今年のラマダーンは、我が家にとっても大きな試練がやってきました。我が家というよりは私個人に、といった方が正しいかもしれません。
最初は、1年半勤めたメイドが、5月始めに突然変なことを言い出したことです。
「この家にはジン(アラブの魔人)がいる。夜に私の部屋に出てきて、金縛りで動けなくなる。国に帰りたい」
と言うのです。我が家ではすで子どものうち4人が高校を卒業し(多くのアラブ諸国では成人とみなされる)、ひとりは春先から働き始めています。家に残っているのは16歳の次女と私だけ。家が汚れるわけでもないし、食事の量も洗い物もわずかで、仕事なんて大してありません。給与は他の家以上に払っているし、私や娘がひどい仕打ちをすることもないし、それほどメイドと親しくも話さないので、この家に文句をつける理由が見つからないまま、メイドは国へ帰る理由をあれこれ探したのでしょう。そこで、魔人を持ち出して下手な芝居を打ったのです。最近のメイドの隠れた悪習は、ラマダーンのように夜昼なく食事の用意をさせられる期間には、働きたくないことです。だから、その直前にどんな理由をつけても帰国できるよう図ります。実際、私が、
「ジンなんかいるわけないでしょ。怖いなら電気をつけたまま寝てもいいし、クルアーン(編集部注:コーラン=イスラームの聖典)を流してあげるわ」
と言っても断ります。部屋にクルアーンを置いたり、部屋でCDを流してあげても、メイド本人が途中で止めています。ジンはクルアーンがある場所には出没できないし、ラマダーン中も人間世界に出てくることはできないので、メイドとしてはその理由付けをした限り必死だったでしょう。
そのうち、「金縛りで体が痛くて仕事ができない」と言い始め、ベッドに寝転んだままハンガーストライキを始めました。呼んでも返事もしない、目も開かない、ベッドでごろごろ動いているから死んでないのはわかってますが、食事も摂りません。仕方なく3日目に医者に連れて行くと、医者はそんな例を腐るほど見ているのでしょう。ぞんざいに熱と脈を測り、目と喉を診て「何も問題ないよ」と面倒臭そうに栄養注射してくれました。病院では普通に歩いていたり、待合室のメイドたちのジョークに笑っていたのに、家に戻るとまたゾンビに戻り、働かないどころか、ベッドから一歩も動きません。仕方なく、翌日に身体を引っ張って起こし、床に座らせ、こちらの条件を出して呑むか訊くと、「わかった」と言って渡したばかりの給与と自分で買った金のチェーン、家からもらったものを全部差し出すので、その日にチケットを買って帰国させました。
さあ、そこからはメイドのいない生活です。夏休みで文化センターの仕事がないため、別にメイドがいなくたって、私だけでも何とかなるのですが、ラマダーンは日常の月よりずっと大変で、「メイドがいなければギリギリだな」と予測していました。この灼熱の真夏気候と、ラマダーンという食生活が夜昼ひっくり返る断食月と、おまけに近所と食事の送り合いをするため4軒分の食事を用意しなければならないこととを加味すると、「自分に出来るか??」と自問の繰り返しです。
しかし、昨年も一昨年もラマダーン月の半分は旅行していたので、今年もイタリアでインターンシップをしている次男を訪ねて、家族旅行をしよう計画を立てました。半月ならなんとかなる! と鉢巻を締めなおして、私のラマダーンは始まりました。
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『アラブからこんにちは~中東アラブの未知なる主婦生活』
国際結婚して24年、アラビア湾岸にあるUAEから5人の子育て、地域活動、文化センター設立などを通して、アラブ世界を深く鋭く観察し、エッセイで紹介。
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