欧米と異なる、雇用慣行
欧米のようなリストラは、その前提条件として、同じ業界の一般職で「水平転職」が可能であり、しかも、履歴書に写真も貼らないで良いほど、雇用の機会が均等であるということが必要です。アメリカでは、採用時に年齢も問いませんから、若い人かと思ったらすごく年配の人だった、と人事担当者が、驚くこともあるほどです。
ですから、日本のような新卒採用優先の社会では、まだアメリカ型のリストラは向いていません。これを、日本で無理やりやったので、企業内では技術や人材の流出、社会では膨大な低所得者、貧困層の出現を引き起こしました。
極端な話、日本電産の社員であっても、もし景気悪化の際に日本の労働市場に放り出されたら、正当な評価、労働力の「マーケットメイク」はなされない可能性が高いです。これが、先進国の中でも、特に壮絶な日本のデフレのおもな原因というわけです。
つまり、一度日本の企業を離れたら、二度と中流以上の階層には戻れないという、実にいびつな社会です。
もっとも、アナリストやファンドマネージャーは例外的で、他の外資や、シンクタンクに移っている人も、日本でも多いですね。こういう人達が、雇用や社会の分析をしますから、何が日本で起きているのかよくわかっていないのです。
ですから、永守会長の日本電産のような、人員削減はしないで、賃金カットはするけど、みんなで知恵を絞って頑張ろうという仕組みが、日本では危機の際に、強みを発揮するわけです。
私が詳しいテレビ業界では、日本テレビが、かつて賃金カットで乗り切りました。看板アナウンサーが何人か辞めたりしましたが、業績が戻れば、賃金を戻すのは容易です。そして業績が戻ると、外部スタッフの区別なく、従業員食堂の無料開放などを実施しました。
こうしてみますと、リストラ、人員削減や採用と、賃金の上下の調整と、どちらが簡単で、ショックが少ないかと言うと、やはり、賃金の上下です。どんな世界でも、ノウハウや技術は一朝一夕には確立できないからです。
こういう背景もあってか、フリーのテレビ関係者も、フジテレビよりも日テレを信頼して、良い企画は日テレに、一番に持っていったようです(いい時だけのフジテレビと、長年業界で言われていた)。こうして、当初はカネがあったフジテレビは、徐々に力が落ちてゆき、日テレが伸びることになりました。
ですから永守会長の経営は、今の時点では日本の現状に、マッチしています。
もっとも、すべての職種、労働力に対して、プロ野球のドラフト、トレードや、あるいは、オークションや株式市場のように、「マーケットメイク」がなされるような未来が来れば、状況は変わってくるでしょう。
image by: Abhisit Vejjajiva / CC BY