夢はボリウッド俳優
オリッサ州とチャッティスガル州の州境にあるスクマという町で、サジッドという若者に出会った。僕がガソリンスタンドを探して右往左往していたときに、彼が親切に道案内してくれたのだ。
サジッド君の職業はファッションモデルだ。少なくとも彼はそう自己紹介した。若者向けのカジュアルファッション(リーヴァイスやナイキ)の広告モデルをしているという。言われてみれば、確かに整った顔立ちをしている。目は大きく、鼻筋も通っている。でもモデルにしてはちょっと背が低い。170センチにも届かないぐらいだ。それにこんなガソリンスタンドすらないような田舎町にモデルの仕事なんてあるのだろうか?
「もちろん、ここにはモデルの仕事なんてないさ。普段はハイダラバードに住んでいるんだ。インドでも有数の大都会だから、モデルの仕事も結構ある。ギャラは1日あたり2万8000ルピー。悪くないね。でも仕事があるのは月に3回ぐらいなんだけど」
インドのモデル事情はよく知らないが、月に3日働くだけで8万4000ルピー(16万8000円)ももらえるんだったらたいしたものである。それだけでも十分に食べていける収入だ。
もっともサジッド君自身はお金のことをあまり心配しなくてもいい立場にいる。実家がお金持ちなのだ。父親は鶏を30万羽(!)も持つ大きな養鶏場や魚の養殖場などを経営する地元の名士で、サジッド君もいくつかのビジネスに携わっているという。彼が普段乗っているマヒンドラ社の四輪駆動車は100万ルピー(200万円)もする。もちろんトヨタのランドクルーザーには遠く及ばないが、それでもオンボロのトラックばかりが行き交う田舎町では、明らかに人目を引くイカした車だった。
「僕の夢は俳優になることなんだ」とサジッド君は真面目な顔で言った。「ファッションモデルだけで終わるつもりはないよ。歌って踊れる俳優としてボリウッド映画に出るのが夢なんだ。実は映画にはもう何度も出演しているんだ。端役だったけどね」
インド中の若者の憧れの的である「ボリウッド俳優」になる。もちろんそれが簡単に叶う夢でないことは、彼にも十分わかっているのだろう。外国人相手に大口を叩いているだけなのかもしれない。それでも、とてつもなく壮大な夢を何のてらいもなく語ることができる素直さが、僕には羨ましかった。自分の身の丈に合わないほどの大きな夢を見るのは、たぶん若者だけに許された特権なのだ。