しかし、そうした退廃した状況のみが、戸山ハイツにあるのではない。高齢の住民の地縁を結び直す住民組織「戸山未来・あうねっと」の活動が注目される。これは、東京家政大学女性未来研究所と、NPO法人 白十字在宅ボランティアの会による暮らし、健康、医療、介護の相談を無料で受ける「暮らしの保健室」との3ヶ月の共同研究から始まり、団地内のニーズを探る全戸アンケート調査、住民参加のワークショップにとどまらず、集いの場をつくる実践、「カフェあうねっと」へと発展した。

戸山いつきの杜。「カフェあうねっと」の活動拠点
2018年5月から4号棟内居宅介護、デイサービス及び地域交流の複合施設「戸山いつきの杜」で、毎週土曜日に開催されている「あうねっと」は、新宿区の事業として運営されている。「ふまねっと運動」という、介護や認知症を予防する効果のある運動を中心に、カフェタイムなども設けられ、具体的な住民の交流が進められてきた。
「ふまねっと運動」とは、北海道教育大学釧路校で開発された、50cm四方のマス目を床に敷き、網を踏まないように、さまざまなステップを学習しながら、歩行のバランスを取ってゆっくり慎重に歩く運動だ。コンスタントに参加するメンバーは20名ほどで、平均年齢80歳を超える介護保険の要支援1、2の人たち。これまでは同じ棟に住んでいても挨拶すらほどんど交わさなかった人たちが、友達になるケースもある。
新型コロナの影響で休止を余儀なくされても、リーダー会を中心にコミュニティ紙の「あうねっとだより」を発行したり、手作りマスクを配布したりしつつ、同時に電話を掛けて、メンバーの様子を確認している。

「カフェあうねっと」の休止中は、「あうねっとだより」を発行。提供:東京家政大学女性未来研究所・松岡准教授
東京家政大学人文学部教育福祉学科の松岡洋子准教授は、「戸山ハイツの方々が、戸山ハイツの方々に届ける、地域密着のまさに住人同士の助け合い。コロナのおかげでボランティアさんの絆も強まった」と力強く語る。
ボランティアには松岡ゼミの学生も参加する。高齢者たちが、普段は出会わない若い人たちと交流して、双方が刺激を受けるのも「あうねっと」の良さである。
「戸山ハイツが好き、良くしたいと考えている人が住民の80%を上回っている」と松岡氏は強調する。しかし、そうした住民の力を引き出すには、大学、自治体のような第三者の継続的な支援が必要だ。
戸山ハイツの住民が気軽に集まれる、前出・新中野テラスに造られる共用ルームの拡大版のようなコミュニティカフェができないものか。住民の交流が進み、信頼関係が結び直されれば、村山氏が強い危機感を抱く、防災問題の解決の糸口も見出せるのではないだろうか。
image by: 長浜淳之介