「カミさんは『何を考えてるのよ』と言うし、勤め先でも、いきなりやめると言ったから『何か悪いことでもやったのか?』と(笑)。でも、初めてここの湯に手を入れた瞬間、ビリビリと電気が走った感じがしたんです。もちろん何度も入浴させてもらっていましたし、すごくいいお湯だということも感じていました。だから、この温泉が無くなっちゃうのはマズいぞ、と。だって、あの歴史のあるお風呂も壊しちゃうって言うんだから。もったいないですよね」。

(この宿の象徴でもある混浴総檜風呂)
戸籍を変えてまで守った湯は、宿の代名詞でもある混浴総檜風呂(女性時間あり)と貸切露天風呂(予約不要・無料)、新たに完成した女性風呂(男性時間あり)にあふれている。各風呂は温度も違い、同じ源泉ながら浴感が微妙に異なる。もっともフレッシュなのは混浴風呂の大浴槽で約43度、同じく小浴槽は40度で少しやわらかな肌触りだ。新しい女性湯は41度でその中間くらい。貸切風呂は、湯船に入ると温泉がザバーっとこぼれ出る。僕もまた、混浴檜風呂の大浴槽に入ったとき、ビビビと電気が走る思いがした。

(ご主人の福田さん。いい笑顔です)
「一浴珠の肌の湯を体験して欲しい。とにかくお湯には自信があります」
と、元銀行マンの宿主は胸を張った。こうして沢渡温泉の名宿「まるほん旅館」は今に続いているのである。守ってくれてありがとう、と言いたい。(2015年発行『旅の手帖』記事に加筆して掲載)
image by: 飯塚玲児, まるほん旅館公式HP
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