伊藤忠がファミリーマートへTOBをかけ、実質完全子会社化を目指しています。しかし、すでに50%超を持つ会社を買い増す意味はあるのでしょうか。よく見ると、業界トップ・三菱商事への羨望が浮かび上がります。これからの小売業界はどうなるのでしょうか。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。
なぜわざわざ子会社化?
伊藤忠がファミリーマートにTOBをかけて完全子会社にしようとしています。
しかしながら現時点で伊藤忠はファミリーマートの株式を実質50%超を保有しているので、わざわざファミリーマートを上場廃止にしてまで完全子会社化にしなくても自由に経営をコントロールすることができるはずです。
しかし資本の論理を考えると、ここで完全子会社にすることによって、伊藤忠にはあるメリットがあります。
そこから見える伊藤忠の今後の野望を解説します。
元々ファミリーマートというと西友の一部門として生まれたもので、その西友の持っているファミリーマートの株式を伊藤忠が買い取るという形で、今や実質50.1%を保有しています。
株式の50%を保有するということは株主総会で過半数の議決権を取れるということなので、このままでも伊藤忠はファミリーマートを思うままにコントロールすることができるはずです。
しかし、わざわざTOBで他の株主から株式を買い取る動きをして、完全子会社にしようとしています。
これが成立すれば、ファミリーマートは上場廃止されることが想定されます。
なぜ伊藤忠はこんな動きをしているのか、直感的には疑問符が浮かびます。
伊藤忠の思惑
株価に関しては2,300円でTOBすると言っています。
ファミリーマート<8028> 日足(SBI証券提供)
買うタイミングとしては伊藤忠は良い所を捉えたと思います。
この新型コロナショックで株価大きく下がっていましたから、コロナショック前に買うよりも今買った方が当然安く買えることになったので、タイミングを計ったかなというところはあると思います。
しかし当然、追加でお金を出してまで残りの株式を取得するということになりますので、そこには何らかの理由があることになります。
その理由として見えてくるのがこの株主構成、そして連結会計の話になります。
ファミリーマートの今期の純利益の予想が600億円なのですが、伊藤忠がファミリーマートの株式をおよそ50%を有しているので、伊藤忠の連結子会社であるが故にその親会社の連結会計として計上される純利益が伊藤忠には300億円、その他の株主に300億円という形になります。
これを完全子会社にすることによって、伊藤忠がこの600億円をすべて得ることができるわけです。
伊藤忠にとっては300億円の純利益のプラスという形になります。
Next: この300億円という数字が実は非常に重要で、この商社の利益のグラフを見――
総合商社の覇権が見えてくる
この300億円という数字が実は非常に重要で、この商社の利益のグラフを見てください。
商社というと「1位:三菱商事」というところは変わらないのですが、伊藤忠はここのところ非常に大きく業績を伸ばしていて、ファミリーマートに代表されるような、石油や石炭以外の非資源分野で業績を伸ばしています。
その結果、2位だった三井物産を抜かして。今や伊藤忠が2位になっています。
そして、この三菱商事と伊藤忠商事の純利益の差が、今およそ300億円です。
従って、ファミリーマートを完全子会社にすることによる純利益のかさ上げによって三菱商事に利益で追い付くことができ、実質5大商社のトップに立つという野望が達成できるわけです。
一度は1位になったこともありますが、この時は資源価格の下落によって三井物産や三菱商事が大きな減損を出した時です。これをノーカウントとしたとして、いよいよ実質的にトップに立つということができるわけです。
コンビニに未来はあるか
ただ、このような動きを見ていて少し違和感を感じる人もいると思います。
普通の会社ですと事業を成長させて大きくなるというのが普通ですが、商社はこのように子会社の出資比率を上げ下げすることによって、利益をコントロールできるという部分があるのです。
経営的には伊藤忠がファミリーマートを持っているというのは何も変わりませんが、資本操作をすることによって利益を上乗せできるわけです。
最近の伊藤忠の動きはどうしてもこのような側面があって、特に5大商社の中でも顕著です。
私としてはこのような動きが一体どこまで続くのかなと、正直疑問が残るところです。
買収した後に業績を伸ばせないとやがてジリ損になってしまうので、成長も止まってしまうことになります。
まして、ここから業績を落として子会社が利益を減らしたり、赤字になったりするようなことがあれば、今度は連結としての利益も減少してしまうことになります。
では、買収したコンビニはどうなるのか考えてみたいと思うのですが、コンビニの店舗数はこれまで統計が始まった2005年のおよそ4万店から増加を続けてきましたが、2019年に初めて減少に転じてしまいました。
それ程コンビニ業界は頭打ちとなっている状況ですし、今これだけ増えたことによって、問題もかなり生じています。その例が、一時期話題になった「24時間営業の廃止」です。
これは突き詰めて考えると、フランチャイズシステムによって各店舗のフランチャイズのオーナーを苦しめることで本部が儲かっていたのではないかという、今となってはその反発とも言える動きが起きていたりします。
Next: 元々コンビニというと、スーパーから需要を奪ってきた側面がありますが――
コンビニに襲いかかる強敵たち
また、内部の動きだけではありません。
元々コンビニというと、スーパーから需要を奪ってきた側面がありますが、最近より業績を大きく伸ばし、店舗を増やしているのがドラッグストアです。
ドラッグストアは利益率の高い薬を売ることによって、その他の商品をコンビニ等と比べて同じ物を安く売ることができます。
これらのドラッグストアの店舗が増えてくるということですから、同じ距離にコンビニとドラッグストアがあったら、やはり値段を考えたらドラッグストアに行きたくなるのではないかと思います。
ここがコンビニの強敵として現れているわけです。
コンビニは家から歩いて行けて便利ですが、今ではインターネットショッピングを使ってしまえばもはや出て行く必要すらないので、ここもより強敵として立ちはだかっています。
さらに新型コロナウイルスで新しい生活様式に変わるということになりますと、ますます人々は家から出なくなるのではと思います。
これまでコンビニ等を使っていたある程度お年を召した方であっても、インターネットショッピングに慣れてしまえば、いよいよ需要が食われてしまいかねない状況です。
伊藤忠が難しい状況にあるコンビニをうまく立て直せたらいいのですが、ここ最近の動きを見ていると決してそうではないのではないかと思われる側面があります。
ファミリーマート社員は会社を見限っている?
ダイヤモンドオンラインに出ていた記事ですが、『ファミリーマートの早期退職に応募殺到、リストラ資料が明かす大混乱の裏側』とあります。
2016年にファミリーマートとサークルKサンクスが経営統合しましたが、経営統合するということは当然、あふれる人が出てきます。そのあふれた人には早期退職に応募してもらって、人を減らそうと考えました。
普通なら早期退職というのはあまりしたくないと思うのですけれども、800人の枠を用意したら倍近い1,500人もの応募があったということです。
それほど辞めたがっている社員が多いということになりますし、ある見方をすれば伊藤忠のこういった動き、例えば経営統合だとか、あるいはその他の動きに対して元々のファミリーマートの社員が反発しているような状況が見て取れます。
また親会社である大手商社伊藤忠商事に会社が支配されていることへの嫌悪感が広がっているということも書かれています。
具体的には、「伊藤忠関連会社のコーヒー豆を使用」ということがあります。
伊藤忠は商社で、元々は物を仕入れてきてそれをどこかに流すのが仕事なので、その流れでコーヒーの豆を子会社のファミリーマートに流してしまうという動きが見られたと言われています。
元々いた社員からすれば親会社に押し付けられて売らされているという見方もできるので、それ故に反発が広がっているということです。
あるいはプロパー社員、元々ファミリーマートに入社して副社長になっていた人がいましたが、一方では社長など他の役員の多くは伊藤忠から送られてきたり、伊藤忠の関連の人だったりするわけです。
沢田社長も元々伊藤忠で、一度は外部に出ましたが新卒入社は伊藤忠なので、やはり伊藤忠側ということになります。
副社長は店舗の改善といったいわゆる現場職の方に、実質的に降格されてしまったというような動きが見て取れました。
これは元々いた社員にとっては大きな反発を生みます。
Next: ファミリーマートの1日の店舗当たりの売上は、60万円を超えるセブンイレ――
セブンイレブンには勝てない?
そもそものファミリーマートの1日の店舗当たりの売上は、60万円を超えるセブンイレブンに対して50万円台ということですから、伊藤忠の子会社になったにも関わらずこの辺の差が縮まらず、伊藤忠の経営能力に対しても疑問が広がっているのではないかと考えられます。
直近、利益が上がっている部分はありますが、これはリストラによるものです。
サークルKサンクスを統合してコストを削ってきたことによって、利益を出すことになったわけです。
しかしこうやって社員に嫌われるような経営をしていたのでは、いつまでも続きませんし、そもそも店舗数も統合によって1万9,000店ぐらいあったのが6,500店というところまで減少してきています。
先ほど示した店舗数の減少というのも、実はファミリーマートがサークルKサンクスと統廃合して、多すぎる店舗を減らしたことが主因なのではないかと想像できます。
そもそもコンビニの経営というのは外部環境によって、かなり苦しい環境にもなりつつあります。
店舗を減らさないといけない中で、今後増益を臨むのは難しいと思います。
また体勢を維持しようと思ったら、問題になっているフランチャイズのオーナーに対する支援をもっと増やさなければなりません。それは本部のコストの増加にもなり得ます。
この辺の能力があるかどうかが今後の伊藤忠ないし、ファミリーマートの命運を握ると言っても過言ではありません。
次の狙いはドン・キホーテか
伊藤忠の利益を考えると今後このような動きが出るのではないかというものがあります。
実は最近ファミリーマートは、ドン・キホーテと非常に仲良くやっていました。
ユニーをファミリーマートが買収してきた結果、サークルKサンクスのコンビニ部門だけが欲しいということで、スーパー部分はドン・キホーテに売りました。
一旦は協力関係が終わったかに見えましたが、最近気になる動きとしてファミリーマートがドン・キホーテの株式をどんどん買っているのです。
2019年8月に5%を超えて、その後どんどん買い増していきました。
直近では9.7%となんと10%近い株式を保有するということになっています。
伊藤忠がファミリーマートの株式を100%保有していたとすると、当然その下に連なっているドン・キホーテの株式というのも連結対象、つまり利益のかさ上げ対象になってきます。
例えばファミリーマートがドン・キホーテを20%超保有するということになると、ドン・キホーテはファミリーマートの持分法適用会社、すなわち伊藤忠の持分法適用会社になります。
どういうことかというと、連結していない株式というのは配当分だけが利益に計上されますが、連結してしまえば利益は持分に対して計上されます。
先程ファミリーマートの利益の半分が伊藤忠に計上されると言いましたが、同じことがこのドン・キホーテでも起こります。
20%以上保有してしまえば、ドン・キホーテの純利益の20%は最終的に伊藤忠にカウントされることになります。
そのドン・キホーテの業績の推移ですが、非常に好調でして30期近く業績の成長を続けています。
この純利益に関しても直近で500億円近く利益を上げています。
この20%が伊藤忠に反映されることになると、伊藤忠はおよそ100億円利益をかさ上げすることができるわけです。
Next: ファミマが買っているのも当然、伊藤忠の命令があってやっているというこ――
ドンキを踏み台にして三菱商事を超えるか
ファミマが買っているのも当然伊藤忠の命令があってやっているということが考えられるので、この動きは今後さらに注目されます。
伊藤忠としてもドン・キホーテのような何でも売っている所だったら、自分の関連会社の商品を流していくことができるので一石二鳥ということになります。
三菱を本格的に超えるという伊藤忠の野望は、今後ますます強くなっていくのではないかと思います。
もともと三菱商事もローソンを傘下に持っていて、こちらは比較的上手くやっていると言われています。
なので、それを見て負けてられるかという動きを取ったのではないかとも考えられます。
このような資本の動きが今回のファミリーマートのようなTOBによって株価を上げるということありますし、商社そのものの業績ということについても、大きく影響してきます。
(※編注:今回の記事は動画でも解説されています。ご興味をお持ちの方は、ぜひチャンネル登録してほかの解説動画もご視聴ください。)
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『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』(2020年7月20日号)より
※記事タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。