因みに、汲み取り式トイレの屎尿の最終処理は現在では前記浄化槽と同様の処理が施設で集約的になされているが、2007年の国際条約締結以前は普通に海洋投棄されていた。海に屎尿を捨てるなどぞっとするような話だが、これが海の植物にとっては貴重な栄養塩(窒素やリン)となっていたようなのである。
この栄養塩が不足すると、例えば海苔は窒素同化ができなくなるために色素合成が進まず薄い黄色のようなすすけた色になってしまう。ここのところ全国的に海苔は不作続きである。また、食物連鎖のピラミッドをその最底辺において圧倒的な数で支えている植物プランクトン(所謂、珪藻類)も栄養塩類なくしては生きてはいけない。瀬戸内海のある調査対象海域では採取した海水サンプルからこの数十年で植物プランクトンが激減していることが分かった。底辺なくしてピラミッドが成り立つ筈もない。
そこで近年、海を汚す試みが日本各地で行われている。例えば、海苔の産地淡路島では10年ほど前から農業用の溜め池に堆積したヘドロを採っては海に流している。また他のある自治体では処理場において下水浄化の性能を敢えて抑え、多少の栄養塩類を含んだ状態で海に流したりしている。きれいになった日本の海は、いよいよ栄養管理の時代に入ったのである。
つまり、きれいな海から、きれいで豊かな海へ、と変えていかなければならないということである。そのためには環境面、観光面、産業面といった多角的な視点から科学的なデータに基づいた議論が寛容の精神の下なされなければならない。 「水清ければ魚棲まず」。昔の人は能く言ったものである。
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