日本マクドナルド<2702>が2017年12月期に6年ぶりの過去最高益を達成しました。一方で、ライバルのモスフードサービス<8153>は客数減が報じられています。同じハンバーガー業界であるにもかかわらず、両者を分けたものは一体何なのでしょうか。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。
似ているようで全然違う両者の戦略。投資家が食べるならどっち?
短期的な利益追求で失ったもの
マクドナルドといえば、2014年に消費期限切れの鶏肉を使っていたことが発覚しました。信頼を失って客足が遠のき、2期連続の赤字に転落していました。
消費期限切れ鶏肉問題は、委託していた中国の工場が行なっていたことであり、マクドナルドが容易に把握できるものではありませんでした。それだけに、風評被害を受けたことはある意味被害者とも言えます。
しかし、それまでの経営状況を見ると、単に被害者とは言い切れない部分も見えてきます。
2004年から同社を率いてきた原田泳幸氏は、それまでの経営方針を大きく転換しました。就任当初は3割だったフランチャイズ店舗の比率を、直営店をフランチャイズ店に転換することで7割に高めました。
直営店をフランチャイズ店にすると、売上高こそ減りますが、本社が身軽になります。また、転換時に新たなオーナーに店舗の「売却益」が計上されました。そのため、見かけ上の利益は原田氏の就任以降回復していたのです。
フランチャイズ化は、各店舗の裁量に任せる部分が多いため、経営のスピード感は上がります。一方で、細かな部分に関しては本社が掌握できなくなってしまうため、店舗運営がおざなりになってしまう可能性があります。
直営店のフランチャイズ化は、まさにこの落とし穴にはまってしまったのです。
フランチャイズ店の店舗運営が劣化した結果、掃除が行き届かなかったり、店員の対応が劣化するなど、数字には現れない問題が生じていたと考えられます。そこへ鶏肉消費期限切れ問題が発生すると、消費者心理としては「あの汚い店舗ならやむを得ない」と、悪い方向へ関連付けを行なってしまったのです。
これが、2年間にもわたって客足が遠のいた間接的な原因と考えられます。原田氏の経営は、フランチャイズ化に伴う一時的な利益と引き換えに、マクドナルドのブランド価値を毀損してしまったのです。
地道な施策が実を結んだ「カサノバ改革」
原田氏に代わって2013年に社長に就任したのが、カナダ出身のサラ・カサノバ氏です。彼女の役割は、フランチャイズ化の進展と消費期限切れ鶏肉事件で失ったブランドを取り戻し、経営を再建することでした。
彼女の施策に特に目新しいことはありません。店舗の改装を進めてこれまでの「汚れた」イメージを刷新。そのために、フランチャイズ店舗への財務支援(ロイヤリティの減額)も行いました。
その上で、「おてごろマック」や「バリューランチ」など、値ごろ感を醸し出す施策や「ポケモンGO」との連携など、子どもや若者を呼び込むキャンペーンを行いました。
地道な努力の結果、徐々に客足は戻り始めました。本来のターゲットである若者やファミリーへ改善を訴えかけることで、信頼を取り戻していったのです。その結果が、前期の過去最高益につながりました。
マクドナルドは、もともと認知度が圧倒的に高く、ファンも多いブランドです。よほどのマイナス面がなければ、黙っていてもお客さんは足を運んでくれます。そこにキャンペーンを打ち出せば「じゃあ今度行ってみようか」となるわけです。
カサノバ氏の改革は決して派手なものではありませんでしたが、現場主義に徹し、短期的な利益の追求で失いかけた信頼に歯止めをかけたという点で、日本マクドナルドの救世主となったのです。
彼女は社長就任の4年前まで日本マクドナルドで事業推進部長を務めていました。現場をよく理解していたからこそできた改革だと言えます。
Next: 同じハンバーガーでも全然違う。苦戦するモスの戦略は?
値上げしても離れない「モスファン」の存在
一方で、競合のモスバーガーは苦戦が報じられています。
特に目立つのが客数の減少です。2018年3月期は1月まで前年比1%の減少となっています。対するマクドナルドが8.9%の増加ですから、その差は歴然です。
しかし、単に客数だけ見ては本質を見誤ります。客数が減少している一方で、客単価は3%増加しているのです。その結果、売上は立派に増収を続けています。
※2018.03は会社予想
実は、モスバーガーは2015年に大幅な値上げを行っています。看板商品の「モスバーガー」が340円から370円と、1割近い値上げです。値上がりが客数の減少を招いている可能性は否定できません。
しかし、値上げ後の売上高はむしろ増加し、値上がり分ほど客数が減少しなかったということを意味しています。つまり、それだけ値上がりしてもモスバーガーに通い続ける根強いファンがいるということです。
そんなファンの一人で話題になっているのが、シカゴ・カブスのダルビッシュ有投手です。
彼ほどの大金持ちであればわずか30円の値上がりなんて気にも留めないでしょうが、数字から読み取れることは、普通のお客さんでも同じように考える人が少なくないということです。
マクドナルドとモスはターゲットが違う
モスバーガーは、そもそも客数の増加を目標として掲げていません。掲げているのはあくまで「既存店売上高対前年101%」です。今年も目標をほぼ達成しています。
ここに、マクドナルドとの大きな戦略の違いが見えます。
マクドナルドの戦略は、安い価格で多くのお客さんを呼び込み、賑わいを演出することで「楽しさ」を味わってもらうことです。だからこそ、価格を下げてでも多くの顧客を呼び込むことに意味があります。
一方のモスバーガーは、あくまで品質にこだわり、お客さんにおいしさを味わってもらうことを戦略としています。それを達成するためなら、原材料費や人件費の上昇による値上げも厭わないのです。
フランチャイズ戦略に関しても両者は正反対です。「何はともあれフランチャイズ化」を目指したマクドナルドに対し、モスバーガーは品質が維持できないのであればフランチャイズ契約を解除するといった徹底ぶりです。
これは、上質な顧客体験を維持するためには本社もフランチャイズも同じでなければならないという経営者の意地が見えます。この考え方を徹底する限り、マクドナルドのようなブランド価値の毀損は本質的に起こりにくいのです。
モスバーガーは品質に対するこれだけのこだわりがあるからこそ、値上げしても顧客が離れることはないのです。急成長は望めないかもしれませんが、この先も安定的な経営をしていくことが予想されます。
マクドナルドとモスバーガーは、同じハンバーガーショップですが、提供する価値は異なります。マクドナルドが「安く、手軽に、楽しく」だとすれば、モスバーガーは「おいしく、ゆっくり、上質」といったところでしょうか。
一方の業績が良いから、もう一方の業績が悪いというような単純な話ではありません。何より重要なのは、それぞれが適切なターゲットに合った価値を提供し続けられるかということです。逆に言えば、それを見誤れば将来は危ういでしょう。
Next: マクドナルドは大赤字でも株価が下がらない?
どちらも優待狙いの投資がメイン
証券アナリストとしてそれぞれの株価に目を向けると、日本マクドナルドのPERは32倍、モスフードサービスは43倍と、いずれも平均的な水準である15倍と比較してかなり割高な水準となっています。
株価がやけに高いのは、恐らく株主優待狙いの投資家が多いからだと考えます。マクドナルドに関しては、大赤字を出したときにも全く株価は下がりませんでした。下がる瞬間に買いを入れる優待投資家が多いのでしょう。
モスフードサービス<8153> 週足(SBI証券提供)
日本マクドナルドホールディングス<2702> 週足(SBI証券提供)
純粋な業績から見た株価は両社とも割高な水準と考えられるため、価値重視の長期投資家にとっては判断が困難な銘柄と言えます。
逆に、価格変動を気にせず、純粋に株主優待狙いの投資家なら参入する価値はあるでしょう。もし株を買うのなら、自分の好きなお店の株を買い、優待券を使ってお得に食事を楽しんではいかがでしょうか。
※上記は企業業績等一般的な情報提供を目的とするものであり、金融商品への投資や金融サービスの購入を勧誘するものではありません。上記に基づく行動により発生したいかなる損失についても、当社は一切の責任を負いかねます。内容には正確性を期しておりますが、それを保証するものではありませんので、取扱いには十分留意してください。
本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2018年2月27日)
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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。