主婦が創業したとんかつ店~サントリーへ経営譲渡
まい泉の船出は、一人の女性の奮闘から始まった。創業者の小出千代子は毎日必ず、その日出す料理を全て味見。厨房から経営まで、全ての陣頭指揮を執っていた。当時のことを、小出は「衣がシャリシャリとしていて、食べるとジュースが出てくるような、ソースの味と3つの味が一緒になったとんかつを作りたい」と語っている。
専業主婦だった小出は35歳のとき、「なにか商売がしたい」と思い、1965年、東京・日比谷にわずか10坪のとんかつ店を開業。それがまい泉の始まりだ。ウリは「箸で切れるとんかつ」。創業店で働いていた伊牟田博久は、「当時の豚は筋が多くて、とんかつは食べてもちぎれなかった」と、振り返る。
箸で切れるとんかつは評判を呼び、まい泉はたちまち人気店となる。1978年には東京・青山に本社を構え、2000年には売り上げ60億円、従業員300人を抱えるまでに成長する。70歳を過ぎても強烈なリーダーシップを発揮する小出。だがその裏で、まい泉には、きしみが生まれ始めていた。
「小出さんが通るたびに、お客さんは二の次にして。小出さんの顔見てれば、お給料いただけるのかな、褒めていただけるのかなと…」(当時の料理長・松岡吉隆)、「当時、私たちは体だけ動かしていればいい、小出さんが考えてくれれば、というような感じでした」(前出・伊牟田)
いつまでも自分がいては、まい泉はダメになる。そう考えた小出は驚きの決断をする。2008年、サントリーに経営譲渡したのだ。小出に代わって社長に就任したのが、当時、サントリーの外食事業部部長だった岡本だ。岡本は客単価2000円の本格バー「ジガーバー」や、昼はコーヒー、夜はアルコールの「プロント」など、新しい業態を次々に成功させていた。
「経営状況は問題なかったです。だから財務諸表を見たときに、一瞬、なぜかなと思ったんです。いろいろ聞いていくと、基本的に後継ぎがいないというのが大きな理由だった。40年あまり、彼女の下で育ってきた会社ですから、そこに外から乗り込んでいくことには相当、悩みましたけど」(岡本)