先頭に立って携帯料金の値下げを要求してきた菅義偉氏が総理になったことで、携帯各社の株価は下げています。果たして今、ドコモ・KDDI・ソフトバンクの株は買いなのでしょうか?(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。
菅政権誕生で「携帯銘柄」に逆風か
菅総裁が誕生しました。菅総裁ですが、かつて総務大臣も務めていたことから、携帯電話料金が日本が突出して高いということを盛んに言って、これまでも値下げ要求を行ってきました。
そのことから携帯電話会社に対して逆風が吹くということも想定されていまして、これらの銘柄の株価が下がっています。
果たしてこのような携帯電話会社の株が、いま買いなのかどうかということについて、今回はお話しできればと思います。
以下、9月4日の日経新聞のニュースです。
菅義偉官房長官が自民党総裁選への出馬表明会見で、携帯電話料金について「事業者間で競争が働く仕組みをさらに徹底していきたい」と述べ、一段の値下げに意欲を示した。
菅さんは2018年、官房長官の時に、携帯電話料金の引き下げというのを会見で要求してきたのですが、先日のこの総裁出馬表明からも、この料金について言及しています。
これらの発言を受けましてドコモ、KDDI、ソフトバンクの3社がいずれも株価を下げていて、発言の前後からするとおよそ10%程度を下がっているという状況です。
NTTドコモ<9437> 日足(SBI証券提供)
KDDI<9433> 日足(SBI証券提供)
ソフトバンク<9434> 日足(SBI証券提供)
値下げ圧力の影響は?
では、まず実際に菅さんの言うように、日本の携帯電話料金というのが高いのかどうかということから考えてみたいと思います。
それで1つ総務省が示しているのが、以下の図の国際比較ということになります。
これは利用通信量別に並べたもので、一番左が東京です。
2ギガであまり使わない人にとっては、東京、ニューヨーク、ロンドン、パリ、デュッセルドルフ、ソウルという中ではニューヨークとソウルに次いで3番目で、5ギガになるとニューヨークに次いで2番目、それから20ギガなるとニューヨークを抜いて一番高い料金となっています。
これから分かるように、特に通信量の多い時に高いということが分かりましたので、これを受けて各社料金対策を行いました。
具体的に言うと、ギガホやギガライトなど、つまりたくさん通信量を使う人はある程度の通信量までは定額でやるということで、通信量の多い所の引き下げを計りました。その他にも通信料全体も4割安くして、外見上はそうなるというようなものを発表しました。
あるいは通信料と端末料金を分離する、つまり今まで通信料と端末料金の分割がごっちゃになっていて、どこが割引なのかよくわからないということになっていましたので、この違いを明確にして、割り引くなら端末料金ではなくて、通信料金から割り引くようにということを言ったわけです。
また最近では楽天が参入するという動きもありまして、3社体制から4社体制になるのではないかということも見られて、携帯電話会社には値下げ圧力が止まないように見えます。
それで、実際にどうなったのかというと、実はそれほど大きな影響はなかったと見られています。
Next: 解約率が下がって「3強」維持へ。菅政権と携帯会社のWin-Win
解約率が下がって「3強」維持へ
ドコモはこれらを受けて減収減益という直近の決算になっていますが、一方で、KDDIとソフトバンクは増収増益を直近でも達成しています。
ドコモに関しても携帯電話契約数自体はしっかりと伸びていますし、また端末の割引がなくなったことで、端末が安くなるから他社に乗り換えるということが少なくなり、解約率が下がっているという傾向にあります。
出典:NTTドコモ決算説明資料
これはドコモ、KDDI、ソフトバンクいずれも共通です。
出典:NTTドコモ決算説明資料
ARPUというのは1契約あたりの料金のことですが、確かにこの赤い部分で料金そのものに関しては先ほどの4割の値下げを行ったということもあったので下がってきていますが、一方で端末の割引というのが無くなって、顧客間での流動性が無くなったということによって割引をする必要がなくなってきました。
これはプラスからマイナスを引いたものなんですが、トータルで見た時には下落傾向が止まって上昇傾向に転じています。
つまり、総務省が行ったこの料金施策というのは、人々の解約意欲というのを失わせて、この3社に固定化される要素を作ったのではないかと見られています。
菅政権と携帯会社は「Win-Win」の関係に
最近では携帯の進化というのも大きな変化というのはなくなってきたので、同じ端末あるいは同じ料金プランを使い続ける人も増えてきたのではないかと思います。
本来の競争をちゃんと働かせるという資本主義の原則に立ちますと、MVNO、つまり格安スマホなどに乗り換えさせるというのが1つの手だと思いますが、一部の人は乗り換えたと思うのですが、それ以外の人には、携帯を変えるというのは多少料金が高かったとしてもなかなか面倒な話です。
総務省の施策というのはその乗り換えのしにくさというものを加速させたという風に見えるのではないかと思います。
逆に言えば大手3社のキャリアにとっては、むしろこれから安泰な状況になるのではないかとすら考えられます。
一方で、総務省としても、先ほどの携帯料金の国際比較のグラフを下げれば、携帯料金を下げられたよと言うことができるので、各社取り組んでいるデータ容量が多いところの値下げをこれからも行えば、菅さんの顔も立てることができますし、携帯電話会社にとってもそれほど痛手にならないということから、Win-Winとなって問題は終わるのではないかという風に見られます。
Next: 「5G」という追い風も待っている
5Gの追い風
またこれから携帯会社に何が起こるのかというと5Gへの移行です。
高速大容量通信ということになるのですが、これまでも3Gから4Gに人々が乗り換えてきたように、4Gから5Gへ乗り換えていくのではないかということが考えられます。
そこにおいて4Gよりも高い料金を払うということになるでしょうから、この乗り換えを促すことによって料金をトータルで見た時に引き上げることが可能になるわけです。
一方で、携帯料金が高いという人に対してはこれまで通り4Gを使い放題にしても、5Gがあるため今度は回線を圧迫することがなくなります。
さらに言えば、これまで携帯電話だけでしたが、これからは車や家電にも携帯通信というものがついてきて、IoTの時代になるわけです。
IoT契約数が増えて5Gで料金が上がり、使い放題などは残った4Gでやればよいということになるので、むしろ携帯電話会社にとってはやりやすい状況がこれからやってくるのではないかと見えるわけです。
政府の値下げ要求だけで終わる可能性も
確かに政府が無理やり料金を引き下げろと言ったら、それはもうどうしようもないかもしれませんが、ここは日本です。
資本主義が根付いていますし、この各社の裏には、私たちのような株主がいます。共産主義国ではないので、無理やり料金を引き下げるというようなことはやはり現実的ではないのではないか思います。
もしあまり上げられないとしても、キャッシュフローそのものは豊富な会社なので、そこから配当は確実に得られるということが考えられます。
割安なタイミングではある。ただしドコモは…
一番気になるのは、今、本当に買いなのか?あるいは、どこを買えばいいのか?ということについてです。
出典:マネックス証券
各社の株式の指標を見ますとPERがドコモが15.2倍、KDDIが10.6倍、ソフトバンク12.9倍と比較的割安な水準に抑えられているのではないかと思います。
配当利回りも4.2、3.9、6.4というこれもかなり高い水準に置かれていると思います。
この3社で比べますとKDDIの割安さが際立ちますし、またソフトバンクは直近で親会社のソフトバンクグループが株式60%以上を持っていた株式を40%に減らすと言っていますから、これまで懸念されていた親会社の売却による株式需給の悪化懸念というのも払拭されてくるのではないかということが考えられます。
一方で、少し気になるのが、NTTドコモです。
Next: ドコモには難ありか。ドコモ口座ほか周辺事業の失態が続く
ドコモには難ありか
直近のニュースで出ました銀行からドコモ口座に見に覚えのない現金が引き出されるという被害が出ています。ドコモのセキュリティが甘かったということが非常に問題になっています。
このようにドコモは携帯事業はともかく、その周辺事業に手を出そうとするとことごとく失敗しています。
かつてはインドの携帯会社を買おうとして大失敗に終わってしまいましたし、らでぃっしゅぼーやなどへの出資も、あまり実を結ばないで結局、売却して撤退というような動きが続いています。
このように周辺事業が本当に下手くそです。その能力がある人があまりいないのではないかと思います。
出典:マネックス証券
それが業績にも現れていまして、KDDI、ソフトバンクは売り上げ利益とも伸ばしていって、直近でも最高益を出していますが、ドコモに関しては売上はほぼ横ばいですし、利益も最近では少し増えましたが、また直近で大きく減らすというような動きとなっています。
それに対して、PER等は必ずしも割安ではないというところがあります。
またこの10年のチャートを見ましても、ドコモは10年で株価は2倍にしかなっていませんが、KDDIは4、5倍になっています。ここから見てもドコモは市場としては成長する可能性があると思いますが、ただその能力が十分にないのではないかと考えられるわけです。
そのことから私は携帯会社は今割安だと思っていますし、仮に菅さんの圧力があっても十分にのらりくらりとやっていくのではないかと思っています。配当も高く、すぐに株価は上がらないかもしれませんが、上がらないうちは配当を受け続けて、やがて来る5GとかIoTの時代が来た時に業績が上がれば、その時には株価も上がっていくのだと思います。
したがって、今が1つの買いのタイミングであると思いますし、ただ買うとしても、前述の通りドコモをあえて選ぶ必要はないのではないかとも思います。
(※編注:今回の記事は動画でも解説されています。ご興味をお持ちの方は、ぜひチャンネル登録してほかの解説動画もご視聴ください。)
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『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』(2020年9月14日号)より
※記事タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。