損なわれ、それに伴う電気料金の高騰が起きる可能性があるとしています。
そして、価格が変動しやすくなるスポット価格ではなく、予め必要な供給力を確実に確保する手段を取っておこうということで、「容量市場」創設が必要だということになっています。
市場とは言いながらも、株式市場とか為替市場と言った金融市場の市場ではなく、単に、電力の価格を決める場所ということになります。あくまでもイメージですが、「市場」は「しじょう」ではなく「いちば」なのでしょうかね。
Next: 余分なコストは電気代を払う消費者が負担?
「容量市場」での取引
スポット市場では、以下の通りでした。
誰が売るの……発電会社や一般電気事業者
誰が買うの……新電力や一般電気事業者
どこで取引しているの……日本卸電力取引所(JEPX)
一方、容量市場では、次のようになります。
誰が売るの……発電会社や一般電気事業者
誰が買うの……新電力や一般電気事業者
どこで取引しているの……OCCTO(電力広域的運営推進機関)
OCCTO(オクト)を介して取引が行われることになります。つまり、買い手からOCCTOがお金を集めて、それを売り手である発電事業者に、発電量に応じてお金を渡します。
この買い手と売り手とのやり取りで、何らかの費用負担が生じたら、それは消費者が負担することになっています。
同じkWでも、異なる発電事業者の収益と小売事業者の費用負担というものが発生します。理論上では、容量収益と容量拠出金ははが相殺されるとしていますが、これが理論通りにいかない場合は、その費用は消費者が負担することになっています。
その理論通りにはいかないケースは予見可能性は低く、数年間は続くのではとの見方があるようです。なんだかなぁ…と思ってしまいます。よくわからないけど、消費者にとって得な制度なのでしょうか。
すべてこの「将来にわたる電力の安定供給」という、錦の御旗のもとに行われていることです。
コロナ騒ぎの中で行われている「容量市場」
「容量市場」は経済産業省主導で行われています。もちろんOCCTO(電力広域的運営推進機関)は経済産業省が作った機関です。
電源新設・入れ替えが計画通りに進まず、将来、供給力が需要に対して十分に確保されないことを懸念して「容量市場」が導入されるとなっています。電力供給の不安定さから、電力価格の高騰や災害時の停電などを防ごうというものです。
この制度の対象は、固定価格買取制度(FIT)の支援を受けている再生可能エネルギーと売電しない自家発電は除きます。それ以外のすべての電源が応札できます。
それは原子力発電も除外されないということです。すなわち、既存の老朽化した原子力発電所の修復も必要ということに繋がり、さらには原子力発電所新設も否定するものではないということです。
これが、コロナ騒動の中で、もう動き出しているのです。マスコミは一切報道しません。少なくとも、私は目にしたことはありません。コロナ騒動の影で、こんなことがきっとたくさん行われているのでしょう。後期高齢者の医療費自己負担率引き上げの話もありました。火事場なんとかではないですが、いったいどうなっているのでしょうね。
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- 老朽化した原子力施設にお金を供給するための「容量市場」(12/7)
※本記事は、らぽーる・マガジン 2020年12月7日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会に今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
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