コロナ対策としてここまで使った財政資金11兆ドルの回収めどはまったく立ちません。この財政悪化はコロナへの対処以上に困難な問題を引き起こす恐れがあります。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)
※本記事は有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2020年7月13日の抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
財政で11兆ドル、金融で7兆ドル
IMF(国際通貨基金)の古澤満宏副専務理事は8日、コロンビア大学のセミナーで、コロナ禍で世界の公的債務が急膨張している状況に危機感を示しました。
新型コロナウイルスの感染対策に伴う財政措置として、11兆ドルが使われ、今年の世界の公的債務残高は初めてGDPの100%を超えるとの見通しです。
同時に、主要国の中央銀行はコロナ対策として、ここまで7兆ドルの資産拡大を図り、景気支援と金融市場の安定を目指しました。
財政と中央銀行の資産買い入れとを合わせると18兆ドル(2,000兆円弱)の資金を「コロナ対策」として供給したことになります。これは中国と日本のGDP(国内総生産)を合わせたものより大きく、米国のGDP1年分に近い金額です。
経済崩壊は回避
この巨大な資金の投入により、主要国の経済崩壊は回避されました。
中国は今年1-3月のGDPが前期比マイナス9.8%(前年比ではマイナス6.8%)と、大幅なマイナス成長となりましたが、4-6月期は前期比ベースではプラス成長が確実視されています。
日米欧はこれよりやや遅れて、4-6月期が景気の底と見られ、5月以降の指標では景気回復を示唆するものが増えてきています。
米国株はV字回復だが
中でも米国経済は4月までに急落した後、その後は雇用統計やISMなど、V字型回復を示唆する指標が相次いでいます。
4月までの落ち込みが大きかったため、4-6月期のGDPは、アトランタ連銀の「GDPナウ(7月9日時点)」で年率マイナス35.5%、CBO(議会予算局)でも同様のマイナス成長を想定していますが、CBOは7-9月にはプラス20%強の大幅プラス成長を予想しています。
ここには秋に大統領選挙を控えたトランプ大統領が、大規模な財政面からのコロナ対策を打ったことが、個人消費の下支えとなりました。1人最大1,200ドルの給付金を配ったほか、失業保険に600ドルの上乗せをするなど、大盤振る舞いをしました。
このため、例えば4月の賃金が前月比8%以上も縮小したにもかかわらず、同月の所得合計は前月比10%強の大幅増となりました。
4月こそロックダウンや自粛の影響もあって消費は減少し、その分4月の貯蓄は4兆ドル以上も増え、これが5月以降の消費に回り、消費マインドの改善、企業活動の刺激になりました。
またFRBの無制限資産買い入れ策もあって、米国株価もV字型回復を見せました。ナスダックはすでにコロナ前の高値を更新しています。
NASDAQ 日足(SBI証券提供)
6月中旬時点で、米国には何らかの形で失業保険を受給している人が3300万人もいます。
Next: ところが、FRBは米国経済の先行きに強い懸念を抱いています。実際、今般――
FRBのW字型回復シナリオ
ところが、FRBは米国経済の先行きに強い懸念を抱いています。
実際、今般行われた米銀へのストレステストでは、米国景気がW字型回復を描いた場合のリスクをチェックしています。金融当局にしてみれば、米国経済の初期の回復には政策効果が大きかったものの、財政支援はいずれ終了し、その一方で感染者がまた増加している点を危惧せざるを得ません。
感染者の増加で経済活動がまた停止してしまえば、これまでの努力が水の泡となります。経済活動が止まってしまった場合に、いくら需要をつけても経済は動かないのを知っています。
実際、感染が過去最多を更新する州の多くで、経済再開を停止したり、一部撤回する動きが出始めました。
感染者がさらに増えるようなら、米国経済の先行きは一層不透明になる、とみています。
生産につながらない需要追加
政策効果の収支を見る場合、ここまでは経済崩壊を回避し、回復の動きを引っ張り出した点は成果と認められます。
しかし、その一方で、新型コロナの感染収束には成功していません。
このため、財政資金を大量投入しても、今後生産活動が停滞し、所得の増加が制限される可能性はあります。将来の雇用、所得期待が制約されると、給付された資金も消費に回らず、貯蓄に回る分が増えます。
実際、政府から個人に所得が給付されても、それがコロナの懸念によって、消費、生産、所得の前向きな循環につながらない懸念があります。
仕事ができずに家にいる人の生活を維持するために、政府資金で救済することは、生産・所得を生まない財政支出となるわけで、そうなれば当然、税収も上がりません。
これは財政赤字はもちろん、食料品などの輸入増で貿易赤字の拡大要因にもなります。
新型コロナの感染懸念があって人々が自由に動けず、働けないような特殊なケースでは、財政需要の在り方を考えざるを得ません。財政資金で需要を追加しても、ヒト・モノが動けない世界では、これが「死に金」になりかねません。
世界の公的債務が今年GDPの100%を超えれば、これまでのギリシャ、イタリア、日本の例のように、経済危機時に財政の機動性が低下し、政策が制限されます。
Next: それでも無理をして財政バランスの悪化を放置すれば、市場がそのコストを――
後ろ向きな補填支出に使われる税金
それでも無理をして財政バランスの悪化を放置すれば、市場がそのコストを国に求めるようになります。
それが将来のインフレ懸念、通貨価値の下落懸念、放漫財政懸念などによる金利上昇、自国通貨の下落などで、これが資産価値の下落や生産活動の制約になります。
財政需要を漫然と拡大するのではなく、治療法やワクチンの開発などで、感染の拡大や国民の不安を抑えるために使うほうが効率的です。
残念ながら、主要国の財政を見ると、医療体制や治療方法の対処に向けた支出よりも、国民に給付金を配ったり、雇用保険、休業補償など、後ろ向きな補填支出が多くみられます。
日本では感染がまた拡大する中で、観光、旅行業者救済のための旅行あっせん策「Go Toキャンペーン」が実施されようとしています。感染懸念が強い中では人は動けず、観光地の多くが豪雨災害で傷ついているのですが。
コロナ対策としてここまで使った財政資金11兆ドルの回収めどはまったく立ちません。コロナの収束さえ見えない状況では、さらなる支出拡大も予想されます。
財政再建は困難
コロナ後には財政の健全化が急がれると当局は言いますが、よほどの政治腕力がないと、財政の再建は容易でありません。日本が良い例です。
金融面からの大規模緩和で、主要国の資産価格は実体経済と大きく乖離して高まっています。
この不安定な中で、財政や金融のアンバランスを、市場の力で強引に修正させられると、株価の大幅下落などによる市場の混乱ばかりか、経済の負担も甚大となります。
これはコロナへの対処以上に困難な問題になりかねません。出口を見据えた財政金融政策が求められます。
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『マンさんの経済あらかると』(2020年7月13日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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