その分断化・ブロック化の動きから少し距離を置き、自らの立ち位置の確保に躍起になっているのが、エルドアン大統領のトルコです。
ご存じの通り、トルコはNATOの主要メンバーであり、その空軍基地にはNATOの核弾頭が保管されているという重要戦略拠点ですが、オバマ政権末期からトランプ政権下において、ロシアと接近してS400ミサイルを購入することで、アメリカに揺さぶりをかけたり、アメリカとの微妙な距離を保ったりしつつ、トルコが目指すクルド人排除を淡々と進め、シリア問題解決のカギを握り得る位置に身を置いています。
そして、今回のイスラエル(とアメリカ政府)が進める中東反イラン包囲網の成立のカギを握るサウジアラビアの弱み(特にカショギ氏殺害事件の様々な証拠)をチラつかせることで、中東地域の勢力図の書き換えを阻止しようともしています。
また、欧州各国に対しては、シリア難民を巡る措置(欧州への渡航を止めるか否か)を盾に、東地中海での天然ガス田の権益問題や、キプロス周辺の領有権問題などにおける駆け引きを有利に運ぼうとしていることから、意図的に欧州各国による中東問題への介入を鈍らせているという戦略も取っています。その裏には「中東地域のバランスと主導権は、誰でもないトルコが握るのだ」という、まるでオスマントルコ帝国の再興を望むようなエルドアン大統領の意図が透けて見えます。
そのためにイランに対しても、シリア問題を通じて、各論では対立があるものの、総論ではイラン支援をロシアとともに行い、アメリカ・欧州・イスラエルによるシリア“支配”を阻止し、シリアにおけるイランの権益をサポートするような動きを見せることで“恩”を売っているように見受けられます。COVID-19の影響とアメリカ主導の経済的な締め付けの影響で、トルコ経済は苦境に瀕していますが、それでも地域におけるcasting voteの立場は死守しているように感じています。
そのような微妙なバランスの存在が、今、中東地域を最大の危機に陥れています。
世界レベルでは、米中の対立が激化し、私も何度も触れたように、南シナ海を舞台にした米中武力衝突の可能性がクローズアップされていますし、中国共産党による台湾への“攻撃”があったら開戦の可能性は高まりますが、それ以上に戦争に発展しそうなのがイランとアメリカとその仲間たちの間でのバランスゲームだと思われます。特にサウジアラビアも含めてアラブ諸国が反イランで固まり、そして“憎き”イスラエルと和解するような事態になれば、いつ戦争が起きてもおかしくない状況になります。
何しろ、ここにも米中の睨み合いが存在するのですから。そして米中双方にとって、自国を戦場にすることなく、覇権国同士の争いができる、言い方は変ですが、貴重な機会に思われます。
中国も石油権益への融資などを通じて中東諸国の取り込みを行っていますし、イスラエルと中東各国を別のサイドからにらむことが出来るジブチの軍港に軍事拠点を築いていますので、同地域を戦略的重要拠点と位置付けるアメリカと対決する準備は着々と進められているとも言えるかもしれません。
アメリカ大統領選挙が11月3日に開催されますが、もしトランプ陣営が起死回生の一発を狙っているのだとしたら、中東地域を舞台にした“新たな”そして“終わらない”戦争がまた始まってしまうかもしれません。
米中双方に対して外交努力を重ね、イランを含む中東地域にも影響力を拡大した安倍外交が終焉する今、日本は有事の際、どのような対応を取るべきでしょうか。ユニークな立ち位置に立っている日本外交が、新しい総理と政権の下でどう振舞うのか、非常に注目し、期待したいと思います。
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