「業務スーパー」を運営する神戸物産株式に関するインサイダー取引疑惑があるとして、同社に対して神戸地検と兵庫県警が家宅捜索に入りました。同社の株価は、2年前までは1,000円を下回る水準でしたが、昨年半ばには一時6,000円を超える水準にまで達しています(株価は分割調整後)。現在は2,000円程度で落ち着いていますが、業績は好調であり、一層の成長をうかがう勢いです。神戸物産の株式は今が買いなのでしょうか。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)
プロフィール:栫井駿介(かこいしゅんすけ)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。
巨額インサイダー取引疑惑の裏に見えた急成長の「ゆがみ」
インサイダー取引とは
インサイダーとは、日本語では「内部者」と呼ばれ、会社の役職員や取引先等、上場会社に関するいわゆる「重要事実」を持つ人のことを言います。ただし、その人物の肩書きに関係なく、公表されていない重要事実を用いて行った株式の取引が「インサイダー取引」と呼ばれ、それにより利益を得たり損失を回避したりすると、法令違反に問われます。
重要事実とは、会社の合併や業績の大きな変動、公募増資などが含まれます。今回問題となっている自己株式取得も重要事実に含まれます。
インサイダー取引に対する規制は厳密さを増しており、社会的な監視の目も厳しくなっています。投資家による取引はもちろんのこと、上場会社の役職員は重要情報の取り扱いに関してこれまで以上に敏感になる必要があるのです。
過去最大規模のインサイダー取引疑惑
報道によると、神戸物産の取引先等の関係者が、同社の役員から自己株式取得の情報をもとに株式の買付け行い、総額で約50億円もの利益を得たとのことです。この金額は、過去のインサイダー取引事件で最大規模になるといわれています。
神戸物産は2014年12月と2015年7月に自己株式取得の公表を行っています。金額はそれぞれ30億円と100億円(いずれも上限)で、特に後者に関しては同社の純利益の2倍以上の大きな規模となっています。ちなみに、自己株式取得の規模が大きいほど、株価は上昇しやすい傾向があります。
自己株式取得の公表後、いずれにおいても神戸物産の株価は大幅に上昇しました。同社の役員から事前に情報を聞きつけた取引先は、自己株式取得が公表される前に株式を取得し、株価が上昇した後に売り抜けたとみられます。
神戸物産<3038> 週足(SBI証券提供)
インサイダー取引は投資家に対する規制であり、会社の価値そのものには直接的な影響はありません。したがって、神戸物産の企業価値には何ら影響がないように思えます。しかし、実態をよく見ると、必ずしもそうとは切れない部分があります。
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「食品スーパー界のユニクロ」業務スーパー急成長のカラクリ
神戸物産は1981年に創業しました。当初は普通の食品スーパーでしたが、2000年頃に「業務スーパー」を開店し、事業モデルを大きく転換しました。
神戸物産の事業モデルは、自ら食品の製造工場を持つことで、製造から販売まで一貫して自社で行うことができる仕組みです。これにより、単純に商品を仕入れるよりも大幅にコストを削減できます。これはSPA(製造小売り)と呼ばれ、アパレル業界ではユニクロが代表的です。
つまり、神戸物産は食品スーパー界のユニクロなのです。
自社工場を持つことで、コストが削減できるだけでなく、顧客のニーズに合った独自商品を作ることができます。
業務スーパーでは、飲食店などの業者を対象とした「まとめ買い」ニーズに対応する商品を製造・販売し、他のスーパーにはない独自性を発揮しています。
店頭に行くと、大きな容器に入った大量の冷凍食品などがずらりと並んでいるのを目にします。買うつもりがなかったとしても、珍しさと値段の安さからついつい買い物が楽しくなってしまいます。独自性が話題を呼び、飲食店だけでなく一般の消費者にも受け入れられるようになってきました。
最近では、牛乳パックに入った水ようかんやレアチーズなどがインパクトのある商品としてネットで話題になりました。
独自性を武器に、神戸物産は急激に事業を拡大しています。売上高は10年で2倍以上に成長しました。2015年10月期の店舗数は約700店舗、売上高は約2,300億円となっています。最近では、業務スーパー以外にも飲食店などを買収することで多角化を行っています。
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神戸物産、急成長の裏に見える「おごり」と「ゆがみ」
しかし、急成長の一方でゆがみも見られています。
今年の3月には、財務諸表に誤りがあったとして、過去2年分における訂正報告書を提出しています。
また、同じく今年3月には税務申告が適正でなかったとして、大阪国税庁より約1億6000万円の追徴課税が課されています。
それに加えて起きたのが、今回のインサイダー取引疑惑です。
すでに述べた通り、上場会社である以上、重要情報の取扱いは慎重に行わなければなりません。仮に今回の事件で罪に問われるのが取引先のみだったとしても、重大事実を伝えてしまった同社役員のコンプライアンスに対する意識は低いと言わざるを得ません。
また、自己株式取得そのものについても、自己資本比率が10%台と同業他社と比較して低い水準であるにもかかわらず、純利益を大きく上回る水準の自己株式取得をすることは、財務戦略上一貫性を欠いているのではないかという疑問を感じます。
もし自己株式取得が、自社や取引先を潤すために株価の上昇を企てたものならば、神戸物産のコンプライアンス体制はあまりに未熟であると言わざるを得ません。
これはあくまで想像ですが、本来ならばしっかりと整理すべき会社のコンプライアンス体制が、会社が急成長したために十分に整わないまま今に至っているように思えます。
コンプライアンスは会社の利益に直接貢献するものではありませんが、上場会社である以上、何にも先んじて整備しなければならないものなのです。
Next: 最悪上場廃止の可能性も。コンプライアンスのリスクは重大
最悪上場廃止の可能性も。コンプライアンスのリスクは重大
神戸物産のPERは約11倍と、成長企業に対する評価としては割安な水準にも見えます。
しかし、自己資本比率の低さに伴う財務リスクや、上場企業としてのコンプライアンスのリスクは成長性を覆い隠すほど大きいように見えます。
コンプライアンスのリスクは最悪上場廃止の可能性を含んでいるので、もしそうなった場合株価は急落し、株式を保有したまま上場廃止になると売却の機会を失ってしまいます。
どんなに成長性があるように見えても、コンプライアンスの怪しい企業の株式は、長期投資ではおすすめできません。
過去最大というインサイダー取引の規模から考えても、今回の問題の根は深いように思われます。神戸物産のビジネスモデルは一目置く価値がありますが、リスクはあまりに重大です。
問題が解決し、同社の社内体制が「適正」となるまでは、投資は慎重になったほうがよさそうです。
つばめ投資顧問は相場変動に左右されない「バリュー株投資」を提唱しています。バリュー株投資についてはこちらのページをご覧ください。記事に関する質問も受け付けています。
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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2016年6月9日)
※太字はMONEY VOICE編集部による
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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。