麻生大臣の円高阻止発言には説得力がありません。にもかかわらず3円以上円安になったことを考えれば、ドルや株でシコっている人にとって「絶好の売り場」となりそうです。(『マンさんの経済あらかると』2016年5月11日号・斎藤満)
プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
※本記事は有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2016年5月11日号を抜粋・再構成したものです。興味を持たれた方は、ぜひこの機会に無料のお試し購読をどうぞ。
円売り介入の可能性が低いと考えられるこれだけの理由
絶好の売り場
麻生財務大臣は10日の参議院財政金融委員会に出席し、米国の為替報告書に日本が為替監視国としてリストアップされたことで、「日本の為替政策は制約を受けない」「最近の為替動向は一方的に偏しており、さらにこの方向(円高)に進むことは断固阻止せねばならない」と発言しました。前日には為替介入も用意していると言っています。
これらの発言を受けて、ドル円は10日の東京でも108円台後半まで円安に戻し、これをみて日経平均は一時300円を超える上昇となりました。
しかし、麻生発言には説得力がなく、これで3円以上円安になったことを考えれば、ドルや株でシコっている人には、絶好の売り場を提供してくれました。口先介入はもちろん、日本が単独で為替介入に出ても、効果は短命で限定的と見られるためです。
以下に示すように、このところの為替は必ずしも行き過ぎた円高とは言えないのです。
穏やかな実質実効為替レートの動き
円の実質実効為替レート(主要国通貨を貿易ウェイトで加重平均し、それぞれのインフレ率で調整したもの。2010年=100の指数で、大きくなるほど円高)をみると、今年3月の水準は76で、円高のピークとなった1995年4月の150の半分にすぎません。
76という水準は、82年の鈴木善行内閣時に円安が行き過ぎて、経済危機に陥った時の水準と同じになります。
ドル円で見ると円高になったように見えますが、その他通貨に対してはそこまで円高でないこと、日本の物価上昇率が低いために、この物価対比では円安という形になっています。
昨年6月に日銀の黒田総裁が国会で、「実質実効レートからみて、これ以上の円安は考えられない」と発言しましたが、この時の実質実効レートは67台で、これと対比すると1割強の円高です。
つまり、昨年6月の黒田発言を境に、為替は明らかに円高方向に転換したのですが、そのペースは、この実質実効レートでみると月に1%強の緩やかなもので、決して「異常な円高」ではありません。
また各国首脳も、円はローカル通貨の一つで、ドル円に特段の関心があるわけではありません。まして米国はドル安歓迎の立場です。
Next: 現在の水準は「歴史的な円安」、適正レートは1ドル90~100円
現在の水準は「歴史的な円安」
つまり、麻生大臣が言うほど、為替は円高ではなく、長い目で見れば、実質実効レートは依然として「歴史的な円安」水準にあることを示唆しています。海外の指導者もこれを認識している可能性があります。
従って、サミットなどでは「為替の急激な変動は好ましくない」点では共感を得ても、円が偏って異常な円高にあるとの点では共有化できないでしょう。
米ドル/円 日足(SBI証券提供)
米ドル/円 週足(SBI証券提供)
米ドル/円 月足(SBI証券提供)
購買力平価からは1ドル100円が妥当
もう一つの指標、購買力平価でみると、ドル円は100円前後でよいことになり、今の水準は決して「行き過ぎた円高」ではありません。
物価指数を企業物価など、貿易財に近いものでとると、さらに均衡水準は円高になり、90円でもよいことになります。
日米金利差から見た適正レートは90円台
さらに、日米の金利差(2年国債)からみたドル円相場も90円台が適正となっています。これらの「均衡水準」を大きく超えた円安を一旦経験してしまったために、そこからの円高が「ハンデ」に見えますが、水準自体は騒ぐほどの円高ではなく、為替介入までして円安に戻すことは、国際的にも正当化されません。
Next: アメリカの手の平で踊る安倍政権、円売り介入実現の可能性は低く
アメリカの手の平で踊る安倍政権、円売り介入実現の可能性は低く
昨今の安倍政権に対しては、米国のネオコンや外交問題評議会(CFR)などが様々な形で個人ごとに「ささやき」作戦に出ている模様です。
それが安倍政権首脳にまんべんなくなされていれば問題ないのですが、安倍、菅両氏にはささやいても、麻生大臣が外されたり、逆に麻生、菅氏などにささやいても、安倍総理が外されたりと、意図的に分断を狙った動きも感じます。麻生発言はやけに感情的でした。
以上のように、麻生大臣の認識は内外で共有される可能性が低く、現実に為替介入がなされる可能性は低いと見ます。
仮に介入があっても小規模に
仮にできても、年間10兆円以下に収まるよう、小規模なものに限られます。米国と喧嘩してまでも円安にする勇気はないでしょう。
この先、内外の環境も円安には向きにくいと見られます。米国の6月利上げも見送りとなる可能性があり、原油価格がまた下落に向かって「リスク・オフ」が再現する懸念があります。
日銀も米国に遠慮したのなら、6月も緩和はできません。そうであれば、109円まできたらドル売りの絶好のチャンスで、株も深追いは禁物となります。
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『マンさんの経済あらかると』(2016年5月11日号)より
※太字はMONEY VOICE編集部による
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金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。