政府へのコロナ追及は「水掛け論」。その語源の伝統芸能が危機に

 

‥‥そんなわけで、あるところに先祖代々コメ農家の男がおりました。結婚して子どもを授かりましたが、女の子だったため、婿(むこ)をもらいました。男は広い田んぼの半分を婿に任せ、自分は残り半分を担当しました。細い畔(あぜ)を挟んで、西側が婿の田んぼ、東側が舅(しゅうと)の田んぼです。これでも仕事が半分になったので、舅はたいそう楽になりました。

そんなある日のこと、しばらく日照りが続いていたため、田んぼが心配になった舅が見回りにやって来ると、自分の田んぼの水が干上がっていました。しかし、隣りの婿の田んぼには水がたっぷりと張られています。よくよく見ると、舅の田んぼから婿の田んぼへと水が流れるように畔が切られていたのです。

自分さえ良ければいい。まさに「我田引水」です。これに激怒した舅は、婿がやって来るのを待ち構え、怒鳴りつけました。しかし、婿は謝らずに反抗的な態度で屁理屈をこねたため、舅の怒りは頂点に達し、思わず手にしていた鍬(くわ)を婿の田んぼに叩きつけてしまいました。すると、その弾みで田んぼの水が跳ね上がり、婿の顔に掛かってしまったのです。

これにカッとした婿は、田んぼの水を手ですくって舅の顔に掛けながら罵倒し、舅も負けじと水を掛け返して怒鳴りつけ、言い争いは延々と続いて行きました。そこに娘が様子を見に来たのですが、娘の顔にも水が掛かってしまったため、今度は娘まで加わって、3人で相手を罵りながら水を掛け合い、そのうち泥の掛け合いにまでエスカレートしてしまいました。

これが、日本の伝統芸能「狂言」の『水掛聟(みずかけむこ)』という演目で、「水掛け論」という言葉の由来でもあります。また「水掛け論」に似た言葉「泥仕合」は、これまた日本の伝統芸能「歌舞伎」で、舞台に泥田を作り、その中でお互いに泥まみれになって立ち回りをすることを指す言葉が語源です。

そんな「水掛け論」ですが、英語ではいろいろな言い方があります。一般的なのは「endless argument(エンドレス・アーギュメント)」、「アーギュメント」とは「感情的な議論」というニュアンスの単語です。通常の議論や討論は「debate(ディベート)」ですが、「水掛け論」の場合は「アーギュメント」のほうがニュアンスが近くなります。そして、この「endless argument」がもっとエスカレートして、水の掛け合いが泥の掛け合いになると「endless battle(エンドレス・バトル)」になります。

他にも「実りのない議論」という意味で「fruitless argument(フルーツレス・アーギュメント)」と言ったりもします。でも、最も「水掛け論」のニュアンスに近くて面白い表現が「he-said-she-said argument(ヒー・セッド・シー・セッド・アーギュメント)」です。直訳すると「彼はこう言った彼女はああ言った議論」という感じでしょうか? そして、これもエスカレートすると「he-said-she-said battle(ヒー・セッド・シー・セッド・バトル)」にレベルアップします。

そんなわけで、耳馴染みのある「水掛け論」という言葉も、英語で「he-said-she-said battle」などと言うと、どこかの横文字好きの東京都知事と、流し素麺のような涼し気なヘアスタイルの官房長官の顔が浮かんで来てしまいますね。でも、そんなことより、あたしたちが目を向けないといけないのは、日本の伝統芸能です。落語や歌舞伎は裾野が広いので何とかなるとしても、能や狂言は存続の危機なのです。国民から巻き上げた甘くて美味しい税金を「附子(ぶす)という猛毒じゃ」と嘘をついて独り占めするような総理大臣など今すぐに消えてもらっても構いませんが、ユネスコ無形文化遺産にも指定されてている能や狂言は、後世へ伝えるべき大切な日本の財産なのです。(『きっこのメルマガ』2020年8月5日号より一部抜粋)

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