なかに入ると、そこには、カウンターにテーブルに鴨居にと、色とりどりなソフトビニール製怪獣がぎっしり並んでいた。
どれも心のなかに隠しておいた「ひみつきち」を開けてしまうほどのワクワクを禁じ得ない、おぞまし&かわいいフォルム。ここはキモ愛らしい極彩色クリーチャーたちに囲まれてお茶やお酒、バツグンにおいしい軽食をいただけ、さらに同好の士たちとの話がはずむ、大人も子供も、そして「おとなこども」も楽しめるお店だ。
しかしながら、ここは単なる「怪獣酒場」ではない(単なる怪獣酒場という言い方もヘンだけれど)。いまでは飲食業界のいちジャンルをなすほどになった、昭和時代のヒーローグッズを並べたレトロ系の居酒屋とは、まるで趣旨が違う。決定的に違うポイントは、これら怪獣が「オリジナル作品」であること。ここは、新進の作家たちがうみだしたオリジナル怪獣が常設展示された、おそらく日本で唯一であろう、怪獣芸術のギャラリーカフェなのだ。そして、怪獣がオリジナルなのだから、特撮番組の専門知識が皆無であっても臆することなく入店できるのがうれしい。
ここ「大怪獣サロン」のオーナーは、中野貴雄さん。秘宝的映画好きなら知らぬ者なしの、泣く子も濡れる映像クリエイター。ピンク映画や「サワリーマン金太郎VS痴女軍団」「花弁の忍者 桃影 忍法花ビラ大回転」などなどお色気Vシネマの演出や脚本、また、キャットファイト団体「ギャルショッカー」を起ちあげバトルライブイベントを興行するなどなどモンドな世界で名を馳せ、現在は7月14から放送を開始した「ウルトラマンX」(テレビ東京系)の構成と脚本を担っている。
「むかしは特撮ヒーローもののエロなパロディをやっていた人間が、いまは公式にウルトラマンの本編に携わっているのですから、人生は何があるかわかりませんね」
中野さんは、しみじみとそうつぶやく。
そんな中野さんがこの大怪獣サロンを開いたきっかけは、とても意外な理由だった。
「僕はいま52歳で、糖尿病なんですよ。原因ですか? お酒はそんなに飲まないんですけれど、永年の不摂生がたたりましてね。一種の職業病です。それで妻(キャットファイターの春咲小紅さん)が僕の身体を気遣って、野菜がたっぷり入ったカレーなど、健康的なメニューをたくさん作ってくれるようになりました。これがとっても美味しくて、仲間からも評判がよくってね。『だったら70年代の怪獣ブームに影響を受けた人が集まって、美味しいものが食べながら語りあえるスペースを作ろう』と思ったんです」
なんときっかけは、糖尿病。
確かにやつは、倒すのは不可能に近いと言われるしぶとい強敵怪獣だ。
そうしてレセプションオープンしたのが2011年の6月。
はじめは現在のこの場所とは違い、お隣のBARを水曜日だけ間借りしていたのだそう。
「はじめから怪獣というコンセプトでしたね。ただ、現在よりずっとマニアックな雰囲気でした。敷居が高い? 敷居が高いって思われがちですけど、僕ら、普通のBARの方がよっぽど入りにくいですよ。ぜんぜん知らない単なる呑み屋って、入れます? 僕はコンセプトBARの方がお客さんが入りやすいと思ったんです」
確かに! 街はずれの、なんてことないBARのほうが情報なさすぎて圧倒的に入りづらい。怪獣という誰もが知るコンセプトがあるからこそ、むしろお客さんを選ばないのだ。