ユニークな店を次々開店も3.11で危機。その後、東証1部上場を果たした松村氏の経営手腕
最後に、若干だが松村氏の経営手腕について解説していこう。
松村氏は大学時代に「サイゼリヤ」でアルバイトとして働いていた時、食べに来た人に「安いね、おいしいね、また来るね」と感謝されたのを機に外食の魅力に開眼。ディスコに就職し、黒服として活躍していたが次第に下火となり、95年に池袋に日焼けサロンを開業して独立した。日焼けサロンで資金を貯めつつ、飲食店の企画を練り、2001年に外食1号店の「ヴァンパイアカフェ」を銀座にオープンした。

ヴァンパイアカフェ
メイドと執事がもてなす「ヴァンパイアカフェ」はゴシックロリータを愛用する女性など、オタク女子に大受けし、日本のメイドブームの起点の1つとなった。

迷宮の国のアリス
その後、今のDDホールディングスとなる前は、社名をダイヤモンドダイニングと名乗り、『不思議の国のアリス』の世界観を表現したアリスシリーズのレストラン、『ベルサイユのばら』をもじった「ベルサイユの豚」、インバウンド人気が高い原宿「カワイイ モンスター カフェ」、前出の「わらやき屋」、「グラスダンス」などエンターテインメント性が高い多彩なレストランを東京の山手線内を中心に出店してきた。

カワイイ モンスター カフェ
松村氏が「外食のカリスマ」と言われ始めたのは、10年に100業種100業態を達成した頃からで、1つの業態でも確立させるのが困難な中での前人未到の偉業であった。松村氏はマーケティングを重視、1つの駅の駅前でも立地の違いで異なった業態を開発して、自社競合を回避するドミナント出店を可能にした。
現在、DDホールディングスはM&Aを主たる戦略としているが、不振の外食企業でも、立地が良ければ培った100業態を超える業態開発のノウハウで、店を最適な業態にリニューアルできる強みを持つ。
M&Aによって、文化、ビジネスモデル、アセット、人材等が組み合わされることで、既存のビジネスモデルを超越する新たなビジネスを創出させる、世界に誇るオープンイノベーション企業を目指したいです。(松村氏)
また、現場に権限を委譲する一方、目標達成を厳しく問うやり方で、自ら考え行動する社員を育成。細かいことを社長、幹部が指示しなくても自律的に動ける組織を目指している。

DDホールディングス社長、松村厚久氏。(C)2018 TIFF
では、本作のタイトルでもある「熱狂宣言」の由来は何だろうか。
東日本大震災の後、本当に会社が潰れるかと思い、会社を永続させるために捻り出した言葉でした。家賃交渉、預かり保証金の減額交渉などやれることは全てやり、それまで手をつけていなかった古い店のスクラップも実行しました。(松村氏)
ちょうどその頃から松村氏のパーキンソン病も急速に進行するのだが、東京都心部に店舗が集中する同社では、計画停電で夜、真っ暗になった中で居酒屋を経営するのは苦しかった。非日常的な記念日、パーティーなどに使うレストランを中心につくってきたが、東京では大震災が非日常をつくり出し、人知を超えた大災害の影響で一時期、日常が非日常になっていたことが不利に働いた。
やがて計画停電も終わり、平常の生活が戻ってくるが、なかなか消費が燃えなかった。松村氏は社員を守るため、多少体が動きづらくても、まず自ら「熱狂」し店に出没して、店を、街を盛り上げるパフォーマンスまで行った。松村氏のファッションも、スーツにネクタイの経営者然としたスタイルから、カジュアルでおしゃれな服装に変わった。
会社の行動指針も「熱狂宣言」に定め、商品、サービスを徹底する経営に舵を切った。
そうした施策で、業績は回復し、15年には東証1部上場銘柄に指定された。
また、14年より高知のよさこい祭に参加し、踊る前に松村氏が「熱狂宣言」という言葉で踊り子たちを鼓舞し、今年は大賞に次ぐ金賞を受賞している。

高知の「よさこい祭」に参加、映画にも登場する。出典:DDホールディングス公式ツイッター
現在は17年9月に持株会社へ移行すると共に、「熱狂宣言」は松村氏個人の行動指針となり、企業の新たな指針は「Dynamic & Dramatic(大胆かつ劇的に行動する)」に改めている。
最新の事業としては、ブライダル、カプセルホテルにも進出しており、京都・河原町に9月28日オープンしたカプセルホテル「GLANSIT」は、1階ロビーにラウンジ風のスペースを設け、個室風の空間もある1ランク上のこれまでなかったタイプの宿泊施設だ。
松村氏は、AIやロボットを活用したレストランや、1階にラウンジバーがあるようなデザインホテルに興味があるそうで、「世間があっと驚く非日常空間を演出したい」とのこと。
奥山監督によれば、「これから何年か掛けて撮り足して、『熱狂宣言』の本当の完成としたい」と、さらなるブラッシュアップを企図している。
松村さんのパーキンソン病がもしかしたら治っているかもしれないし、違うことをしているかもしれない。そこが楽しみ。(奥山氏)
今、ips細胞を活用したパーキンソン病治療は医学の最先端で、確実に人類はパーキンソン病を克服しつつある。近い将来、本作での松村氏の症状は歴史的な記録となって、もう見られなくなるのも時間の問題なのかもしれない。
photo by: 映画「熱狂宣言」公式サイト