菅首相は、地銀は真面目にやっていないとし、「地銀は自ら知恵を働かせて地方に仕事や雇用を生み出すべきであり、そういった努力をしない銀行まで救うのは難しい」と述べたと報道された。しかし、地銀を追い詰めたのは政府のマイナス金利政策である。このことは「金融仲介機能」以外で、何とか収益を上げろと言っているのに等しい。伝統的な銀行業は要らないということだ。(『相場はあなたの夢をかなえる ー有料版ー』矢口新)
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1954年和歌山県新宮市生まれ。早稲田大学中退、豪州メルボルン大学卒業。アストリー&ピアス(東京)、野村證券(東京・ニューヨーク)、ソロモン・ブラザーズ(東京)、スイス・ユニオン銀行(東京)、ノムラ・バンク・インターナショナル(ロンドン)にて為替・債券ディーラー、機関投資家セールスとして活躍。現役プロディーラー座右の書として支持され続けるベストセラー『実践・生き残りのディーリング』など著書多数。
菅政権は「地銀再編」に本気
菅政権になって、政府は報奨金まで出して地銀再編を促している。
民間企業の経営に政府がそこまで関与していいものかどうかは疑問だが、日本経済新聞は、菅首相が「地銀は不真面目だ」と発言していたと報道した。
「これで赤字になるような地銀は真面目にやってないんだ」。日銀の異次元緩和の副作用が取り沙汰された2018年秋。当時、官房長官だった菅は地方銀行への不満を口にした。
16年のマイナス金利導入から2年がたち、金融機関の利ざやが縮小して地銀の経営に影響していた。秋田県出身、総務相経験者と「地方重視」を看板とする菅の発言に周囲は驚いた。
菅の真意はこうだった。地方にお金を行き渡らせる金融緩和の継続は欠かせない。地銀は自ら知恵を働かせて地方に仕事や雇用を生み出すべきであり、そういった努力をしない銀行まで救うのは難しい――。
それから2年たった20年9月の自民党総裁選。「地銀は将来的には数が多すぎる」。地銀再編に踏み込んだのは総裁候補として異例の発言だったが、かねて抱いてきた問題意識を率直に語ったものだった。
上記の記事では、「日銀の異次元緩和の副作用が取り沙汰された2018年秋」とされているが、その2年前、2016年9月5日に出された日銀のマイナス金利政策の検証でも、すでにそうしたことが触れられているので、以下に要点だけを取り上げ、解説する。
日銀がアピールするマイナス金利政策「3つの成果」
まずは、「量的・質的金融緩和」導入以降の日本経済と政策効果として、日銀の報告書では以下、3つの成果を強調している。
※参考:金融緩和政策の「総括的な検証」 − 考え方とアプローチ −(きさらぎ会における講演) – 日本銀行(PDFファイル)
第一に、企業部門では、中小企業を含めて企業収益が大幅に改善しました。
第二に、家計部門では、雇用・所得環境が大幅に改善しました。
第三に、物価の基調も明確に改善しています。
本当にそうなのか、次頁でひとつひとつ検証したい。
Next: 日本だけ賃金低下? マイナス金利政策は何をもたらしたのか
成果その1「企業部門では、中小企業を含めて企業収益が大幅に改善しました」
この1つ目は、2017年度、2018年度と、企業は売上高、利益共に過去最高を更新するので、この時点では確かなものだった。
成果その2「家計部門では、雇用・所得環境が大幅に改善しました」
2つ目の雇用は、10%への消費増税を行った2019年10月までは改善した。
図1:失業率の推移
この図は1989年(平成元年)以降の毎月ごとの失業率の推移だ。黄色の折れ線グラフが男の、青色線が女の、水色線が男女計の失業率だ。左の方では男の方の失業率が低かったのが、1997年(平成9年)の消費増税、日本の金融危機のあたりから、男の方が高くなったことが分かる。
また実質賃金も、2016年の時点では上向きに転じていた。
図2:実質賃金の推移
この図は、1995年以降の実質賃金の推移の国際比較だ。赤色の折れ線グラフが日本の実質賃金の推移。その他が主要先進国のものだ。
世界の国々で実質賃金が程度の差こそあれ上昇していくのに対し、日本だけは低下していくことが見て取れる。
成果その3「物価の基調も明確に改善しています」
3つ目の物価は、量的緩和開始の2013年、14年と上昇したが、この報告書にある2016年秋時点では急速に下げたところから、ようやく上げ基調に転じたところだった。
図3:消費者物価の推移
この図は、2015年を基準として指数化した消費者物価指数の1980年から2019年までの推移だ。物価は基本的に下げたまま、ゼロを挟んで横ばいの状態が続いていることが見て取れる。
日銀が未曾有の量的緩和とマイナス金利政策という未曽有のコストを払ったにしては、その唯一の目標とするインフレ上昇率2%に届いたのは量的緩和導入直後の一時期だけだ。
マイナス金利政策後のこの報告書時点では、数カ月上向いていただけで、結果的に目標には一度も届かなかった。
Next: 地銀が苦しむのは当然。政府が考える物価目標「未達」の原因とは
政府が考える物価目標「未達」の原因
その理由を、日銀の報告書では以下のように述べている。
(2%の実現を阻害した要因)
一方、こうした大規模な金融緩和にもかかわらず、2%の「物価安定の目標」は実現できていません。この間、外的な要因として、第一に、原油価格が14年夏以降大幅かつ数度にわたって下落したこと、
第二に、14年4月の消費税率の引き上げ後の個人消費を中心とする需要の弱さ、
第三に、15 年夏以降の新興国経済の減速やそのもとでの国際金融市場の不安定な動きなどが、影響したことは明らかです。
出典:金融緩和政策の「総括的な検証」 − 考え方とアプローチ −(きさらぎ会における講演) – 日本銀行(PDFファイル)
とはいえ、1と3はこの時点の要因に過ぎず、前ページの図3に見られるような長期にわたる物価低迷の要因にはならない。
むしろ、2の消費増税が、上げかけた物価が下落に転じた4つのピーク、1990年頃、1997年、上記の2014年と一致するのが見て取れる。もう1つの2008年はリーマン・ショックの影響だと思われる。
以上がマイナス金利政策後の成果だとするものだが、同時に悪影響も報告している。
マイナス金利の効果と影響
(金融仲介機能に与える影響)
一般的に、金融機関は、「短期調達・長期運用」を基本構造としているほか、調達の主な手段である預金金利がマイナスとなりにくいため、イールドカーブ全体にわたって金利水準が低下したり、短期金利と長期金利の差が小さくなることは、預貸金利鞘の縮小をもたらし、収益にマイナスの影響を及ぼします。
特に、わが国の場合、預金残高が貸出残高を大幅に上回っていること、長期間にわたって金融機関間の競争が続いたため、預貸金利鞘が既にきわめて低水準となっていることなどから、マイナス金利が金融機関の収益に与える影響が相対的に大きいと考えられます。
また、マイナス金利導入後、長期金利や超長期金利の水準が大幅に低下していますが、こうしたもとで、保険や年金の運用利回りの低下が見込まれており、貯蓄性の商品の一部で販売停止などの動きがみられています。一部には、割引現在価値でみた退職給付債務が増加し、減益要因となっている企業もみられています。
出典:同上
つまり、はっきりと金融機関への悪影響を述べているのだ。また、同時期には金融庁が「地方銀行の6割以上が本業で赤字へ」と試算した。
これらが明らかにしているのは、銀行は日銀の政策によって構造不況業種となったことだ。そして、それを政府当局が十分に認識していることだ。
Next: もう地銀は必要ない?菅政権の兵糧攻めで潰れていく
地銀は菅政権の兵糧攻めで潰れていく
菅首相は、地銀は真面目にやっていないとし、「地銀は自ら知恵を働かせて地方に仕事や雇用を生み出すべきであり、そういった努力をしない銀行まで救うのは難しい」と述べたと報道された。
このことは「金融仲介機能」以外で、何とか収益を上げろと言っているのに等しい。伝統的な銀行業は要らないということだ。
「銀行を救う」としているが、当局の政策がなければ追い詰められることもなかった。私には長年の兵糧攻めの末に、城の明け渡しを迫っているように見える。「地銀は真面目にやってない」と見えるのは、政府当局の攻撃に反撃もせず籠城して、ひたすら兵糧を食いつぶしているところがあるからだ。
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※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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