日本たばこ産業(JT)は高配当株として知られていましたが、ここにきてなんと上場以来初の減配を行ったせいで、多くの高配当株に投資する投資家ががっかりしています。今後、JTはどうなってしまうのでしょうか。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。
JT減配、タバコは「オワコン」なのか?
JTは、2020年12月期に関しては1株当たり154円の配当で実施することになっています。その一方で、決算発表によると、今年度2021年12月期に関しては130円に引き下げると発表しました。
JTというとに1994年に上場してからずっと増配を続けてきましたが、ここにきてなんと上場以来初の減配へとなってしまいました。
この減配の発表で、株価は大きく値下がりしています。終値で7.5%の下落となってしまいました。
日本たばこ産業<2914> 15分足(SBI証券提供)
一体何が起きたのかと言うと今年度2021年度の業績予想が悪化してしまったということと同時に、配当の方針を変さらしたということがあります。
これまでは安定的な配当ということを重視して、とにかく減配はしないという方針だったのですが、ここにきて急に配当性向、利益に対して配当をどれだけ出すかという数字なのですが、この目安をこれまでは設定していなかったのですが、2021年から急に配当性向75%を目安とすると言ってきました。
2020年の実績が88%という実績となっているので、これを75%としたことで減配となりますし、また今年度の業績も悪くなるということから、結果想定される2021年の配当は減配になってしまういうことです。
直近の業績が悪化しているということ、そしてJTの主要事業がタバコですが、タバコというと「正直斜陽なのではないか」「これから伸びる可能性は全然ないのではないか」「周りでも禁煙をしている人は多い」という声が聞こえてきます。
実際にタバコの喫煙率というのはどんどん下がっていて、さらには健康にも悪いということで市場から見放されている銘柄でもあります。
それが減益と減配ということで、いよいよオワコンなのではないかという風に見られています。
Next: 「タバコ離れ」加速でも、タバコ事業のビジネスモデルは終わらぬ理由
タバコのビジネスモデルは終わらない
しかし、タバコ自体の喫煙率というものは下がっていくとは私は考えているのですけれども、一方で、このタバコのビジネスモデルが終わったわけではないという風に考えています。
なぜかというとタバコ事業のビジネスモデルの本質というところにあります。
このようにタバコの販売本数というのはどんどん減っていくのですが、一方でこの会社が行っていることは増税やそれ以外のタイミングでタバコの値上げを行っています。
日本でも行っていますし、海外でも同じような流れがあります。
これによって本数が減ってもタバコ1箱当たりの金額を引き上げることによって、利益は確保するというのがタバコのビジネスモデルです。
これが結構おいしいビジネスモデルとなっていて、というのもやはり中毒性のあるものですから、いったん吸い始めた人はいくらタバコの値段が上がっても買う人は買います。
したがって本数が減りながら値上げした物を買うので、結果として利益率はどんどん上がっていくわけです。
これは、世界中で同じことが起きています。
JTの戦略としてはこうやって利益を維持するだけではなくて、同じような状況にある海外のタバコ会社をどんどん買収していくことによって大きくなってきました。
実はJTの売り上げを見ると、国内タバコに関しては26%しかなくて、一方で海外タバコの売り上げというのが62%を占めています。
すでにこのようにグローバルな企業となっています。
先進国では日本も含めてなかなか厳しい状況があるのですが、中東やロシア系などの新興国ではまだかなり喫煙者が多かったりして、ビジネスとしてはまだおいしい部分があるのです。
そういったところのタバコ会社を買収して大きくなって、そして利益を増やしていった、あるいは維持してきたというのがこれまでの流れということになります。
黒字はしっかり確保。配当を出す余力は十分にある
それを表しているのがこのキャッシュフローの推移です。
この赤の折れ線グラフで示されているのがフリーキャッシュフロー、つまり会社が最終的に事業で生み出したお金から、投資したお金を引いた余力ということになるわけですが、大きな買収などを行うと緑が大きく下に行ってフリーキャッシュフローも赤字になってしまうのですが、それ以外の時ではずっと黒字を維持しています。
この数字を見るとを4,000億から5,000億といった数字が並んでいます。
このフリーキャッシュフローが配当の原資となるわけで、現在の配当は大体年間で3,000億円くらい払い出しているのですが、それに対しては4,000億、5,000億のフリーキャッシュフローが生まれていますから、実は配当を出す余力はまだ十分に残っている会社なのです。
なので極端な話をすれば配当性向が100パーセントであっても、特に財務上は問題ない水準だという風に考えられます。
Next: 業績はそこまで悪くない?株価を下げたのはリストラと「仁義」の減配
業績はそこまで悪くない?
また業績が悪化していると言いましたけれども、実態のところはそんなに悪化しているという空気がありません。
こちらが2020年度の業績のプレゼン資料ですが、これを見る通り為替一定調整後営業利益が前年度比プラス5.5%となっています。
もっとも表面的にはマイナスとなっているのですが、ここに関してはプラスということになっています。
これはどういうことかというと、JTが海外に多く進出していると言いましたけれども、その進出している国の通貨が下落して、結果的に表面的な数字として表れるものはマイナスになってしまっているということです。
特に大きな影響を与えているのがロシアのルーブル、それからイランのリヤル、そしてトルコのリラです。
これらの通貨が今新型コロナ、イランに関しては経済制裁の影響なんかもあって非常に大きく下がっています。
これが JTの表面上の業績に大きく影響しています。
しかし企業の実態というのはキャッシュフローで見るというのが最も的確なものだという風に言われていまして、その点ではこのフリーキャッシュフローが大きくプラスで推移している限りはそんなに大きな問題はないという風に考えられます。
リストラ、そして「仁義」の減配
一方で、今回の件で大きく影響しているのは「国内の不振」ということになります。
国内ではJTが想定した以上にタバコ離れが進んでいて、また紙巻タバコから加熱式タバコへの流れというものがあります。
この図表を見ていただくと実はこの紙巻タバコ(RMC)はJTの販売本数でいうと、なんと9%のマイナスということになっています。
年間10%近く市場が小さくなっていくというのは大変なことで、当然、そこに余剰の設備だったり余剰人員というものが生まれてきます。
それが2021年の業績に影響してきまして、ここにあります通り、国内たばこ事業の競争力強化に係る施設関連費用計上370億円とあります。
ここには退職推奨、および希望退職の募集に伴う引当金、それから日本の国内のタバコ製造工場及び、フィルター製造工場の廃止等に係る減損損失という風に書かれています。
これはざっくり言いますとリストラです。
人が余剰になってきたので退職金を積み増して早期退職してもらったり、あるいは同時に工場を閉鎖する、それに伴う減損損失というのが生まれてくるわけです。
ただし、これらのものは一時的なものですし、特に工場の閉鎖に関してはこれから追加的なキャッシュアウトが生じるわけではないので、JTの財務には大きな影響はないということになります。
リストラに関しては『3000人規模で人員削減 九州工場を閉鎖 たばこ事業縮小』という日経の記事も出ていますが、これは実は既定路線でしてここのように社員数も減れば工場数もどんどん減ってきたというのがこれまでの経緯になります。
※参考:JT、3000人規模で人員削減 九州工場を閉鎖: 日本経済新聞(2021年2月9日配信)
最近のタバコ離れの加速によって、これが想定より早く進んだということではあろうかと思います。
一方で、タバコのビジネスモデルというところに挙げた通り、こうやって本数は減っても値上げによって利益を確保できますし、またこうやって需要を無くなった設備とか人員を減らすことができればコスト削減によって、利益が少なくとも維持できるというのはビジネスモデルということになります。
このリストラと配当というのは実は密接に関連しているという風に考えます。
というのも早期退職を募るにあたって、一方で配当を減らさずに利益以上の配当を出すということになると、まだ余裕があるのにリストラを行っているのかと風に、従業員からの反発が出かねないわけです。
なので、かなり日本的な考え方ではあるのですが、リストラをするからには当然、株主もその痛みを伴ってもらわないといけないということで減配を行ったという風に見えます。
ある人がツイッターでこれを「仁義」と言っていたのですが、まさにこのリストラに対する仁義ということで、配当が一時的にでも減らされたということが挙げられます。
そのリストラの効果がどのように出てくるのかと言いますと、上記にあります通り全ての施策がほぼ完了する2023年には年間約400億円を見込む(2019年比)とあります。
つまり2019年に対してこの2023年には400億円コストが減って、利益が上乗せされるという風に言えます。
その場合どうなるのかというと、これは過去の業績推移ですが、2019年に対して利益は400億円増えるということですから、この赤のラインで示したところまで利益が増えるということになります。
これは過去最高水準に近いというところになると思いますし、またこのぐらいの営業利益が出れば、純利益から換算したEPSはおよそ200円となります。
それに対して今の方針である配当性向75%という風になると、配当150円ということになります。
昨年度の配当が154円ですから、2023年には結局このぐらいまで戻ってくるということが想定されるわけです。
Next: リストラが終われば元通り?配当が目的なら心配無用か
配当が目的なら心配無用か
以上の話をまとめますと、まずはJTの財務は言われているほど厳しくないですし、ビジネスモデルを考えると今後も安定したキャッシュフローを生み続けるということが考えられます。
今の業績の落ち込みは国内事業が急にシュリンクしたことによる、リストラ費用が一時的に計上したされたということと、海外の通貨が下がってしまっているということになります。
また一方では、この減配の理由としては国内をリストラする為の、仁義を切ったのではないかということが考えられます。
このリストラが終わると、やがては増益要因という風になり得ますから、このリストラが終わった暁にはまた配当も元ぐらいの水準には戻るのではないかということは想定されます。
そういった意味で配当目的で投資している投資家にとっては、そんなに心配する必要がないのではないかということが考えられます。
実際にこの130円という配当をベースにすると、配当利回りはなお6パーセント程度あります。
そんなに株価の変動を気にせずに配当を受け続ければいいのではないかという風に考えます。
高配当株投資というのはそもそもあまり成長が見込めないところから、一方ではキャッシュがどんどん生まれてくるといったものを絞り出していくと、成長には期待せずに淡々と配当を受け続けるというのが好配当株投資の特徴になりますから、それを考えるとなんら慌てるものではないということになります。
もっとも別の動画で解説しているのですが、私自身はJTを持ってはいるのですが、高配当株投資は過去やっていたものは辞めてしまいました。
というのも、どちらかいうと成長する銘柄に集中したということになります。
どっちが良いということではなくて、配当によるキャッシュフローというのは非常に大きいですし、一方では高成長によるキャピタルゲインというのはこれは上手くいけばかなり大きなリターンが見込めますがリスクも相応にあるということになります。
どちらも天秤にかけて、自分に合った投資手法というのを選べば良いということになります。
(※編注:今回の記事は動画でも解説されています。ご興味をお持ちの方は、ぜひチャンネル登録してほかの解説動画もご視聴ください。)
※上記は企業業績等一般的な情報提供を目的とするものであり、金融商品への投資や金融サービスの購入を勧誘するものではありません。上記に基づく行動により発生したいかなる損失についても、当社は一切の責任を負いかねます。内容には正確性を期しておりますが、それを保証するものではありませんので、取扱いには十分留意してください。
『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』(2021年2月15日号)より
※記事タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。