そういえば、渡邉の政治家としてのスローガンは「経営力で日本を取り戻す」「教育力を高め日本を取り戻す」だ。「日本を取り戻す」の本家、安倍首相もそうだが、政治を、教育を、勘違いしているのではないか。かつて彼は「学校改革で成功して文部科学大臣になって、そのあと総理大臣にもなりたい」と知人に語ったことがあるという。教育さえも、彼にとっては野心実現の一手段にすぎないようだ。
そもそも、彼が自信を持つ経営力と、新入社員を死に追いやった社員教育の考え方とは、密接不可分の関係にあるのではないだろうか。森美菜さんは08年4月、ワタミに入社し、横須賀市内の店舗に配属されたが、わずか2か月後に飛び降り自殺した。残業が月100時間を超える過重な勤務で疲労が蓄積し、うつ状態に陥ったとみられる。
「体が痛いです 体が辛いです 気持ちが沈みます 早く動けません どうか助けてください 誰か助けてください」。手帳に遺された悲痛な心の叫びだ。
連日午前3時ごろまでの深夜勤務。電車通勤で、終電以降もタクシーは使えないため、始発の出る午前5時ごろまで店内で待機した。研修では、渡邉の言葉をまとめた理念集を丸暗記する。満点をとるまでテストが繰り返された。休日でさえボランティア名目の研修。渡邉の著作を読んで感想を書かされた。
森さんの死は労災認定され、労働基準監督署は「就業規則を労基署に届けていない」「法定の休憩時間を与えていない」「残業代を支払っていない」「1日8時間を超えて働かせるときに必要な協定(三六協定)が結ばれていない」などの是正勧告を2008年4月から13年2月まで24件も出している。
上場企業が労務管理の基本ルールすら守ろうとしない。その創業者、渡邉美樹が2006年、安倍内閣の教育再生会議の委員となったのである。
同年10月、第1回目の会議で、渡邉は次のような発言をしている。
「私はこの3年半で1,500人の生徒のいる、118年の歴史のある学校を立て直した教育者としての経験、それから、就職活動におけるセミナーを開催し毎年1万人の大学の卒業生と触れ合っている経験からして、この日本の教育は崩壊したと思っております。その中で、どうすればいいのか。英語が、国語がという問題ではなく、…根本的なパラダイムの転換みたいなものが必要だと思っております」
日本の教育は崩壊しているから自分が根本的に立て直すと言わんばかりの夜郎自大な態度である。その渡邉が、2012年、森さんの労災認定を受けてこんなツイートをした。
「…彼女の精神的、肉体的負担を仲間皆で減らそうとしていました。労務管理できていなかったとの認識は、ありません。ただ、彼女の死に対しては、限りなく残念に思っています。会社の存在目的の第一は、社員の幸せだからです」
渡邉の言う「幸せ」とはどのようなことなのだろうか。社員に配布している渡邉の「理念集」には、最近の経営悪化にともなって撤回された有名な言葉があった。「24時間、死ぬまで働け」。
2006年、テレビ東京の「日経スペシャル カンブリア宮殿」という番組で村上龍と対談したさい、「それは無理ですって最近の若い人は言うけど、鼻血を出そうがブッ倒れようが、1週間やらせれば、それは無理じゃなくなるんです」と発言し、村上を絶句させた。