これまでは「有事の円買い」と言って、何かあれば円が買われることが一般的でした。例えば、東日本大震災後には一時70円台にまで円高が進みました。しかし、この常識が崩れつつあります。現在のような「有事」でも、円安が進んでいるのです。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。
「有事の円買い」ではなかったのか!?
先週は為替に大きな動きがありました。ドル/円が一時112円台にまで急速に円安に転じたのです。
米ドル/円 15分足(SBI証券提供)
理由として考えられるのが、新型コロナウイルスの影響です。ダイヤモンド・プリンセス号のみならず、日本では市中感染が明白なものとなり、諸外国から厳しい目が向けられています。
これまでは「有事の円買い」と言って、何かあれば円が買われることが一般的でした。例えば、東日本大震災後には一時70円台にまで円高が進みました。
しかし、この常識が崩れつつあります。現在のような「有事」でも、円安が進んでいるのです。
そもそも、これまでNHKのニュースですら「安全通貨としての円の需要が高まり…」と「有事の円買い」を説明していましたが、これは間違いです。日本政府の財政は悪く、「安全通貨」にはなり得ないからです。
本当に安全を求めるなら最強通貨のドルを買うでしょう。
有事の円高の原因は「円キャリー取引」にありました。かつては、日本円は他の通貨と比較して低金利でした。低金利の円でお金を借り、ドル転して投資することで、少なくとも短期的にはさやが抜けたのです。この際「円売り」の需要が発生し、円安になっていました。
そんな中で、金融市場にリスク・オフの動きが強まると、保有していた有価証券を売る動きが生まれます。その際借りた円を返さなければなりませんから、上記とは逆の「円買い」の需要が発生するのです。「有事の円買い」とは、このようなメカニズムで発生していました。
ただし、状況は刻一刻と変化しています。今や世界各国が金利を引き下げ、日本と諸外国の差はなくなりました。そのため、「円キャリー取引」がなくなってしまったのです。
すると、現在のように日本の経済状況が不安視されるような状況になると、その後の日銀による金融緩和に対する思惑が高まります。金融緩和は円安に結びつきますから、それを見越した円売りが入ったと考えられます。
現象が変わっても、本質は変わらない
私はずっと「安全通貨としての円」という表現に違和感を持っていました。これだけ財政の悪い国の通貨が安全通貨なわけがありません。ニュースでこの言葉を聞くたびに、奥歯にものが挟まったような感覚を覚えていたのです。
何とか違和感を払拭しようと調べた結果、円キャリー取引によるものという仮説にたどり着きました。こちらのほうが圧倒的に説得力がありました。
今起きていることは、この仮説を十分に補強する材料になっていると思います。すなわち、円キャリー取引が姿を消した今、「有事の円買い」はもはや発生しないのです。
単に為替の動きだけを見て「これまでの常識が通用しない!」と騒ぎ立てる人も少なくありませんが、自分の頭でその裏にあるメカニズムを紐解くと、本質的な部分は何も変わっていないことがわかります。
だからこそ、物事を見るときには現象だけを見るのではなく、その本質を探そうと心がけることが大切です。そうすれば、目の前の喧騒に惑わされず、落ち着いた心で日々を過ごすことができるようになります。
Next: 為替変動は完全に無視していい? 私が円安でも外国株を買う理由
円安でも外国株を買う理由
私は外国株も取引します。まさに直近でも米国株(ADR)を買ったわけですが、それは円安のタイミングでした。円貨で買ったので、安い円で高いドルを買う「損なタイミング」という見方もあると思います。
しかし、私は為替変動はほとんど気にかけていません。まったく無視していると言っても良いくらいです。
1つの理由は、為替の動きがまったく読めないからです。企業業績が基準となる株式とは違い、為替はあらゆる経済事象が変動要因となります。その時の社会情勢によって、心地よい水準が変わるのです。数年前は1ドル100円未満が当たり前だったことを覚えているでしょうか。その中で1円の差を気にしてもしょうがありません。
米ドル/円 月足(SBI証券提供)
私が外国株を持つ理由に、通貨分散もあります。人的資産を含めて資産の大部分は日本円ですから、外国資産を持つことは重要な資産分散戦略です。そう考えると、例えばドル資産を買えるならそれだけで儲けもので、ドルベースで株が下がったら為替は考えずに積極的に買います。
外国株を一度買ったら、価値の上昇や配当により、自然と外国資産が増えることになります。大切なのは資産分散ですから、よほど必要性がなければ円には戻さず、外貨のまま持っていれば良いのです。
そして何より、私は長期的には円安になると思っています。短期的な動きはわかりませんが、長期的に見れば経済の強い国の通貨は上昇し、弱い国の通貨は下落することは間違いありません。
日本財政がどうのこうのという難しい話をせずとも、日本とアメリカのどちらの経済が強いかは明白でしょう。そう考えると、円が高くなり続けるという状況は想定しづらいのです。
外国株はどうしても馴染みが薄くなりがちですが、魅力的な銘柄はたくさんあります。むしろ、本質さえ捉えていれば余計な雑音に左右されず持ち続けられるメリットもあります。持ち続けるにふさわしい優良企業も、日本以上にたくさんあるのです。
日本株と外国株、どちらが良いということではありません。それぞれ良いところ、悪いところがあります。良いところに焦点を当て、どちらも買うことで分散効果を発揮すれば、資産運用としてより万全の体制を築くことができるでしょう。
※上記は企業業績等一般的な情報提供を目的とするものであり、金融商品への投資や金融サービスの購入を勧誘するものではありません。上記に基づく行動により発生したいかなる損失についても、当社は一切の責任を負いかねます。内容には正確性を期しておりますが、それを保証するものではありませんので、取扱いには十分留意してください。
『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』(2020年2月23日号)より
※記事タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
無料メルマガ好評配信中
バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問
[無料 ほぼ 平日刊]
【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。