キヤノン(Canon)が第2四半期の赤字および33年ぶりの減配を発表しました。株価は急落しましたが、果たして今は買いなのでしょうか。コロナ後を見据えた妥当株価を計算します。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。
日本が誇るグローバル優良企業に異変
今回はキヤノンについてお話しします。
キヤノンといえば日本が誇るグローバル優良企業として多くの人に有名です。しかもその会社が高配当を出しているということで、個人投資家から非常に人気の高い銘柄です。
しかしながらこのキヤノンが新型コロナショックを受けて、今第2四半期は赤字に転落してしまいました。その上配当も大減配するという結果になってしまいました。当然、株価は大きく値下がりしてしまいました。
ここでは、キヤノンの減配が果たして予想できたのか、さらには現状を踏まえたキヤノンの妥当株価についても計算してみたいと思います。
減配は予想できた?
日経新聞の記事にキヤノンが21年ぶりの安値を記録したとありました。
キヤノン<7751> 15分足(SBI証券提供)
キヤノンが28日に発表した決算で中間配当の減配を発表しました。
これが実に33年ぶりの減配になるということで市場関係者へのショックは大きかったです。
中間配当は80円から40円になり、また12月末の配当についても昨年度80円だったものが現在は未定となっている状況です。
これを受けて翌日29日の株価は大きく値下がりし、1日でマイナス14%というストップ安に近い水準の下落をを記録しました。
先程も説明した通り、キヤノンといえば33年も減配をしていなかったということから、個人投資家配当銘柄として、あるいはグローバル優良企業として人気の高い銘柄でした。
ついにそれが減配してしまうということで、当然株を持っている人、あるいはそうでなくても市場関係者からの驚きは大きいです。
それがこのマイナス14%という数字に表れていたと思います。
しかしよく見ると、減配は事前にしっかり業績などを見ていれば、予期できていたのではないかと私は思います。
確かに直近の配当の水準だけ見ると右肩上がりです。
30年以上減配がなくて直近でもじわじわと伸ばしていて、これだけ見ると非常に安心できる配当銘柄だと思うかもしれません。
しかしながらこれを業績と合わせてみましょう。
青がEPSつまり一株当たり利益、赤が配当ということになるのですが、青を見ると誰が見ても明らかに右肩下がりとなっています。
そして注目すべきがこの黄色の折れ線グラフです。
これは配当性向と言って配当を1株当り利益で割った金額、つまり利益の何パーセントを配当に出しているかということです。
キヤノンの場合この十数年間の間に、数回100%を超えているタイミングがあって、そうでなくても50%を超えるというのは一般的に見て高い水準にありました。
これがどういうことなのかというと、利益以上の配当は出せるには出せますが、ずっとそんなことをしていたら純資産が減ってしまいます。
それは会社の財務としては由々しき事態なので、これをずっと続けるというのは難しいわけです。けれどももはやキヤノンはすでにそんな状態にあったと言うことができます。
従って、その流れでいけばキヤノンは新型コロナショックが無かったとしても、利益が下降線を辿っている以上、どこかで必ず減配をしなければならないような局面に陥ったのではないかと考えられます。
Next: では、この減益の要因は何なのかということを改めて考えてみたいと思いま――
減益は「時代の流れ」か
では、この減益の要因は何なのかということを改めて考えてみたいと思います。
これがキヤノンの事業構成です。
オフィスつまりオフィス用複合機など47%、それからイメージングシステムこれがデジタルカメラで23%。
メディカルシステムは東芝から買収したMRIなどのことで、これが全体の12%、それから産業機器、フラットパネルディスプレイと呼ばれる超精密機械が21%ということになっています。
今回の新型コロナショックで皆さんそもそもオフィスに行かなくなったので、オフィス事業がかなり厳しい状況になってしまったということがあります。
また、イメージングシステムについてもなかなか外出やお出かけしないと、カメラを使う機会がないのでカメラも厳しいということになりました。
産業機器についても工場が動かないということになると、こういった物が必要なくなってしまうのでこれもダメになり、軒並み厳しい状況に陥ってしまいました。
それがこの今期の業績発表になります。
このオフィス、イメージング、それから産業機器、いずれも大幅減益や赤字という結果になっています。
これは新型コロナの一時的な影響なのかなと思ってしまいがちですが、実はそうでもありません。
先程見ました通り、業績は見事に右肩下がりになっています。
コロナ禍がなくとも厳しい状況にあった
改めて事業に戻りますとオフィスというのが、例えば皆さんも営業の現場などでは紙はあまり使わずにタブレットでやって、そのままサインをして取引をするなんてことも珍しくなくなってきたので、紙の需要というのも明らかに少なくなってきています。
またデジカメについてもみんなスマホで撮るようになったので、このイメージングシステム、デジカメの需要というのもやはり下がってきています。
キヤノンは素晴らしい技術、素晴らしい商品を持ってはいますが、もはや持っている産業自体が衰退産業にあった、つまり新型コロナがなくとも厳しい状況にあったことはは間違いありません。
このことから減配は避けられなかったということが考えられるわけです。
さらにこの新型コロナショックを受けて在宅勤務が進むようになると、紙はもはや使い物にならなくなってしまいます。
そもそも紙などなくてもデジタルでやった方が、管理の都合や、地球環境に優しいという点でも良いわけです。
なので、もはやこれは時代の流れを加速させただけという形ではないかと思います。
Next: もちろんキヤノンもこれをぼーっと眺めていたのではありません――
「M&A」でビジネスの幅を広げてきた
もちろんキヤノンもこれをぼーっと眺めていたのではありません。
これらが将来的にやばいということは分かっていたので、各社それ以外のビジネスというのをM&Aなどを通じて育んできました。
先程ありました、東芝メディカルシステムズを買収したということもその1つです。
医療は現時点においても増益を達成しているということから、これが功を奏したという部分はありますが、全体の割合からすれば大したことありませんから、事業転換が間に合わなかったといえます。
妥当な株価は? 数字で考える
多くの株式保有者にとって問題となるのが、これから株価が果たして戻るのかということではないかと思います。
一時的に下がったとしても良い企業だったらやがて戻ってくると考える人も少なくありません。
そこは数字に冷徹になって評価を下さなければならないと思います。
そこで想定株価、キヤノンの今後の業績から見込まれる妥当な株価というものを計算し、それを元に売買の判断をしていきたいと考えるわけです。
前提条件といたしましては成長はやはり今持っている事業からは当面厳しく、よほど事業転換をしていかない限り成長していくのは難しいです。
新型コロナは今が一番厳しい時だと思わるので、やがて人々がオフィスに戻るようになると一定の需要は戻ることにはなると思います。
しかし100%戻るかと言うと決してそんなことはないだろうと思われ、先ほど言った通り時代の流れが加速して、キヤノンの衰退が一気に進んでしまったというのは否めないので、8割程度の業績になるのではないかと考えます。
また配当はこれまで高配当ということで株価を支えていた部分がありますが、すでに30年以上続いていた減配なしという記録が終わってしまったので、今後どうなるか分からない投資家もそれを支えにすることはできないので配当自体が株価の支えにはならないということが考えられます。
その前提条件の下でPERを考えます。
PERというのは成長性に対する評価なので、どれぐらいのもので見られていたのかというところは、マネックス証券の銘柄スカウターから見ることできます。
幅でいうと13倍から24倍というような幅で動いています。
平均値としては17倍というところです。
ここでは恣意性を加えないために、平均の17倍を取りたいと思います。
そして利益が直近150円から200円くらいのEPS(1株当たり利益)を出していたので、その8割程度ということで100円から150円ぐらいではないかという風に考えます。
そしてPERは先程使った17倍というのを引用しまして、単純に掛け合わせることによって想定株価が簡単なものですが計算できまするわけで、それが1,700円から2,250円という結果になります。
Next: さて、現在の株価を見ますと、これは8月5日時点ですが、1,780円という
キヤノンの株価は「まだ妥当」、割安とは言えない
さて、現在の株価を見ますと、これは8月5日時点ですが、1,780円ということで先程お示しした1,700から2,250円の範囲内に収まっています。
つまり、これを見る限りキヤノンはまだ妥当な株価の範囲内にあるということが私としては考えられるわけです。
言い換えると、まだ割安とは言えないということです。
急落こそしましたが、そもそも事業の衰退ということを考えると、もはやこれぐらいの価値が妥当だったと思われますし、むしろ3,000円ぐらいあった株価というのは景気の流れだとか、あるいは配当に支えられていた部分が少なくないんではないかと思います。
逆にこの急落を受けて買うかというと、それに至るほど割安でもないわけです。
そもそも成長性に限界があるので持っていたところで、多少はもちろん回復するかもしれませんが、上限としてもせいぜい2,500円から3,000円程度ということで、必ずしも有利なものではないでしょう。むしろ新型コロナでこの業績の劣化が加速してしまうとするならば、ますます厳しい状況になってもおかしくないというリスクをはらんでいます。
買うほど割安でもなく、持ち続ける旨みもない
結論としては、今はまだ割安な水準とは言えないので、今が買いのタイミングとは言えませんし、また持ち続けるにしてもあまり大きな利益は望めないものになるのではないかと思います。
配当が減ってしまったので、さらに持ち続ける理由というのもなくなってしまいました。
正直、この銘柄を持っていることはあまり良い期待値を持つものではないと考えます。決してそこまで悪い銘柄だとは言えませんが、少なくとも今が買いだというタイミングでもないと思います。
もっと成長性の期待できる銘柄、あるいは割安さを求めるにしてももっと株価が下がった時に投資するという投資行動が有利なのではないかと私は考えます。
(※編注:今回の記事は動画でも解説されています。ご興味をお持ちの方は、ぜひチャンネル登録してほかの解説動画もご視聴ください。)
※上記は企業業績等一般的な情報提供を目的とするものであり、金融商品への投資や金融サービスの購入を勧誘するものではありません。上記に基づく行動により発生したいかなる損失についても、当社は一切の責任を負いかねます。内容には正確性を期しておりますが、それを保証するものではありませんので、取扱いには十分留意してください。
『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』(2020年8月2日号)より
※記事タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。