昨年11月に上場した日本郵政グループ3社(日本郵政、ゆうちょ銀行、かんぽ生命)ですが、今年に入ってさえない値動きが続いています。特に日本郵政とゆうちょ銀行は公募価格を割り、上場によって新たに株主となった多くの投資家が含み損を抱えている状況になっています。株主は、このまま塩漬けにするか、損切りして売却するか悩んでいるのではないでしょうか。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)
プロフィール:栫井駿介(かこいしゅんすけ)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。
勝ち組と負け組がハッキリしてきた親子上場、今後有望なのは?
日本郵政グループの価値はほぼ金融2社のみ
日本郵政グループは、全国の郵便局を営業基盤として活動する国内最大規模の企業グループです。郵便だけでなく、銀行や生命保険も取り扱う、他に例を見ない業態となっています。ゆうちょ銀行とかんぽ生命は持株会社の日本郵政の傘下でそれぞれ上場し、もうひとつの主な子会社である日本郵便は非上場です。
出典:日本郵政 株式売出目論見書
日本郵政の事業は、もともと郵政省が管理する国の事業でしたが、小泉政権時代に郵政民営化の方針が示され、その後紆余曲折がありながら、昨年11月についに上場を果たしました。上場時の売出規模は過去最大規模で、テレビコマーシャルまで使って大規模な販売が行われていたのは記憶に新しいと思います。
もともと「官業」であったことから、その特色が今も色濃く残っています。例えば郵便局は日本全国の市町村に配置され、日本全国にあまねくサービスを行う「ユニバーサルサービス義務」が課せられています。
古くからの事業を行っていることから、特に高齢者には安心感を与えるブランドである一方、一般的な民間企業と比較して決断が遅く、コスト高になりがちな側面があります。
持株会社である日本郵政の利益を分解すると、その大部分は連結子会社のゆうちょ銀行とかんぽ生命に支えられていることがわかります。セグメント利益の約5割はゆうちょ銀行、約4割はかんぽ生命から生み出され、郵便関連事業からはほとんど利益があがっていない状況です。
出典:日本郵政 有価証券報告書
つまり、実質的には日本郵政グループの価値はほとんど金融2社に支えられていると見るのが適切です。
Next: そもそも「お役所」な日本郵政の将来に明るい兆しは見えず
明るい兆しの見えない金融以外の事業
持株会社である日本郵政は、ゆうちょ銀行及びかんぽ生命の約9割の株式を持ち、郵便事業を行う「日本郵便」の全株式を保有しています。
将来的には、ゆうちょ銀行とかんぽ銀行の株式を売却することが決まっていますので、日本郵政の金融子会社からの利益の取り分は減少していきます。やがて日本郵政に残るのは郵便事業だけとなり、このままだと利益の大部分を失うことになってしまいます。
電子メール等の普及により、郵便物は益々減少していくことが確定的です。インターネット通販の隆盛により、ゆうパックのような宅配物は毎年確実に増えていますが、この事業は非常にコストがかかるため、利益を生むどころか、取扱数が増えるほど赤字が膨らむような状況になっています。
さらに、近ごろの人件費の高騰が追い打ちをかけています。
もちろん、日本郵政と子会社の日本郵便も手をこまねいているわけではありません。昨年オーストラリアの物流会社であるトール社を6,000億円で買収しました。また、郵便局でカタログギフトを販売するなど、様々な新規事業に手を出しています。
しかし、新規事業はあまりうまくいく様子が見られません。トール社は買収初年度から減収減益を記録しました。買収してから特にてこ入れをする様子はなく、高い買収金額を回収できそうにない状況です。
また、報道にもあった通り、決済代行事業からわずか2年で撤退するなど、踏んだりけったりの状況が続いています。
そもそも日本郵政は「お役所」であり、新規事業をやるような能力は備わっていません。これが中小企業であれば、社員の意識改革や人材の採用などを行うことで劇的に変わることもあるでしょうが、従業員数が20万人を超える企業で改革を行うのは並大抵のことはありません。
利益の大部分がやがて減少し、郵便事業は衰退、新規事業は鳴かず飛ばず。日本郵政(日本郵便)の将来性には明るい兆しが見えていないのです。
Next: ゆうちょ銀行は「普通の銀行」になるだけで未来が開ける
ゆうちょ銀行は「普通の銀行」になるだけでいい
ではその傘下のゆうちょ銀行はどうでしょうか。
ゆうちょ銀行は預金額約180兆円を誇る日本最大の銀行です。しかし、他の銀行と大きく異なり、一般企業への融資ができません。そのため、預かった預金を国債や社債に投資して得られる金利収入を収益源としています。
その内容に民営化以降変化が見られています。従来はほとんど国債で運用していましたが、今ではその割合は4割にまで下がり、さらに減少させる方向性です。
そして、代わりに買っているのが外債です。外債は一般的に日本国債よりも金利が高いため、単純に入れ替えるだけで、利回りの向上が見込めます。
出典:日本郵政 決算説明資料
もちろん為替など一定のリスクは増えます。しかし、これまで保守的な運用をしていたゆうちょ銀行の規制上の自己資本比率は26パーセントもあり、他の銀行を大きく上回ります。
つまり多少のリスク取って収益を増やす余裕が十分にあるのです。
その他にも、投資信託の販売など、他の銀行がやっていることを真似するだけで利益を上積みできる、経営上これ以上ないシンプルな状況です。そのために外部から人材を採用し、ノウハウの取り込みも行っています。
直近の報道にあったように、振込手数料を有料化したのもその一環と考えられます。
Next: 長い目で見れば、明らかにゆうちょ銀行が日本郵政よりも優位
長い目で見ればゆうちょ銀行が優位
ゆうちょ銀行の配当利回りは現在の株価で4.0%と、日本郵政の3.8%を上回ります。公募価格で買っていたとしても約3.5%の配当利回りですから、長期的に持っていっても悪くない水準です。安定的な利益成長を考えると、資産株として持っていて十分もとが取れます。
将来の兆しが見えない日本郵政と、淡々と改善を続ければ安定成長が見込めるゆうちょ銀行。日本郵政は持株会社なので、ゆうちょ銀行とかんぽ生命の保有株式分の価値はあるという見方もありますが、お荷物の日本郵便が「マイナス価値」になることも十分にありえます。長い目で見れば、どちらを持っていた方が良いかは明らかでしょう。
日本郵政<6178> 日足(SBI証券提供)
ゆうちょ銀行<7182> 日足(SBI証券提供)
今はマイナス金利の影響で、両社ともに株価が下落しています。しかし、いつまでもマイナス金利が続くことはないでしょうから、長期投資家はその先の展開を見越した投資をしなければなりません。
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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2016年8月21日)
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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。