祝・ナショジオ写真賞受賞。三井昌志が撮る「輝く汗と汚れた手」

 

染色工場の仕事は、「特別な技術を必要とする伝統工芸」といったものではありません。機械化が進むにしたがって消えていく、単純労働のひとつだといえるでしょう。

実は今から1ヶ月ほど前に、僕はこの工場をもう一度訪ねました。しかし男たちの姿はもうどこにもありませんでした。数ヶ月前に工場が閉鎖されてしまったからです。詳しい事情はよくわかりません。オーナーの経営方針が変わったのかもしれませんし、より大規模で機械化が進んだ工場との競争に負けてしまったのかもしれません。

インドは、日本に比べれば物事が変化するスピードがとても遅い国ですが、それでも経済成長に伴って多くの仕事が消え、そして新しい仕事が次々と生まれています。このような流れ、産業構造の変化というものは、誰にも止められません。かつての日本や先進諸国がたどってきたのと同じ道を、おそらくインドもたどることになるでしょう。

しかしだからこそ僕は、いまここで働いている人々の姿を写真に記録し後世に伝えたいのです。ここに間違いなく汗を流す人々がいて、希有な美しさがあったのだ。それが簡単に忘れ去られてしまうのは、あまりにも残念だと思うからです。

僕はこれまで「好きなように旅をし、好きなように写真を撮る」というやり方を続けてきました。偶然任せの旅の面白さを愛していました。そのような即興的な写真はとても楽しいですし、そこから得るものも多かったのですが、これからはもっとスケールの大きなテーマにも取り組んでいきたいと考えるようになりました。より長期的で、メッセージの射程範囲が広い写真を撮りたいのです。そして、今回の受賞作品に代表される「働く人々の姿」は、僕が生涯をかけて撮り続けていくテーマのひとつになると確信しています。

旅をしていると「この世界が驚きに満ちている」ということを強く感じます。当たり前の日常生活の中にも、美しい光があり、濃い影があるのです。これからも子供のような好奇心と強い情熱を持って旅を続け、この驚きに満ちた世界のありようを記録していきたいと思います。

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