多くの企業が社員に支給している「自宅から社までの交通費」ですが、その規定には注意を払う必要があるようです。今回の無料メルマガ『「黒い会社を白くする!」ゼッピン労務管理』では著者で特定社会保険労務士の小林一石さんが、交通費の不正受給があったとして懲役解雇されたある人物の裁判事例を紹介するとともに、その支給を規定する際に注意すべき3つのポイントを記しています。
400万円の交通費不正受給、懲戒処分は無効か有効か
以前あるラジオ番組で某ジャズピアニストの人がこんな話をされていました。
MC 「今はご自宅が東京とニューヨークの2ヵ所にあるそうですね」
ジャズピアニスト 「そうですね。自宅はその2ヵ所です」
MC 「そうですか。ワールドツアーなどで世界をまわられることも多いと思いますがツアーが終わったらどちらのご自宅に戻られるのですか?」
その答えがすごかったんです。
ジャズピアニスト 「そうですね。(ツアーの会場に)近いほうです」
まるで、新宿と町田に部屋を借りていて仕事が遅くなったら「(会社近くの)新宿」のような感覚です。やはり世界規模で活躍されている人は感覚まで世界規模なんだと妙に納得してしまいました。
さて、この「自宅」ですが労務管理的には問題になることがあります。それについて裁判があります。ある学校法人で交通費を不正受給したとして定年間近の先生が懲戒解雇になり退職金も不支給になりました。そこでその先生が「納得いかない!」として裁判を起こしたのです。
この裁判で問題になったのは「自宅」の定義です。この学校法人では「自宅から学校までの交通費を支給する」としていました。ただ、この先生の「自宅」はちょっと通常とは違うところがありました。実は「自宅」と呼べる家が2ヵ所あったのです。1カ所目は自らローンも払っている家、もう一つはその先生の奥さんの実家です。
家庭の事情で、奥さんとお子さんはその奥さんの実家で生活をしていました。そこでその先生は週の日によって自らの家から出勤したり奥さんの実家から出勤したりしていたのです。
その奥さんの実家から出勤していたとして交通費を計算すると、実際に支給していた交通費との差額がなんと約400万円にもなりました。そこで学校法人がこの先生を交通費の不正受給をしたとして懲戒解雇(退職金も不支給)にしたのです。
ではこの裁判はどうなったか。
裁判の結果、学校法人が負けました。懲戒解雇は無効とされたのです(つまり交通費の不正受給は無かったということですね)。どういうことか。裁判所は以下のように判断しました。
- (給与規程などに)「自宅」を定義づける規定がなく、その内容を説明したこともない。運用上は住民票の住所をもとに通勤費を計算して支給していた
- 住民票上の「自宅」は、(先生の)家になっており、実際に生活の実態もある。
- 「住民票上の住所=自宅」として運用してきた以上、不正受給があったとは認めることはできない
いかがでしょうか。