昨年末、Eテレ売却でNHK受信料を半額にするという高橋洋一氏の改革案が話題になりました。電波利権が絡むためか、テレビはこれを報じません。Eテレ売却は何をもたらすのか。「電波(周波数)オークション」というキーワードを元に考えます。(『らぽーる・マガジン』原彰宏)
※本記事は、『らぽーる・マガジン』 2021年1月25日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会に今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
受信料値下げの秘策「Eテレ売却」
菅政権で内閣官房参与に就任した高橋洋一嘉悦大学教授の週刊ポスト(2020年12月11日号)記事が大論争を呼びました。「Eテレ売却でNHK受信料は半額にできる」という内容です。
※参考:菅首相ブレーンのNHK改革案「Eテレ売却で受信料は半額にできる」- NEWSポストセブン(2020年12月3日配信)
Eテレは「NHK教育テレビ」と呼ばれたもので、子供がいるご家庭では『おかあさんといっしょ』でおなじみなチャンネルですね。
当然、この発言に対しては、NHK前田晃会長は強く反論しています。通信料金値下げを強要した菅政権ブレーンの発言だけに、この発言の余波は各方面をざわつかせました。
そもそも「Eテレを売却する」とはどういうことなのでしょう。
この発言を考える上で重要なキーワードを整理しておきます。
「NHK受信料」は当然ですが、この発言が提議しているものとして、「電波オークション」があります。そしてそもそもの「NHKの存在意義」「公共放送としてのNHKのありかた」が問われているようです
このたび、NHKは「3ヵ年経営計画」を発表しました。特殊法人であり、総務省が所管する外郭団体であるNHKとは何なのか?そういった本質的な部分に、今回は踏み込んでいこうと思います。
番組は存続? Eテレ売却とは「Eテレ周波数帯の売却」
まず、Eテレを売却するということはどういうことなのでしょう。
Eテレで放送されている教育番組をなくすことが「Eテレ売却」の意味ではありません。Eテレ放送が使用している周波数帯を売却することなのです。
子供向け番組などのコンテンツはネット配信することで、番組自体は存続します。
ちょっと話は脱線しますが、ネット配信に関して、「ネットに馴染んでいない高齢者やネット環境がない人はどうすればよいのか」という議論がいつも出てきます。
高齢者が全員ネットに弱いという概念はどうかと思いますが、経済的理由でネット環境を作れないことに関しては、確かに配慮は必要かと思います。ただ年齢や知識を理由にネットに馴染めないとか、そもそもIT技術を拒んでいる人への配慮は、本当に必要かどうかは疑問に思います。そんなことを言っている限り、ネットインフラは整いません。
菅政権による携帯電話料金値下げ論議に関しても、キャリアが出してきたのは、ネット契約による料金値下げであることが一部の人からは批判されていますが、人件費カットが料金値下げに直結するわけで、安い携帯料金を契約したいのであれば、ネットに馴染めないことを何とかすることを考えたほうが良いでしょう。FAX導入時も、同じような議論がありましたね。
そもそも政権が携帯料金値下げを強要することがおかしく、格安スマホにすれば安くなるわけで、自分で格安スマホの料金を調べればよいわけです。それが面倒で高い料金を支払うのであれば、それはそれで放置すべきかと思います。そもそも格安スマホの存在を知らないことは「無知税」として、大手キャリアに高い料金を払えばよいという意見もあります。
話を戻しますが、テレビとネットの融合がずっと言われてきています。正式には「通信と放送の融合」になりますが、この前提には、
・インターネット網のブロードバンド化
・放送インフラのデジタル化
・衛星放送(特にBSデジタル放送)の普及
があり、言葉としては「通信と放送を連携させたサービス」となっています。
通信業界と放送業界の相互参入が進展したりする現象として、総務省「平成13年情報通信白書」では、具体例として、
・データ放送
・ホームページによる情報発信
・インターネット放送
・CS放送
・ケーブルテレビネットワーク利用のインターネット接続サービス
・テレビ放送が受信録画できるパソコン
・テレビがインターネットに繋がる環境
となっています。
現在、NHKのテレビ番組は、インターネットでも同時配信されています。NHKの受信料を払っていることが証明できれば、「NHKプラス」で番組を見ることができ、一定期間、見逃した番組を見ることができます。
私は自分のデスクで、PCBモニターで大河ドラマを見ています。なんとなくイメージできましたでしょうか。
Next: NHKが電波を2つ持つ必要はあるか? Eテレ売却論の中身
NHKが電波を2つ持つ必要はあるか?
ここまで電波と通信の話を展開したあとに、「Eテレ売却」の話に戻ります。
Eテレは「あえて1つの電波を独占して地上波で流す必要があるのか」というのが、高橋洋一嘉悦大学教授の主張です。確かに教育コンテンツなどは、インターネット配信には非常に馴染みますね。高橋教授の主張を聞いてみましょう。
・低視聴率の「Eテレ」では、電波という国民の共有資産が有効活用されていない
・ならば電波オークションでEテレの周波数帯を売却し、番組をネット配信すればいい
・周波数帯売却で得た資金を受信料引き下げや経営スリム化の費用に充てられる
流れを考えれば、高橋教授の主張には一理あるように思えますね。さらにわかりやすくいえば、
・NHKの地上波には1号店(総合テレビ)と2号店(Eテレ)の実店舗がある
・しかし、2号店は視聴率が低く、売れ行きが悪い
・同じ商品(番組)はネット販売もしている
・それなら、2号店はネット販売だけにして、店舗は売ってしまう
・そうすればお金も入るし、店舗の運営コストも下がる
・ネットなら多種多様な商品を売ることができるから、消費者(視聴者)の選択肢も増える
これは経営者として当然の判断でしょう。それに論理的に反対できないから、「NHKらしさ」とか、感情的な言葉で誤魔化しているとしか思えません。
Eテレの教育番組を「GIGAスクール構想」に活用
さらに高橋教授は、Eテレの教育番組という役割を、文部科学省がコロナ対策として力を入れている「GIGAスクール構想」を活用すべきだとしています。
GIGAスクール構想とは、以下を中心に据えた教育改革の一環です。
・児童生徒に1人1台の端末支給
・高速通信環境の整備
・低所得世帯への通信費支援
リモート授業やデジタル教科書を推進するものでもあります。
子供たちが1人1台端末を持って家庭でネット授業や教育コンテンツを見ることができる環境が整えられれば、教育番組をネット配信したほうが、年齢や興味に合った番組を選ぶことができます。
あえてNHKが1つの電波を専有する意義がなくなるというのです。
客観的事実として、2019年11月全国個人視聴率調査の結果では、Eテレの視聴率は最高でも2%程度に過ぎないそうです。もちろんコンテンツは、視聴率だけが存在意義の尺度ではないことは理解はできます。
現在のところ、NHKの側は、高橋教授の意見を取り入れることはないようです。したがって、電波の周波数帯売却することもありません。議論の俎上にも登っていないようです。
「GIGAスクール」に関しては改めて検証していくとして、次頁では、もう1つのキーワード「電波オークション」を見ていきましょう。
Next: 利権にメスを。「電波オークション」は納税者の利益につながる
「電波オークション」は納税者の利益につながる
2020年のノーベル学賞受賞者は、「オークション理論の発展への貢献」として、スタンフォード大学のポール・ミルグロム氏とロバート・ウィルソン氏の2人が受賞しました。
オークションといえば「絵画オークション」を想像される方も多いでしょう。若い人には「ヤフオク(ヤフーオークション)」が身近なものかもしれませんね。私もかつて引っ越しで車を手放すときに、ディーラー買取ではなくオークションで高く売った経験があります。
受賞理由は、「電波の周波数の割当など、従来の方法では売ることが難しかったモノやサービスに使われる新たなオークションの制度設計を行い、世界中の納税者の利益につながった」としています。
「納税者の利益につながる」のが、オークション技術だとしています。ここがポイントでしょう。まさに「電波オークション」のことです。オークションに馴染みがなかった、一見難しいとされたものまでもオークションの対象とすることができる研究が、高く評価されたようです。
電波オークションと言われていますが、法律上では「周波数オークション」となっているようで、これは電波法の規制に基づくもののようです。ここでは便宜上「電波オークション」に統一します。
昨年2月の電波法改正案で、「周波数の経済的価値を踏まえた割当手続」では、いわゆる“電波オークション”と呼ばれている仕組みが部分的に導入されました。
これまでの審査項目も継承され、オークションだけで決まるわけではないため、総合入札型ということになります。
電波オークションとは、国などが、電波を地域や周波数帯によって事業免許を割り当てる際に、割当先をオークション(競争入札)方式で決定するやり方です。つまり、より多くの金額を提示した事業者に決定することになります。
電波オークションの導入目的は、電波利用権を財産権として構築することにあります。あくまでも建前の話です。ただ忘れてはいけないことは、国民共有の財産である電波を対象としているということです。
「電波は誰のもの?」に対する答えは、「国民のもの」とならなければなりません。つまり、電波は国民全体の共有資源です。「公共の電波」という表現が、その精神を示したものになります。
総務省は、国民に変わり責任を持って、電波の割り振りを行っているという立場になります。
既存のテレビ局が電波オークションに大反対するワケ
電波オークションとはいえ、誰もがオークションに参加できるわけではなく、電波使用には免許が必要で、そこに利権が生まれます。電波ですから、テレビだけでなく、携帯電話の通信に使う電波もありますね。
理論上、日本テレビやTBS、フジテレビ、テレビ朝日の周波数帯をオークションにかけて、一番高い値段を出したところに周波数を売却することができます。
例えば、ソフトバンクが“兆”という単位の金額で入札すれば、かつて、豪州のメディ王ルパード・マードックと一緒に買収しようとしたテレビ朝日の周波数を、手にすることができます。堀江貴文氏が免許をとってフジテレビの周波数を手にすることも、理論上は可能です。
だから、既存テレビ局は、電波オークションには大反対なのです。冒頭ご紹介したように、NHKも高橋洋一嘉悦大学教授の提案する「Eテレ」周波数帯売却に同意するはずがないのです。
電波は国民の財産で、一部報道局が独占して良いものではないのですがね。だから大手メディアなどは、放送法で縛られているのだとの説明もありますね。
先進国で電波オークションがないのは日本だけのようです。電波オークションのシステムはもともと米国で始まったものですが、1990年代に携帯電話が普及し、今後を見据えて周波数帯を開放して有効に利用しようという意味もあって、電波オークションが始まりました。
日本は電波利権が守られていて、電波の規制緩和はタブーとされています。テレビ局のロビー活動が功を奏していると主張する堀江貴文氏は、自身の経験も踏まえてこう述べています。「電波資源を浪費している」。
地上波のデジタルは40チャンネル分の周波数帯を使っています。県域放送、つまり県域免許で各県に必ず1つはテレビ局があり、そのテレビの周波数が、隣の県とバッティングしないように、わざと使わない周波数帯を保有しているのです。周波数がかぶっていたら、別のかぶらない周波数帯を使うために、わざと使わなくても、多くの周波数帯を所有しているのです。
電波に県境はなく、そもそも県ごとにテレビ局を独立させること自体に無理があるのですが、これは政治家にとっては非常に有利で、地方議員の政治活動の宣伝にも使えますし,何より地方議員の利権の温床にもなるのです。
米国のTVチャンネル数に比べて、日本のテレビ局が少ないのもよくわかりますね。
Next: なぜ電波オークションは導入されない?田中角栄が作った利権は強固
利権作りの名人・田中角栄が絡んでいる
この制度は、田中角栄元総理が郵政大臣のときに作ったものです。
1957年、原則各県1局として、NHK7局と民法36局の合計43局に、一斉予備免許を交付しました。もともと周波数帯という目に見えないところに利権を発生させたのも田中角栄元総理です。ダムや道路などは利権が可視化された典型ですが、利権が可視化されない電波帯域は、国民には誰もわからないですからね。
日本全国に道路を整備するために自動車重量税などを考案したのも田中角栄元総理です。本当に利権システム構築に関しては頭が良い人で、考えれば今の日本社会構造の根本は、ほとんどが田中角栄元総理がシステム構築したもののようですね。
まさに、田中角栄元総理は天才ですね(一応“褒め言葉”としておきましょう)。
ちなみに、今の電波使用料は非常に安いです。売上の数パーセント分しか払っていません。年間売上数千億円の民放キー局の電波使用料は、年間で約6億円強だそうです。地方局はもっと少ないです。
携帯電話会社では、ドコモが187億円、KDDIが115億円、ソフトバンクが150億円だそうです。だから、テレビ局の社員の給料は高く、携帯会社は儲かるのですね。この状況だと「IoT」も進まず、5Gだ6Gだという以前の問題になっています。
なぜ日本は電波オークションを導入しない?
米国では電波オークションで電波帯域の開放、中国では強制的に国家が握りますので、通信インフラが飛躍的に進む一方で、日本だけが、この分野ではフリーズ状態になることが予想されます。
リモートなり遠隔作業なり、おそらく各社工夫して突破口を開いてはいますが、電波オークションが導入され、電波帯域がスムーズに開放されたら、もっと違った動きが見られたはずです。それはスピード感でも違っているはずです。
電波オークションはタブーな領域なので、絶対に地上波では取り扱われない話題ですが、実は推進派もいることは確かなのです。
2020年10月29日の衆議院本会議で、電波オークション実施の考えについて問われた菅総理の答弁を載せます。「メリットとデメリットがある。総務省で引き続き検討する」。なんじゃ、電波オークションはやらないということね…。
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- NHKを考える「Eテレ売却議論から見る電波オークション」(1/25)
- 中小企業の危機はこれから…コロナ息切れ倒産(1/18)
- 問われる資本主義、危ぶまれる民主主義(1/11)
- 新年あけましておめでとうございます(1/4)
※本記事は、らぽーる・マガジン 2021年1月25日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会に今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
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『らぽーる・マガジン』(2021年1月25日号)より
※記事タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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