キヤノン<7751>が業績を下方修正しています。営業利益は前回予想から13%低下。今年に入ってから3度目の下方修正です。こうも立て続けに下方修正を出されると、株主もうんざりしてしまいます。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。
スマホ・タブレットに完全敗北。「危機感」が全然足りなかった…
10年間まったく成長していない
キヤノンといえば、高配当株の代表格として知られます。
配当利回りが5%前後と高く、私も投資顧問会員から「キヤノンってどうですか?」と聞かれることが何度もあります。
しかし、私は「おすすめしない」と答えます。以下は、私の回答原文です。
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キヤノンの配当利回りは高いものの、主力だったデジタルカメラ事業がスマートフォンの台頭により急速に縮小に向かっています。監視カメラ事業や東芝のメディカル事業を買収していますが、次の柱が見えずジリ貧が続いています。配当利回りが高くても株価が下がってはいけないので、おすすめしません。
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上記のメールが2016年10月15日と、ちょうど3年前のものです。それでは、この3年間で株価がどのように動いたか見てみましょう。
2017年にかけては大きく上昇しましたが、2018年以降はずるずる値下がりする展開が続いています。3年間で結局元の木阿弥に戻ってしまいました。
もっと長期のスパンで見てみましょう。以下は10年間の日経平均株価との比較チャートです。
出典:SBI証券
世界的な景気回復等の効果もあり、日経平均株価はこの10年で2倍以上に上昇しました。しかし、キヤノンは結果的にまったく上昇していないのです。
その理由は、業績の推移を見ればわかります。以下が、キヤノンのこの10年間の業績推移です。
出典:マネックス証券
売上高は一進一退、営業利益は下降線をたどっています。株価と業績の推移を合わせて見れば、株価が長期的には業績に連動するということがお分かりいただけると思います。
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スマートフォン・タブレットに敗北
なぜこのような状況に陥ってしまったのでしょうか。以下はキヤノンの事業構成です。
出典:キヤノン ホームページ
このうち、売上高の大きな割合を占める「オフィス」「イメージングシステム」は需要の減少が続いています。
出典:キヤノン 第118期(2018年)事業報告書
なぜ需要が減少しているのか。それは、商品を見ればわかります。
「オフィス」は事務用プリンタが主な商品ですが、タブレット型端末の出現によりビジネスの現場では急速にペーパーレス化が進んでいます。持ち運びや保存、操作性に優れたタブレットは、今後もますます浸透していくでしょう。
「イメージングシステム」はカメラが主要商品ですが、最近のスマートフォンは画質が急速に向上しています。大半の人はスマートフォンを常に持ち歩いているので、あえてコンパクトデジカメを持つ必要がなくなっているのです。そうなると、残されたのは一眼レフカメラのみということになります。
これまでキヤノンは、日本勢で世界市場の大半を占める複合機とカメラで高い収益をあげてきました。しかし、それらはいずれもスマートフォンやタブレットに代替されてしまうものだったのです。
初代iPhoneが発売されたのが2007年です。キヤノンの衰退はそれからスマートフォンが急速に浸透する十数年の間に起こりました。
日本を代表する高収益企業として知られた同社ですが、あぐらをかいていたらいつの間にかその立場が危うくなってしまっていたのです。
M&Aで抵抗するも、後手の印象が否めず
もちろん、この状況にただ手をこまねいているわけではありません。
事業ポートフォリオの改善のために、様々な企業を買収しました。ネットワークカメラや東芝メディカルシステムズの買収はその中核をなすものです。
しかし、これらが主力事業に成長するまではまだ時間がかかります。2014年頃からようやく本腰を入れ始めたようですが、後手に回ってしまった印象は否めません。
このように、衰退する既存事業と、それに抗うように何とか買収した事業の間で一進一退を繰り返し、結果的にほとんど成長することができなかったというのが、この10年間の歩みです。
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足りない「危機感」。茹でガエルはいつ目を覚ますか?
事業の状況を見ると、決して褒められたものではありません。複合機やカメラの縮小は明らかです。買収した事業も企業の変革を担うまでの力はまだないと言えます。
一方で、複合機やカメラの収益性がまだ高いために、思い切った変革を行うほどの雰囲気が醸成されていません。このまま少しずつ、ズルズルと衰退していく様子が目に浮かびます。まさに「茹でガエル」状態です。
キヤノンと対をなす企業として、富士フイルム<4901>があります。同社はデジタルカメラの登場で祖業のフイルムが衰退する危機感を感じ、ディスプレイ材料や医療事業に注力し、衰退を免れました。当時社長だった小森会長は、1980年代から危機感を抱いていたと言います。
※参考:富士フイルムはなぜ、大改革に成功したのか – 東洋経済オンライン(2013年11月24日配信)
キヤノンに足りないのは、まさにこの「危機感」です。これがない限り、鳴かず飛ばずの状態が続くと考えられます。
このような状態で景気後退が訪れてしまったら、企業はいち早くオフィスのペーパーレス化によりコストを削減し、消費者はカメラをスマートフォンだけで済ましてしまうようになるでしょう。
今年に入ってから業績の下方修正を繰り返している背景も、ジリ貧の事業に景気後退が追い打ちをかけているためだと思われます。そう考えると、次の本格的な景気後退では、いよいよ業績は大幅に悪化する可能性があるのです。
投資期待値が「マイナス」となる理由
業績が芳しくない状況で、頼みの綱となるのが配当です。
キヤノンには、これまでに積み上げてきた多額の現金があります。これを配当に回すことで、投資家の関心を維持してきました。
一方で、この期間に株価は上昇していません。株価が上がらずに配当が上がると、当然配当利回りが上昇します。これが、キヤノンが「高配当株」と位置づけられている理由です。
逆に考えれば、手堅い配当が株価の維持に寄与してきたとも言えます。
しかし、今回の業績下方修正で暗雲が立ち込めています。今期の1株あたり利益の予想値は131.6円です。これで昨年同様に160円の配当を出すとしたら、配当が利益を上回ってしまいます。
配当が利益を上回り続けるようだと、自己資本を毀損してしまうことになりますから、多くの会社は嫌がります。
すなわち、いよいよキヤノンは業績を伸ばしていかないと配当の維持も難しい水準に入ってきているのです。
業績の見通しを考えても、うまく行って新規事業が既存事業を埋め合わせる「現状維持」。それで配当も減る可能性があるとなれば、この投資は「期待値がマイナス」と考えられるのです。だからこそ、投資対象として魅力を感じられないのです。
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自分で見て、考えて、判断する
もちろん、同じ投資家でも異なる意見を持っている人もいます。どちらが正しいと言うことはありません。大切なのは自分で考えて、意見を持って投資しているかどうかということです。
「有名な企業だから」「配当利回りが高いから」「誰かが言ったから」という理由だけで投資していたのでは、いつまで経っても初心者の域を抜けることはできません。バフェットの師匠であるベンジャミン・グレアムも以下のように言っています。
拙くても構いません。自分で見て、考えて、判断する。このプロセスを回すことが、賢明な投資家になるための第一歩です。
※上記は企業業績等一般的な情報提供を目的とするものであり、金融商品への投資や金融サービスの購入を勧誘するものではありません。上記に基づく行動により発生したいかなる損失についても、当社は一切の責任を負いかねます。内容には正確性を期しておりますが、それを保証するものではありませんので、取扱いには十分留意してください。
本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2019年10月31日)
※太字はMONEY VOICE編集部による
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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。