自民・公明両党が合意した来年度の税制改正大綱おいて、ビール系飲料の税率が10年かけて段階的に統一される方針が示されました。このまま国会を通過すれば、「ビール」は減税となる一方、「発泡酒」「第3のビール」は増税となります。
これまでは350ml缶に対して「ビール」に77円、「発泡酒」に47円、「第3のビール」に28円の酒税が課せられていましたが、これらが全て55円に統一されます。税額分だけ価格が変動するとしたら、平均で「ビール」は221円から199円(▲22円)、発泡酒は164円から172円(+8円)、「第3のビール」は143円から170円(+27円)になります。
要するに、「ビール系飲料」の価格はどれも同じくらいになるのです。本物のビールが飲みたい人にとっては歓迎すべきことですが、少しでも節約しようと晩酌を発泡酒や第3のビールに切り替えていた人にとっては痛い出費増です。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)
プロフィール:栫井駿介(かこいしゅんすけ)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。
発泡酒・第3のビールが消滅? 生き残りをかけた業界バトルの行方
税率統一で「ビールまがい」のメリット少なく
そもそも、なぜ発泡酒や第3のビールか市場を席巻してきたのでしょうか。その理由は、ビールの税率の高さにあります。税率の高さのせいで1缶あたりの金額が高止まりしたため、価格競争に勝てず需要が伸び悩んだのです。
そこで、価格のハンデをなくそうと開発されたのが発泡酒です。ビールとは麦芽比率が67%以上の醸造酒のことを指しますから、麦芽比率を下げればより低い税率が適用され、似たような商品をより安く提供できると考えたのです。
最初はビールと比べると明らかに味が劣っていましたが、開発が進むにつれて改善され、最近のものはビールと遜色がない商品も出てきました。
2003年に発泡酒に対する税率が引き上げられると、さらに麦芽比率を下げた「第3のビール」が開発されました。
これらの企業努力が市場に浸透し、「発泡酒」「第3のビール」を合わせてビール系飲料市場の半数を占めるほどになったのです。
(出典)アサヒグループホールディングス「統合報告書 2015」
しかし、税率が統一されれば、この流れは止まるとみられています。
いくらビールに似ていると言っても、品質はそれを上回るものではありません。もともと税金対策として投入された商品であり、税制改正により価格が横並びになれば、品質で上回る本物のビールのシェアが再び上がっていくでしょう。
近い将来、発泡酒や第3のビールは店頭から姿を消すかもしれません。
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普通のビールが一番儲かる
税率の統一は、ビール会社にどのような影響を与えるのでしょうか。
ビール系飲料に占める「ビール」の割合は、アサヒとサッポロは約6割ですが、キリンとサントリーは4割を下回ります。
「ビール」の比率が高いアサヒとサッポロに有利のように思われますが、経営的な観点では大きな違いはなさそうです。
「ビールまがい」は、熾烈なシェア争いの副産物として生まれましたが、開発費用がかかる上に価格が安く、利益率はビールと比べてどうしても下がると考えられます。1本あたりの利益を考えると、どの会社にとっても「おいしい商品」ではありません。
薄利であっても、数量が売れれば戦略としては成功ですが、少子高齢化やアルコール離れで国内市場は縮小を続けています。減少するパイの中で価格競争を続けても共倒れになるだけですから、本音ではどのビール会社も安堵しているのではないでしょうか。
国内のビール市場では、すでに確立したブランドにいかに付加価値を付けるかが勝負になるでしょう。各社は既存のブランドに「プレミアム感」を出すことに精を出しています。
例えば、キリンは各都道府県の名を冠した「一番搾り」を販売し、親近感を演出しています。これだけなら開発費用もかからず、値下げする必要もありません。
結局のところ、昔ながらのビールを売るのが一番儲かるのです。
アサヒはスーパードライの利益で海外巨額買収
本物のビールで約5割のシェアを持つのがアサヒです。代表ブランドは「スーパードライ」で、同社の利益の大半を稼ぎます。税制改正があれば、大手4社の中で最も得をする会社と言えるでしょう。
しかし、いつまでもその地位に甘んじているわけにもいきません。ここまでにも触れてきたとおり、国内市場は縮小に向かっています。いくらトップシェアと言えど、そこにとどまっていたら停滞は免れません。
アサヒグループホールディングス<2502> 日足(SBI証券提供)
そこで、成長のためにアサヒが力を入れているのが海外展開です。今年10月に約3,000億円をかけて英SABミラーの欧州部門を買収したのに続き、今月13日には同社の中東欧部門を約9,000億円で買収することを発表しました。
アサヒは、競合他社に比べて海外展開に出遅れていました。海外売上比率はキリン35%、サントリー21%、サッポロ18%に対し、アサヒは14%にとどまります。M&Aによる海外進出は急務になっていました。
また、世界を見ても合従連衡が続いています。アサヒが買収したSABミラーの事業売却も、同社が世界最大のビール会社であるアンハイザー・ブッシュ・インベブに買収されたことで、独占禁止法をかいくぐるために行われたものです。
寡占化が進む世界のビール市場において、アサヒをはじめとする日本のビール会社は後れを取るまいと躍起になっていることが伺えます。
Next: アサヒの巨額買収はまともな感覚ではない/サッポロは台風の目になるか?
アサヒ、9,000億円の買収金額はまともな感覚ではない
しかし、巨額買収には大きなリスクが付きまといます。海外展開で先行していたキリンも、買収したブラジル事業の業績が振るわず、減損損失を計上したことにより昨年は上場以来初の最終赤字を計上しました。
キリンはブラジル事業を約3,000億円で買収しましたが、アサヒはそれを上回り、合計1.2兆円におよぶ巨額買収となりました。買収が失敗となれば、キリン以上の巨額の損失計上を迫れる可能性もあります。
特に、今月の買収案件は価格が大幅に釣り上がりました。売上高が約2,000億円の事業に9,000億円も支払うのは、まともな感覚ではありません。
巨額買収と言えば、サントリーが2014年にウイスキーが中心のジン・ビーム社を約1.6兆円で買収しています。どの会社も国内市場の縮小を前に、リスクを冒してでも手を打っておきたいと考えているのでしょう。
幸い、アサヒはスーパードライという巨額なドル箱がありますから、財務に余裕があるうちに手を打てたのは良かったと言えます。余裕がなくなってからではどうしようもありません。
巨額買収をしてしまった以上、これまでのように国内市場に甘んじているわけにはいきません。銘柄としてはディフェンシブと見られがちなビール会社ですが、これからは買収の成否により、浮き沈みの激しい荒波に漕ぎ出すことになるでしょう。
サッポロは台風の目になるか
大きなリスクを取って海外に出ようとするビール会社の中で、台風の目となりそうなのがサッポロホールディングス<2501>です。海外売上比率は20%弱ありますが、巨額買収は行わず、地道な展開で自社ブランドを浸透させています。
サッポロホールディングス<2501> 日足(SBI証券提供)
サッポロと言えば「黒ラベル」はもちろんですが、プレミアムビールの先駆けとなった「ヱビス」を有しています。酒税統一で品質やブランドが優劣を左右すると考えられるビール市場において、頭一つ抜け出ていると言えるでしょう。
また、サッポロの経営を支えているのが「不動産事業」です。「恵比寿ガーデンプレイス」を有し、そこから生み出される利益は「国内酒類」と肩を並べています。「サッポロビール」ならぬ「サッポロビル」と揶揄されるほどです。
不動産事業で力を入れるのが「恵比寿ガーデンプレイス」や今年9月に改行した「銀座プレイス」といずれも一等地の物件であり、これからも安定した収益でサッポロの経営を支えるでしょう。
規模は他の大手3社の3分の1以下にすぎませんが、安定した収益源を持っていて巨額買収に手を出さないことから、リスクが最も小さい銘柄と言えるでしょう。
つばめ投資顧問は相場変動に左右されない「バリュー株投資」を提唱しています。バリュー株投資についてはこちらのページをご覧ください。記事に関する質問も受け付けています。
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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2016年12月14日)
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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。