われわれの社会が妄想状態に
フランセスは様々な妄想患者の診断と治療に当たってきたが、最も一般的なのは「被害妄想」で、
- どこにでも自分の敵がいる
- 外部から働く何らかの力が自分が抱えるトラブルの原因だ
- 私が失敗するのは自分のせいではなく、誰かが自分を失敗させたのだ
と考える。
その裏返しが「誇大妄想」で、
- 自分はひときわ優れた人間だ
- 自分には並外れた力がある
- 自分が失敗するはずがない
- 自分は何をしても神々から許される
- 自分が誰かを傷つけなければならない場合、その人たちが傷つくのは必要なことだ
などと考える。
個人の妄想が及ぼす被害は限られているが、米国のような大国の社会が妄想に陥ると、とんでもない壊滅的な害を及ぼす。
「こうした妄想的な考えから直ちに目覚めなければ、われわれは修復のきかない世界に住むことになろう」。
個人にせよ社会にせよ、なぜ妄想に駆られて異様な行動に走るのか。フランセスによれば、それは進化の中で形作られてきた脳の4層構造と関係がある。
▼爬虫類脳――爬虫類時代に進化した、呼吸、食欲、血流など最も基本的な生命維持の機能は、今も同じ形で働いている。
▼哺乳類脳――恋愛、子育て、体温調節など。
▼霊長類脳――感情、家族、社会構造など。
▼人間脳――言語、抽象的思考、将来計画、理性的な意思決定など。
爬虫類脳は本能系、哺乳類脳・霊長類脳は大脳辺縁の情動系、人間脳は最近発達した大脳新皮質の機能で理性系――と一応区分して理解するのだろう。恐怖、快楽、怒りなどを司る情動系の中枢は扁桃体で、これが皮質の理性的な判断による制御を経ることなく自動的に機能するので「恐怖、怒り、快楽追求が長期的な視野に立った理性的な意思決定をする際に悪い影響を与えている」(フランセス)。それがトランプの下で米国社会全体が妄想状態になってしまった脳生理学的なメカニズムである。ツイッターなどSNSによる断片化された言葉のやり取りの横行がそれを助長した。